動かしていい心臓、まだ動かしてはいけない心臓―大動脈弁狭窄症「手術前」が教える心臓リハビリの線引き
第106回医師国家試験 E問題 第3問
国試問題にチャレンジ
心血管疾患におけるリハビリテーションの適応とならないのはどれか。
- a.心臓移植後
- b.安定労作性狭心症
- c.閉塞性動脈硬化症
- d.冠動脈バイパス術後
- e.大動脈弁狭窄症の手術前
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心臓リハビリテーションは運動療法を中心とした包括的プログラムで、急性心筋梗塞の回復期、安定狭心症、冠動脈バイパス術などの開心術後、慢性心不全、間欠性跛行を伴う閉塞性動脈硬化症、大血管疾患、心臓移植後などが適応となります。一方、手術適応のある大動脈弁狭窄症では運動しても心拍出量を増やせず、血圧低下による失神や心筋虚血、致死性不整脈から突然死を来しうるため、運動療法は禁忌で、まず弁置換術やTAVIによる狭窄解除が優先されます。不安定狭心症、非代償性心不全、コントロール不良の不整脈なども同様に禁忌です。同じ疾患でも「手術前は禁忌、手術後は適応」となるように、適応は病名ではなく「運動で病態が安定したまま改善を得られるか」で判断することが重要であり、この視点はリハビリ処方全般の基本になります。
解答・解説
正解はeです
心臓リハビリテーション(心大血管リハビリテーション)は、運動療法を中心に、患者教育、危険因子(高血圧・脂質異常症・糖尿病・喫煙など)の是正、心理的支援を組み合わせて行う包括的なプログラムである。目的は運動耐容能(どれだけの運動に耐えられるか)の改善、QOL(生活の質)の向上、再入院や心血管イベントの予防、生命予後の改善である。 本問では「適応とならない」ものを選ぶ。考え方の軸は、運動によって病態が安定したまま改善を得られる状態か、それとも運動そのものが突然死や急激な悪化の引き金になりうる状態か、という点である。 適応となる代表的な病態は、急性心筋梗塞の回復期、狭心症(安定したもの)、冠動脈バイパス術や弁膜症手術などの開心術後、経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)後、大血管疾患(大動脈解離・大動脈瘤)の術後など、慢性心不全、末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症)、心臓移植後である。いずれも「治療により病態が安定した状態」あるいは「運動が症状や予後を改善することが示されている慢性疾患」である。 一方、治療されていない重症の左室流出路狭窄(症候性の重症大動脈弁狭窄症や閉塞性肥大型心筋症など)は、運動により失神や致死性不整脈、突然死を来しうるため、運動療法の禁忌に含まれる。大動脈弁狭窄症の「手術前」、すなわち手術適応となる重症の狭窄が残っている段階では、まず弁置換術(または TAVI)による根本治療を優先するのであり、リハビリテーションとしての運動療法は行わない。手術後であれば適応となる点と対比して理解するとよい。
選択肢考察
- ×a. 心臓移植後
適応となる。移植心は自律神経が切断された除神経心であり、運動を始めても心拍数がすぐには上がらず、血中カテコールアミンの増加を待ってゆっくり上昇するなど、運動に対する反応が通常と異なる。加えて長期の心不全による骨格筋の萎縮や、免疫抑制薬(特にステロイド)の影響もあり、運動耐容能は低下している。移植後早期から離床と運動療法を行うことで、運動能力や筋力が改善することが知られており、心臓リハビリテーションの重要な対象である。
- ×b. 安定労作性狭心症
適応となる。安定労作性狭心症は、一定以上の労作で予測可能な形で胸痛が出現し、安静で速やかに消失するもので、症状の頻度や強さが変化していない状態である。虚血が生じる閾値より低い強度で運動療法を行うことで、末梢骨格筋での酸素利用効率が上がり、同じ作業をしたときの心筋酸素需要(心拍数×血圧で近似される)が低下するため、狭心症が起こる運動量が増える。血管内皮機能の改善や危険因子の是正も期待できる。これに対し、不安定狭心症(新規発症・増悪型・安静時発作など)や、平地をゆっくり歩く程度のごく軽い労作で虚血が誘発される低閾値の虚血は禁忌であり、まず血行再建などの治療を優先する。
- ×c. 閉塞性動脈硬化症
適応となる。閉塞性動脈硬化症(ASO、現在は末梢動脈疾患 PAD と呼ばれることが多い)は、下肢動脈の動脈硬化性狭窄・閉塞により、歩くと下肢に痛みが出て休むと改善する間欠性跛行を来す。間欠性跛行の患者では、監視下での歩行運動療法(跛行が出る程度まで歩き、休憩して再開することを繰り返す)が第一選択の治療の一つであり、側副血行路の発達、血管内皮機能の改善、骨格筋の代謝改善などにより、痛みなく歩ける距離が延長する。ただし安静時痛や潰瘍・壊疽を伴う重症下肢虚血(包括的高度慢性下肢虚血, CLTI)では、運動療法より血行再建が優先される。
- ×d. 冠動脈バイパス術後
適応となる。冠動脈バイパス術(CABG)などの開心術後は、術後早期から段階的に離床を進め、回復期には運動療法を含む包括的リハビリテーションを行う。これにより術後の廃用(安静臥床による筋力・心肺機能の低下)の予防、運動耐容能の改善、社会復帰の促進が得られ、バイパスグラフトの開存率改善にも有効とされる。危険因子の管理を含めた二次予防の場としても重要である。
- ○e. 大動脈弁狭窄症の手術前
適応とならない。手術適応となる大動脈弁狭窄症(AS)は、弁口が高度に狭く、運動しても心拍出量を増やすことができない。運動によって末梢血管が拡張すると血圧が低下し、脳血流低下による失神や、冠血流低下による心筋虚血・致死性不整脈を来し、突然死に至るおそれがある。そのため症候性の重症 AS や、中等度以上の左室流出路狭窄を伴う閉塞性肥大型心筋症などは運動療法の禁忌とされる。まず外科的大動脈弁置換術や TAVI で狭窄を解除することが優先であり、リハビリテーションは術後に行う。
心臓リハビリテーションの対象となる主な病態
・急性心筋梗塞(回復期以降) ・狭心症(安定したもの) ・開心術後(冠動脈バイパス術、弁膜症手術など)、TAVI 後 ・大血管疾患(大動脈解離、大動脈瘤、大血管術後) ・慢性心不全(薬物療法で安定し、NYHA 心機能分類 II〜III 度程度のもの) ・末梢動脈疾患(間欠性跛行を伴う閉塞性動脈硬化症) ・心臓移植後
運動療法の禁忌となる代表的な状態
・不安定狭心症、低閾値の心筋虚血 ・急性心筋梗塞の急性期で状態が不安定なもの ・コントロールされていない重症不整脈 ・非代償性(急性増悪中)の心不全 ・症候性の重症大動脈弁狭窄症、中等度以上の左室流出路狭窄(閉塞性肥大型心筋症など) ・手術適応のある重症弁膜症 ・急性の心筋炎・心膜炎・感染性心内膜炎 ・急性大動脈解離(保存的治療で安定する前) ・活動性の深部静脈血栓症、急性肺血栓塞栓症 ・コントロール不良の高血圧
慢性心不全と運動療法
かつて心不全は安静が原則とされたが、現在では、安定した慢性心不全に対する運動療法は運動耐容能の向上、QOL の改善、再入院の減少、長期予後の改善が期待できるとされ、標準的治療の一部となっている。
包括的リハビリテーションの時期区分
・急性期(第 I 相): 入院中。離床と日常生活動作の再獲得 ・回復期(第 II 相): 退院前後〜数か月。監視下運動療法、生活指導 ・維持期(第 III 相): 生涯にわたる自己管理と運動習慣の継続
POINT
・心臓リハビリテーションは急性心筋梗塞後、安定狭心症、開心術後、慢性心不全、末梢動脈疾患、大血管疾患、心臓移植後などが適応である。 ・運動で突然死や急激な悪化を来しうる病態(不安定狭心症、非代償性心不全、重症不整脈、症候性重症 AS・高度の左室流出路狭窄など)は禁忌である。 ・大動脈弁狭窄症は「手術前」は禁忌、「手術後(TAVI 後を含む)」は適応、という対比で押さえる。 ・閉塞性動脈硬化症の間欠性跛行には監視下歩行運動療法が有効である。
