血圧が正常でも安心できない―乳児の脱水で体の中に起きている「代償」を読み解く
第115回医師国家試験 C問題 第58問
国試問題にチャレンジ
11か月の女児。下痢を主訴に両親と共に来院した。在胎38週3日,体重2,890gで出生した。一昨日夜から発熱と嘔吐があり,昨日自宅近くの診療所を受診して制吐薬を処方された。嘔吐は昨日夕方には止まったが,夜中から白色の下痢が頻回となったため早朝,救急外来を受診した。意識は清明。身長74.0cm,体重8,645g(病前体重9,100g)。体温36.9℃,脈拍140/分,整。血圧90/60mmHg。呼吸数50/分。毛細血管再充満時間は3秒。呼吸音に左右差はない。腹部は平坦,軟で,腸雑音は亢進している。皮膚のツルゴールは低下している。四肢末梢に冷感を感じる。 この時点で予測される病態はどれか。2つ選べ。
- a.冠血流量低下
- b.末梢血管収縮
- c.中心静脈圧上昇
- d.分時換気量増加
- e.分時心拍出量低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳児のウイルス性胃腸炎で体重減少率約5%、ツルゴール低下、毛細血管再充満時間延長、末梢冷感、頻脈を認め、血圧と意識が保たれている場合は、代償期の中等度脱水と考えます。この段階では交感神経系などの働きで末梢血管が収縮して重要臓器へ血流が再分配され、下痢による重炭酸喪失と乳酸蓄積による代謝性アシドーシスを代償するため分時換気量が増加します。一方、中心静脈圧は循環血液量減少により低下し、冠血流量や心拍出量の明らかな低下は代償が破綻した非代償性ショックの段階で生じます。小児は代償能力が高いため低血圧は遅れて出現する重篤なサインであり、頻脈や末梢循環の所見で早期に脱水を見抜くことが重要です。生理学的な代償機構を理解しておくことは、小児救急で重症度を判断し、適切な補液のタイミングを逃さないための土台になります。
解答・解説
正解はb, dです
所見の整理
・11か月の女児。満期産で出生体重も正常。 ・発熱・嘔吐で始まり、嘔吐がおさまった後に白色の水様下痢が頻回となった。乳児のこの経過と白色便は、ロタウイルスなどのウイルス性胃腸炎(乳児下痢症)に典型的である。 ・体重8,645g(病前9,100g):減少量455g、体重減少率は約5%。 ・意識は清明。脈拍140/分とやや速く、血圧90/60mmHgは乳児として保たれている。 ・呼吸数50/分:11か月児の正常(おおむね30〜40/分)より多く、多呼吸である。呼吸音に左右差はなく、肺炎などの呼吸器疾患を示す所見はない。 ・毛細血管再充満時間(CRT:爪床などを圧迫して離したあと色が戻るまでの時間、正常は2秒以内)が3秒と延長し、四肢末梢の冷感、皮膚ツルゴール(皮膚の張り)の低下を認める。
病態の評価
胃腸炎に伴う下痢・嘔吐で細胞外液が失われ、体重減少率約5%、ツルゴール低下、CRT延長、末梢冷感、軽度頻脈を伴うことから、中等度の脱水と判断する。意識障害や血圧低下はないので、循環は代償されている段階(代償性ショックの手前~初期)といえる。 循環血液量が減ると静脈還流が減り、1回拍出量が低下する。生体はこれを代償するため交感神経系やレニン・アンジオテンシン系を活性化させ、心拍数を増やすとともに皮膚・四肢・腸管などの末梢血管を収縮させ、脳や心臓といった重要臓器への血流を優先的に確保する(血流の再分配)。CRT延長と末梢冷感はこの末梢血管収縮の表れである。 また、下痢便中への重炭酸イオンの喪失と、末梢の低灌流による乳酸の蓄積によって代謝性アシドーシスが生じやすい。呼吸数50/分の多呼吸は、肺に異常所見がないことから、このアシドーシスを呼吸で代償する(二酸化炭素を多く排出する)ための換気増加と考えられ、分時換気量は増加している。
設問の考え方
「この時点」、すなわち血圧と意識が保たれた代償期の脱水で、どのような生理的変化が起きているかを考える。代償機構として起きている変化(末梢血管収縮、換気増加)を選び、代償が破綻した段階で起こる変化(冠血流低下、明らかな心拍出量低下)や、脱水とは逆向きの変化(中心静脈圧上昇)を除外する。
選択肢考察
- ×a. 冠血流量低下
冠循環は脳循環と同様に、灌流圧が一定範囲で変動しても血流を一定に保つ自己調節能(autoregulation)をもち、さらに循環血液量減少時には末梢から重要臓器へ血流が再分配される。本例は血圧が保たれており、冠血流は維持されていると考えられる。冠血流量が低下するのは、代償が破綻して低血圧に陥った非代償性ショックの段階であり、そうなると心筋虚血から心停止に至る危険が生じる。
- ○b. 末梢血管収縮
循環血液量の減少に対し、交感神経の緊張やカテコラミン・アンジオテンシンⅡの作用で皮膚・四肢などの末梢血管が収縮し、血圧を維持するとともに脳・心臓など重要臓器への血流を確保する。本例のCRT延長(3秒)と四肢末梢の冷感は、まさにこの末梢血管収縮を反映した所見である。
- ×c. 中心静脈圧上昇
中心静脈圧(CVP)は右心房付近の静脈圧で、循環血液量と右心機能を反映する。脱水では循環血液量が減って静脈還流が減少するため、CVPは上昇せずむしろ低下する。CVPが上昇するのは心不全、心タンポナーデ、輸液過剰などの場合である。
- ○d. 分時換気量増加
分時換気量は1回換気量×呼吸数で求められる。本例は呼吸数50/分と多呼吸で、肺に異常所見はない。下痢による重炭酸イオンの喪失と、末梢循環不全による乳酸の蓄積で代謝性アシドーシスが生じ、それを代償するために換気が増えていると考えられる。したがって分時換気量は増加していると予測される。
- ×e. 分時心拍出量低下
心拍出量は1回拍出量×心拍数である。循環血液量の減少で1回拍出量は低下するが、本例では心拍数の増加によってこれが代償され、末梢血管収縮と合わせて血圧も意識も保たれている。すなわち心拍出量は代償機構によっておおむね維持されている段階であり、「心拍出量低下」を本例の病態として挙げるのは適切でない。代償が破綻して心拍数増加でも補えなくなると心拍出量は明らかに低下し、血圧低下や意識障害が出現する。
小児の脱水の重症度評価(目安)
・軽度(体重減少3〜5%程度):口渇、口腔粘膜の軽い乾燥。バイタルサインはほぼ正常。 ・中等度(5〜10%程度):ツルゴール低下、大泉門・眼球の陥凹、口腔粘膜の乾燥、尿量減少、頻脈、CRT延長(2秒超)、末梢冷感、不機嫌。血圧は保たれる。 ・重度(10%以上):意識レベル低下・傾眠、著明な頻脈と微弱な脈、血圧低下、CRT著明延長、チアノーゼ・皮膚の網状斑、無尿。 体重減少率の区分は乳児と年長児で多少異なる(年長児では体液量の割合が少ないため、同じ所見でも体重減少率は小さく評価される)。病前体重がわかれば体重減少率が最も客観的な指標となる。
小児の循環の代償機構とショックの段階
小児は心拍数を増やす能力と末梢血管を収縮させる能力が高いため、循環血液量がかなり減少するまで血圧が保たれる。このため血圧は脱水やショックの指標としては遅れて変化し、低血圧が出現した時点ではすでに代償が破綻した重篤な状態(非代償性ショック)である。早期発見には、頻脈、CRT延長、末梢冷感、意識・活気の変化、尿量減少に注目する。
乳児の正常バイタルサイン(目安)
・心拍数:おおむね100〜160/分。 ・呼吸数:おおむね30〜40/分(年齢とともに減少し、学童で20前後)。 ・収縮期血圧:乳児でおおむね70〜100mmHg程度。
ウイルス性胃腸炎による脱水の特徴と治療
ロタウイルスやノロウイルスによる胃腸炎では、嘔吐が先行し、その後に水様下痢が続くことが多い。ロタウイルスでは白色~黄白色の便が特徴的である。脱水の多くは血清Naが正常範囲の等張性脱水で、細胞外液が主に失われるため循環血液量の減少による症状が出やすい。下痢で重炭酸イオンが失われるため、アニオンギャップ正常の代謝性アシドーシスを伴いやすく、循環不全が強いと乳酸アシドーシスも加わる。 治療は、軽度~中等度では経口補水液(ORS)による経口補水療法が第一選択となる。嘔吐が強く経口摂取できない場合や重度脱水、ショック徴候がある場合は、生理食塩水などの細胞外液補充液を経静脈的に投与する(ショックでは10〜20mL/kgを急速投与し反応を評価する)。
POINT
・乳児下痢症で体重減少約5%、ツルゴール低下、CRT延長、末梢冷感、頻脈、血圧正常 → 中等度脱水(代償期)。 ・代償機構:心拍数増加、末梢血管収縮(CRT延長・末梢冷感)による血圧維持と重要臓器への血流再分配。 ・下痢による重炭酸喪失と低灌流による乳酸蓄積で代謝性アシドーシス → 呼吸性代償で多呼吸・分時換気量増加。 ・脱水では中心静脈圧は低下する。 ・冠血流低下や明らかな心拍出量低下、血圧低下は代償破綻(非代償性ショック)の段階で出現する。 ・小児では低血圧は遅れて出る所見であり、出現したら重篤と考える。
