内耳道を「通る神経」と「通らない神経」―小さな聴神経腫瘍で起こらない症状を見抜く
第106回医師国家試験 I問題 第12問
国試問題にチャレンジ
内耳道に限局した聴神経腫瘍による症状として考えにくいのはどれか。
- a.耳鳴
- b.難聴
- c.めまい
- d.顔面神経麻痺
- e.顔面の感覚低下
対話形式の解説
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ドクターまとめ
聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)は主に前庭神経のSchwann細胞から生じる良性腫瘍で、多くは内耳道内に発生し、増大すると小脳橋角部へ進展します。内耳道には顔面神経、蝸牛神経、上・下前庭神経、迷路動脈が通るため、内耳道に限局した段階では片側の感音難聴・耳鳴・めまい(ふらつき)が主症状となり、頻度は低いものの顔面神経麻痺も起こりえます。一方、顔面の感覚を担う三叉神経は内耳道を通らないため、顔面の感覚低下や角膜反射低下は小脳橋角部へ進展したことを示す所見です。片側の感音難聴や突発性難聴ではABRや造影MRIで本症を鑑別し、両側性なら神経線維腫症2型を疑います。神経の走行と腫瘍の進展を結びつけて症状を理解することは、小脳橋角部腫瘍全般の診察と病期の推定に役立ちます。
解答・解説
正解はeです
聴神経腫瘍は、第8脳神経(内耳神経)のうち主に前庭神経のSchwann細胞から発生する良性腫瘍(神経鞘腫)であり、正式には前庭神経鞘腫(vestibular schwannoma)と呼ばれる。多くは内耳道内で発生し、大きくなると内耳孔から小脳橋角部へと進展する。 本問は「内耳道に限局した」段階の症状を問うている。症状を考えるには、内耳道の中を何が通っているかを思い出せばよい。内耳道には以下の構造が走行している。 ・顔面神経(第7脳神経、およびその一部である中間神経) ・蝸牛神経(第8脳神経の聴覚成分) ・上前庭神経・下前庭神経(第8脳神経の平衡覚成分) ・迷路動脈(内耳を栄養する血管) したがって、内耳道に限局した腫瘍では、これらの構造の圧迫・障害による症状、すなわち蝸牛症状(難聴・耳鳴)、前庭症状(めまい・平衡障害)、顔面神経症状が起こりうる。一方、三叉神経(第5脳神経)は内耳道を通らず、より上方の小脳橋角部から脳幹に出入りする。そのため、三叉神経障害による顔面の感覚低下は、腫瘍が内耳道を越えて小脳橋角部で大きくなってから初めて出現する症状であり、内耳道限局の段階では考えにくい。
選択肢考察
- ×a. 耳鳴
耳鳴は蝸牛神経の障害(あるいは迷路動脈の圧迫による内耳の循環障害)によって生じる蝸牛症状である。蝸牛神経は内耳道内を走行するため、内耳道に限局した小さな腫瘍でも起こりうる。片側性で持続する耳鳴は、聴神経腫瘍の初期症状としてよく見られる。
- ×b. 難聴
難聴は聴神経腫瘍で最も多い初発症状であり、蝸牛神経の圧迫による感音難聴(後迷路性難聴)である。典型的には片側性に緩徐に進行するが、突発性難聴と同じように急に発症することもある。そのため、片側の感音難聴や突発性難聴をみたら、聴神経腫瘍を除外するためにMRI(ガドリニウム造影)を考慮する。語音明瞭度が純音聴力の割に悪いこと、聴性脳幹反応(ABR)でⅠ波以降の潜時延長やⅤ波の消失を認めることも特徴である。
- ×c. めまい
腫瘍は前庭神経から発生するため、前庭機能は障害される。ただし神経障害はゆっくり進行し、反対側や中枢による代償が働くため、激しい回転性めまいよりも、ふらつきや平衡障害として自覚されることが多い。ときに発作性の回転性めまいで発症することもある。温度眼振検査(カロリックテスト)で患側の半規管麻痺(canal paresis)を認めることが多い。内耳道限局の段階でも起こりうる症状である。
- ×d. 顔面神経麻痺
顔面神経は内耳道内を蝸牛神経・前庭神経と並んで走行するため、内耳道内の腫瘍に圧迫されうる。ただし、運動神経線維は圧迫に比較的強いため、腫瘍がかなり大きくなっても顔面神経麻痺は目立たないことが多く、頻度は低い。とはいえ、内耳道内の狭い空間での圧迫により生じる可能性はあり、「考えにくい」症状とまではいえない。なお、聴神経腫瘍の手術では顔面神経の温存が重要な課題となる。
- ○e. 顔面の感覚低下
顔面の感覚は三叉神経(第5脳神経)が担う。三叉神経は橋の外側から出て、内耳道よりも上方の小脳橋角部を通って中頭蓋窩へ向かい、内耳道の中は通らない。そのため、腫瘍が内耳道内にとどまっている間は三叉神経が障害されることはなく、顔面の感覚低下は起こりにくい。腫瘍が内耳道から小脳橋角部へ大きく進展すると三叉神経が圧迫され、顔面のしびれ・感覚低下や角膜反射の減弱・消失が出現する。角膜反射の低下は、腫瘍が小脳橋角部に進展したことを示す比較的早期の所見として知られている。
聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)の概要
・Schwann細胞由来の良性腫瘍で、脳腫瘍全体の約10%を占め、小脳橋角部腫瘍の中で最も多い。 ・多くは片側性で、中年に好発する。両側性の場合は神経線維腫症2型(NF2、22番染色体上の遺伝子異常)を強く疑う。 ・前庭神経(上・下前庭神経)から発生するものが大部分である。
腫瘍の進展と症状の推移
1. 内耳道内: 蝸牛症状(片側の感音難聴、耳鳴)、前庭症状(ふらつき、めまい)。顔面神経症状はまれ。 2. 小脳橋角部へ進展: 三叉神経障害(顔面の感覚低下、角膜反射低下)。 3. さらに増大: 小脳・脳幹の圧迫(小脳性運動失調、眼振)、下位脳神経(舌咽・迷走神経)障害、第4脳室圧迫による閉塞性水頭症・頭蓋内圧亢進症状(頭痛、嘔吐、うっ血乳頭)。
検査
・純音聴力検査: 患側の感音難聴。 ・語音聴力検査: 純音聴力に比べて語音明瞭度の低下が強い(後迷路性難聴の特徴)。 ・ABR: 患側でⅠ-Ⅴ波間潜時の延長やⅤ波の消失。 ・温度眼振検査: 患側の半規管麻痺。 ・画像: ガドリニウム造影MRIで内耳道内から小脳橋角部にかけて造影される腫瘤。CTでは内耳道の拡大を認めることがある。
治療
経過観察(小さく症状が軽い場合)、手術による摘出、定位放射線治療(ガンマナイフなど)から選択する。
POINT
・内耳道を通るのは顔面神経、蝸牛神経、上・下前庭神経(と迷路動脈)であり、三叉神経は通らない。 ・内耳道限局の聴神経腫瘍では、難聴・耳鳴・めまいが主症状。顔面神経麻痺はまれだが起こりうる。 ・顔面の感覚低下・角膜反射低下は、小脳橋角部へ進展して三叉神経が圧迫されたことを示す。 ・片側性の感音難聴(突発性難聴を含む)では、聴神経腫瘍を鑑別に挙げ造影MRIを考慮する。 ・両側性ならNF2を疑う。
