「見られるのが怖い」は妄想ではない―社会不安障害の症状と回避を正しく見極める
第106回医師国家試験 I問題 第32問
国試問題にチャレンジ
社会不安障害について正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.注察妄想に発展する。
- b.発汗とふるえとを伴う。
- c.パニック発作を認めない。
- d.社会から疎外されていると考える。
- e.他の人々から注視される状況を避ける。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
社会不安障害(社交不安症)は、他者から注視・評価される場面で恥をかくことを強く恐れる不安症で、思春期に発症し慢性に経過しやすい疾患です。発汗、ふるえ、動悸、赤面などの自律神経症状を伴い、恐れている状況を回避することで学業や仕事に支障をきたします。病識は保たれており注察妄想には発展せず、社会から疎外されているという被害的な考えも特徴ではありません。また、恐れている状況で誘発されるパニック発作を伴うことがあり、予期しない発作を繰り返すパニック障害とはきっかけで区別します。治療はSSRIと認知行動療法が中心で、うつ病やアルコール使用障害の併存にも注意が必要であり、「不安」と「妄想」を区別する視点は精神科診療全般の基礎となります。
解答・解説
正解はb, eです
社会不安障害(social anxiety disorder)は、現在のDSM-5(米国精神医学会の診断基準第5版)では「社交不安症」と呼ばれ、以前は社会恐怖(social phobia)とも呼ばれた不安症の一つである。日本で古くから「対人恐怖」と呼ばれてきた病態と重なる部分が大きい。 中心にあるのは「人前で何か失敗をして、恥をかいたり、否定的に評価されたりするのではないか」という強い恐怖である。人前での発表・会話・会食・字を書くことなど、他者に見られたり評価されたりする場面で、動悸、赤面、発汗、手や声のふるえといった自律神経系の症状が出現し、本人はそれがさらに相手に気付かれることを恐れる。その結果、そうした場面を避ける(回避行動)ようになり、学業・仕事・人間関係に支障をきたす。 本問を解く鍵は、次の2点を押さえることである。 1. 社会不安障害は「神経症圏」の不安症であり、本人は自分の恐怖が過剰であることをある程度自覚している。したがって妄想(訂正不能な誤った確信)には発展しない。 2. 本人は他者とうまく関わりたいと望んでいるのに、評価への恐怖からそれができない、という構図である。社会から疎外・迫害されているという被害的な考えとは性質が異なる。 この理解に立てば、不安に伴う身体症状(b)と、注視される状況の回避(e)が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 注察妄想に発展する。
注察妄想とは「いつも誰かに見張られている、監視されている」と訂正不能に確信する妄想で、統合失調症に典型的な症状である。社会不安障害の患者も「自分の表情や振る舞いが変に思われていないか」と他人の視線を気にするが、それは不安(恐れ)であって妄想ではない。患者は自分の恐怖が過剰だとある程度理解しており、現実検討能力は保たれている。社会不安障害が経過とともに注察妄想へ進展するということはない。なお、他人の視線を過度に気にして妄想に近い確信に至る場合には、統合失調症や妄想性障害などの別疾患を鑑別する必要がある。
- ○b. 発汗とふるえとを伴う。
社会的な場面で強い不安が生じると、交感神経系が興奮し、発汗、手や声のふるえ、動悸、赤面、口の渇き、吐き気などの身体症状が出現する。社会不安障害ではこうした症状がよくみられ、さらに「汗やふるえを他人に見られたら恥ずかしい」という恐怖が加わって不安が増幅するという悪循環を生じやすい。したがって正しい。
- ×c. パニック発作を認めない。
パニック発作(突然の激しい恐怖とともに動悸、息苦しさ、発汗、ふるえ、めまい、死の恐怖などが短時間でピークに達する発作)は、パニック障害に特有のものではなく、他の不安症でも起こりうる。社会不安障害でも、恐れている社会的場面に直面したときや、それを予期したときにパニック発作が生じることがある。この場合の発作は特定の状況で誘発される点が、予期しない発作を繰り返すパニック障害との違いである。「認めない」と断定するのは誤りである。
- ×d. 社会から疎外されていると考える。
社会不安障害の中心は「他人から否定的に評価されること、恥をかくこと」への恐怖である。患者はむしろ他人や社会とうまく関わりたいと強く望んでおり、それが評価への不安のためにかなわない、という状態にある。自分が社会から疎外されている、排除されているといった被害的な考えは本症の特徴ではない。疎外感や被害感が前景に立つ場合は、統合失調症やパーソナリティ障害、うつ病などを考える。
- ○e. 他の人々から注視される状況を避ける。
人前でのスピーチ、会議での発言、人前での食事や書字など、他者から注目・評価される状況で強い不安が生じるため、患者はそのような状況を回避するか、強い苦痛を感じながら耐え忍ぶ。この回避行動は診断基準にも含まれる中核的な特徴であり、進学・就職・昇進の機会を避けるなど、社会生活・職業生活に大きな支障を生む原因となる。したがって正しい。
社交不安症(社会不安障害)の概要
・分類: 不安症群に属する。DSM-IVまでは社会恐怖/社会不安障害、DSM-5では社交不安症(社交不安障害)と呼ばれる。 ・好発: 10歳代半ばの思春期に発症することが多く、慢性に経過しやすい。生涯有病率は比較的高く、頻度の高い精神疾患の一つである。 ・症状: 他者から注視・評価される場面(発表、会話、会食、電話、書字など)に対する顕著な恐怖と不安。赤面、発汗、ふるえ、動悸などの身体症状を伴い、その症状を他人に気付かれることを恐れる。恐れている状況は回避されるか、強い苦痛をもって耐えられる。 ・病型: かつてはほとんどの社会的状況で恐怖が生じるものを全般性、特定の状況に限られるものを非全般性と区別した。DSM-5では、人前での発表や演技などパフォーマンス場面に限られるものを「パフォーマンス限局型」と特定する。 ・併存症: うつ病、他の不安症(パニック症など)、アルコール使用障害の併存が多い。緊張を和らげる目的で飲酒し、依存に至ることがある点に注意する。
治療
・薬物療法: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択である。日本ではフルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラムなどが適応をもつ。発表時など特定場面の動悸・ふるえに対してβ遮断薬が頓用されることもある。 ・精神療法: 認知行動療法(否定的評価に関する認知の修正、恐れている状況へ段階的に向き合う曝露療法など)が有効である。
対人恐怖との関係
対人恐怖は日本で記載されてきた概念で、赤面恐怖、視線恐怖、表情恐怖などを含む。社会不安障害と大部分が重なる。ただし、対人恐怖の中には「自分の視線や体臭が他人に不快感を与えている」と確信するような重症例(自己臭恐怖・自己視線恐怖など)もあり、この場合は妄想性障害などとの鑑別が問題となる。
POINT
・社会不安障害(社交不安症)は、他者から注視・評価される場面で恥をかくことを恐れる不安症である。 ・赤面、発汗、ふるえ、動悸などの自律神経症状を伴う。 ・恐れている状況を回避し、社会生活に支障をきたす。 ・状況に誘発されたパニック発作を伴うことがある。 ・病識は保たれ、妄想(注察妄想など)には発展しない。被害的な疎外感も本症の特徴ではない。 ・治療はSSRIと認知行動療法が中心である。
