弟からうつった「はやり目」―炎症は眼の表面にとどまる流行性角結膜炎
第106回医師国家試験 I問題 第56問
国試問題にチャレンジ
20歳の男性。右眼を開けられないことを主訴に来院した。今朝,起床時に右の開瞼が困難であることに気付き,その後も改善しないため受診した。10日前から,同居の弟の両眼に同様の症状がみられているという。体温36.2℃。流涙を認める。顔面の写真(A)(B)を別に示す。 この疾患でみられないのはどれか。

- a.眼脂
- b.偽膜形成
- c.虹彩毛様体炎
- d.点状表層角膜症
- e.耳前リンパ節の圧痛
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性の結膜充血、流涙、眼瞼腫脹があり、同居家族から1〜2週間の間隔をおいて発症した無熱の結膜炎では、アデノウイルスによる流行性角結膜炎を考えます。本症では漿液性の眼脂、偽膜形成、耳前リンパ節の腫脹・圧痛、点状表層角膜炎がみられ、のちに多発性角膜上皮下浸潤を生じることがあります。一方、炎症は結膜と角膜という眼表面にとどまるため、前部ぶどう膜炎である虹彩毛様体炎は典型的所見ではありません。発熱と咽頭炎を伴えば咽頭結膜熱、膿性眼脂なら細菌性、強いかゆみならアレルギー性と、随伴所見から結膜炎を鑑別します。接触感染で広がるため、手洗いやタオルの共用禁止、出席停止といった感染対策まで含めて理解しておくことが、日常診療と院内感染予防の両面で重要です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・20歳男性。起床時から右眼が開けにくく、改善しない(急性発症、片眼性)。 ・10日前から同居の弟が両眼に同じ症状を呈している(家族内での伝播=接触感染を示唆)。 ・体温36.2℃で発熱はない。流涙がある。 ・顔面写真では右上下眼瞼の腫脹と、右眼の強い結膜充血がみられる。
診断へのプロセス
「開瞼困難」だけをみると眼瞼下垂や神経疾患も思い浮かぶが、本例は眼瞼の腫れと充血・流涙を伴う炎症性の病態であり、さらに同居家族に先行して同様の症状が出ている点が決め手となる。家族内で次々にうつる急性結膜炎は、ウイルス性結膜炎、とくにアデノウイルスによる流行性角結膜炎(epidemic keratoconjunctivitis:EKC、いわゆる「はやり目」)の典型像である。弟の発症から10日後という経過は、EKCの潜伏期(おおむね1〜2週間)とよく合う。 鑑別として、同じアデノウイルスによる咽頭結膜熱(プール熱)は発熱と咽頭炎を伴うが本例は無熱であり、細菌性結膜炎は膿性眼脂が主体で家族内での集積や強い眼瞼腫脹は目立ちにくい。アレルギー性結膜炎は掻痒が主症状で両眼性であり、感染性の伝播はない。以上から流行性角結膜炎と診断する。
設問の考え方
EKCは「結膜」と「角膜」の炎症であり、病変は眼表面(外眼部)にとどまる。眼の内部(ぶどう膜)の炎症は本症の典型所見に含まれない。結膜炎の随伴所見(眼脂、偽膜、耳前リンパ節腫脹)と角膜病変(点状表層角膜症)を一つずつ確認し、眼内炎症である虹彩毛様体炎を除外するのが本問の筋道である。
選択肢考察
- ×a. 眼脂
EKCでは結膜の強い炎症により眼脂がみられる。ウイルス性結膜炎の眼脂は、細菌性の黄色く粘稠な膿性眼脂と異なり、さらさらした漿液性〜漿液線維素性のものが多いが、量はしばしば多い。朝に眼脂でまつ毛がくっつき開瞼しにくくなることもあり、本例の訴えとも合致する。したがって本症でみられる所見である。
- ×b. 偽膜形成
炎症が強いEKCでは、結膜表面にフィブリンと炎症細胞からなる白色の膜(偽膜)が形成されることがある。とくに小児や重症例で目立ち、瞼結膜(まぶたの裏側)に付着する。偽膜は結膜上皮から比較的容易に剥がせる点で、剥がすと出血する真性の膜(ジフテリアなど)と区別される。EKCの特徴的所見の一つであり、本症でみられる。
- ○c. 虹彩毛様体炎
虹彩毛様体炎は、ぶどう膜の前方部分(虹彩と毛様体)の炎症、すなわち前部ぶどう膜炎であり、前房内の炎症細胞・フレア、毛様充血、角膜後面沈着物などを呈する眼内の炎症である。EKCはアデノウイルスが結膜・角膜上皮に感染して起こる眼表面の疾患で、炎症は通常ぶどう膜まで及ばない。したがって本症で典型的にみられる所見ではなく、これが正解となる。なお、虹彩毛様体炎はベーチェット病、サルコイドーシス、強直性脊椎炎、ヘルペス性角膜ぶどう膜炎などで生じる。
- ×d. 点状表層角膜症
点状表層角膜症(superficial punctate keratopathy:SPK)は、角膜上皮に点状の小さな欠損・障害が多発する状態で、フルオレセイン染色で点状に染まる。EKCは名前のとおり「角」結膜炎であり、アデノウイルスが角膜上皮にも感染するため、発症後数日から1週間前後で点状表層角膜炎がみられる。さらに2週間前後からは、免疫反応による角膜上皮下の多発性点状混濁(多発性角膜上皮下浸潤)が生じ、羞明や視力低下の原因となって数か月残ることもある。本症でみられる所見である。
- ×e. 耳前リンパ節の圧痛
眼瞼や結膜のリンパ流は、主に耳の前にある耳前リンパ節と顎下リンパ節へ注ぐ。EKCでは病初期から耳前リンパ節が腫れ、押すと痛む(圧痛)ことが多い。耳前リンパ節腫脹はウイルス性結膜炎を示唆する重要な所見で、細菌性やアレルギー性結膜炎では通常目立たないため鑑別に役立つ。本症でみられる所見である。
流行性角結膜炎(EKC)の概要
・病原体:アデノウイルス。主に8型、19型、37型が知られ、近年は53型、54型、56型なども原因となる。 ・感染経路:接触感染。涙や眼脂が付着した手指、タオル、器具などを介してうつる。眼科診療の場での院内感染も問題となる。 ・潜伏期:おおむね1〜2週間(5〜14日程度)。 ・症状:急性発症の結膜充血、流涙、眼脂、異物感・眼痛、眼瞼腫脹。片眼から始まり、数日以内にもう一方の眼にも発症することが多い(後から発症した眼は軽症のことが多い)。 ・所見:瞼結膜の濾胞形成、結膜下出血、偽膜形成、耳前リンパ節の腫脹・圧痛、点状表層角膜炎、その後の多発性角膜上皮下浸潤。 ・診断:臨床所見に加え、結膜擦過物を用いたアデノウイルス抗原迅速検査(イムノクロマト法)が用いられる。 ・治療:ウイルスに対する特効薬はなく、対症療法が中心。細菌の混合感染予防に抗菌点眼薬、炎症や角膜上皮下浸潤に対して低濃度ステロイド点眼薬を用いることがある。 ・感染対策:手洗いの徹底、タオルの共用禁止。学校保健安全法では第三種の感染症に分類され、医師が感染のおそれがないと認めるまで出席停止となる。
アデノウイルスによる主な眼疾患の比較
・流行性角結膜炎:主に8・19・37型など。発熱なし。角膜病変が目立つ。 ・咽頭結膜熱(プール熱):主に3型など。発熱、咽頭炎、結膜炎の三主徴。小児に多く、夏季にプールを介した流行がみられる。 ・急性出血性結膜炎:アデノウイルスではなくエンテロウイルス70型やコクサッキーウイルスA24変異株による。潜伏期が約1日と短く、結膜下出血が目立つ。
結膜炎の鑑別の目安
・ウイルス性:漿液性眼脂、濾胞、耳前リンパ節腫脹。 ・細菌性:膿性眼脂、リンパ節腫脹は目立たない。 ・アレルギー性:強い掻痒、両眼性、乳頭増殖、好酸球の出現。
POINT
・家族内での伝播、急性の結膜充血・流涙・眼瞼腫脹、発熱なし → 流行性角結膜炎(アデノウイルス8・19・37型など)を考える。 ・EKCの所見:漿液性眼脂、濾胞、偽膜形成、耳前リンパ節の腫脹・圧痛、点状表層角膜炎、後に多発性角膜上皮下浸潤。 ・EKCは眼表面(結膜・角膜)の疾患であり、虹彩毛様体炎(前部ぶどう膜炎)は典型的所見ではない。 ・発熱と咽頭炎を伴えば咽頭結膜熱を考える。 ・接触感染であり、手洗い・タオル共用禁止が重要。学校保健安全法では第三種感染症。
