吐いて、下して、それでも「飲ませる」―乳児胃腸炎は脱水の重症度で決める
第106回医師国家試験 I問題 第55問
国試問題にチャレンジ
1歳の男児。嘔吐と下痢とを主訴に来院した。昨日の夕方から嘔吐が始まり,午前10時の受診までに5回嘔吐した。最後に嘔吐したのは午前3時であった。今朝,白っぽい下痢便が1回みられた。通っている保育園に同じ症状の子どもがいるという。意識は清明。体重10.2 kg(数日前と比較して0.2 kg減少)。体温37.8℃。脈拍92/分,整。呼吸数18/分。咽頭に発赤を認めない。口腔内の乾燥を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腸雑音は亢進している。皮膚の緊張度はやや低下している。項部硬直を認めない。 対応として適切なのはどれか。
- a.絶飲食にする。
- b.抗菌薬を投与する。
- c.入院して輸液を行う。
- d.経口補液を指導する。
- e.免疫グロブリンを投与する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクターまとめ
乳幼児で嘔吐が先行し白色調の下痢が続き、集団内で流行している場合はロタウイルス胃腸炎を考えます。治療方針を決める鍵は脱水の重症度評価で、体重減少率に意識、脈拍、口腔粘膜、皮膚緊張度、尿量などを組み合わせて判断します。体重減少が数%程度で全身状態が保たれ、嘔吐が治まって飲める状態なら、経口補水液を少量頻回に与える経口補水療法が第一選択であり、絶飲食や抗菌薬、免疫グロブリンは不要です。入院・静脈内輸液は重症脱水や経口摂取不能例、経口補水不成功例に限られます。脱水を正しく見積もり、保護者へ具体的な飲ませ方と再受診の目安を伝えることは、小児救急外来で毎日のように求められる基本的な臨床能力です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・1歳男児。前日夕方から嘔吐が始まり計5回。ただし最終嘔吐は午前3時で、受診(午前10時)までの約7時間は嘔吐していない。 ・今朝、白っぽい下痢便が1回。保育園で同様の症状の子どもがいる(集団内流行)。 ・体温37.8℃の微熱。意識清明、脈拍92/分(1歳児の正常範囲内)、呼吸数18/分。 ・体重10.2kgで、数日前より0.2kg減少(減少率は約2%)。 ・口腔内の乾燥はない。皮膚の緊張度(ツルゴール)はやや低下。 ・腹部は平坦・軟で腸雑音亢進。項部硬直なし、咽頭発赤なし。
診断へのプロセス
乳幼児の嘔吐で始まり、続いて下痢が出現する急性の経過、白色調の下痢便、保育園での流行から、ロタウイルスによる急性胃腸炎が最も考えられる。項部硬直がなく意識清明であるため髄膜炎は考えにくく、腹部が平坦・軟であることから腸重積や腸閉塞などの外科的疾患を疑う所見にも乏しい。
脱水の重症度評価
小児の急性胃腸炎で治療方針を決めるうえで最も重要なのは、脱水の程度の評価である。体重減少率は0.2÷10.4≒約2%で、軽症(体重減少がおおむね3〜5%未満)に相当する。意識は清明で、頻脈や口腔内乾燥もなく、皮膚の緊張度がやや低下している程度であり、軽症の脱水と判断できる。さらに、7時間嘔吐がみられず、経口摂取ができる可能性が高い。
設問の考え方
軽症〜中等症の脱水を伴う小児急性胃腸炎では、経口補水液(ORS:oral rehydration solution)を用いた経口補水療法(ORT)が第一選択である。少量ずつ頻回に飲ませる方法を保護者に指導し、外来で経過をみる。静脈内輸液や入院は、重症脱水、意識障害、経口摂取ができない持続的な嘔吐、ORTの失敗などの場合に行う。
選択肢考察
- ×a. 絶飲食にする。
嘔吐と下痢で水分・電解質を失っている乳幼児を絶飲食にすると、脱水が進行する。本例は7時間嘔吐しておらず、経口摂取が可能と考えられる。現在の小児急性胃腸炎の管理では、長時間の絶飲食は勧められず、経口補水を行い、脱水が補正されたら早期に通常の食事(授乳を含む)を再開することが推奨されている。
- ×b. 抗菌薬を投与する。
本例はロタウイルスによるウイルス性胃腸炎が考えられ、抗菌薬は無効である。むしろ下痢の悪化や耐性菌の出現などの不利益がある。小児の急性胃腸炎の大半はウイルス性であり、細菌性でも多くは自然軽快するため、抗菌薬は高熱・血便・重症感など細菌感染が強く疑われる場合に限って検討する。
- ×c. 入院して輸液を行う。
体重減少は約2%と軽度で、意識清明、脈拍・呼吸数も正常、口腔内乾燥もない。受診前の7時間は嘔吐もなく経口摂取が期待できるため、入院や静脈内輸液の必要はない。入院・経静脈輸液の適応は、重症脱水(体重減少がおおむね10%前後以上、意識障害、末梢循環不全など)、嘔吐が続いて経口補水ができない場合、経口補水を試みても改善しない場合などである。
- ○d. 経口補液を指導する。
軽症〜中等症の脱水では、経口補水液(ORS)による経口補水療法が第一選択であり、静脈内輸液と同等の効果があるとされる。ORSはナトリウムとブドウ糖を適切な比率で含み、小腸のナトリウム・ブドウ糖共輸送体(SGLT1)を利用して水分と電解質を効率よく吸収させる。嘔吐を誘発しないよう、スプーンやシリンジで5mL程度から数分おきに少量ずつ与え、嘔吐がなければ徐々に量を増やすよう保護者に指導する。あわせて、尿量の減少、ぐったりする、嘔吐が続く、血便などがあれば再受診するよう伝える。本例は軽症脱水で嘔吐も治まっており、この対応が最も適切である。
- ×e. 免疫グロブリンを投与する。
免疫グロブリン静注療法は、川崎病、免疫性血小板減少症(ITP)、Guillain-Barré症候群、無ガンマグロブリン血症などの免疫不全症の補充療法などで用いられる。ロタウイルス胃腸炎は基本的に自然軽快する疾患であり、治療の中心は脱水の補正である。本例のような免疫能正常の軽症例に免疫グロブリンを投与する適応はない。
ロタウイルス胃腸炎
ロタウイルスはレオウイルス科に属する2本鎖RNAウイルスで、乳幼児の重症胃腸炎の代表的な原因である。冬〜春に流行し、糞口感染でごく少量のウイルスでも感染するため、保育園などで集団発生しやすい。潜伏期は約2日で、嘔吐が先行し、続いて水様下痢が出現する。発熱を伴うことも多い。胆汁色素の排泄が減るなどの理由で便が白色〜クリーム色になることがあり、白色便性下痢症とも呼ばれる。合併症として脱水、けいれん、脳症などがある。便中ロタウイルス抗原の迅速検査キットで診断できる。特異的な抗ウイルス薬はなく、治療は脱水の補正が中心である。予防には経口生ワクチンがあり、わが国では2020年10月から定期接種となっている。
小児の脱水の重症度の目安
・軽症(体重減少がおおむね3〜5%未満):意識清明、脈拍正常、口腔内はやや乾燥する程度、尿量は正常〜やや減少。 ・中等症(おおむね5〜9%):不機嫌・活気低下、頻脈、口腔粘膜の乾燥、涙の減少、大泉門・眼窩の陥凹、皮膚ツルゴール低下、毛細血管再充満時間の延長、尿量減少。 ・重症(おおむね10%以上):意識障害・傾眠、著明な頻脈・脈の微弱、血圧低下、四肢冷感、乏尿〜無尿。 目安の境界値は文献によって多少異なるが、体重減少率と身体所見を組み合わせて評価する。
経口補水療法(ORT)のポイント
・スポーツドリンクやジュースは糖分が多くナトリウムが少ないため、脱水の補正には経口補水液が適する。 ・少量頻回投与で嘔吐を避ける。嘔吐があっても少量ずつ再開する。 ・脱水が補正されたら、年齢に応じた通常の食事や母乳・ミルクを早期に再開する。 ・止痢薬(腸の動きを止める薬)は小児では原則として用いない。
POINT
・乳幼児の嘔吐先行→白色水様下痢、冬季、集団発生はロタウイルス胃腸炎を考える。 ・治療方針は脱水の重症度で決める。体重減少率と意識・脈拍・口腔粘膜・皮膚緊張度・尿量などで評価する。 ・軽症〜中等症の脱水には経口補水療法(ORS)が第一選択。少量頻回に与える。 ・重症脱水や経口摂取不能例では静脈内輸液・入院を考える。 ・ウイルス性胃腸炎に抗菌薬は不要。絶飲食は脱水を悪化させる。
