扉を閉めても防げない―陰圧室が守るのは「空気感染」から
第106回医師国家試験 E問題 第4問
国試問題にチャレンジ
入院治療を行うにあたり,陰圧室での隔離の必要性が最も高いのはどれか。
- a.インフルエンザ
- b.急性細気管支炎
- c.伝染性単核球症
- d.百日咳
- e.麻疹
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
陰圧室は室内の空気を外に漏らさないための設備で、5μm以下の飛沫核が空中を漂って広がる空気感染への対策として用いられます。ヒトからヒトへ空気感染する代表は麻疹・水痘・結核で、陰圧個室隔離と医療者のN95マスク着用が必要です。一方、インフルエンザや百日咳は飛沫感染、RSウイルスによる急性細気管支炎は飛沫+接触感染、EBウイルスによる伝染性単核球症は唾液を介した接触で感染するため、陰圧室は不要です。麻疹は感染力がきわめて強く、発疹前のカタル期に最も感染しやすいため、医療者の免疫確認や曝露後のワクチン・免疫グロブリン投与も重要な知識です。症状の激しさではなく感染経路から対策を選ぶ考え方は、あらゆる院内感染対策の基本となります。
解答・解説
正解はeです
陰圧室(陰圧個室)とは、室内の気圧を廊下など周囲より低く保ち、空気が常に外から室内へ流れ込むようにした病室である。室内の空気は HEPA フィルター(高性能微粒子フィルター)を通すか直接屋外へ排気され、病原体を含む空気が病棟内に漏れ出すのを防ぐ。これは空気感染(飛沫核感染)への対策として用いられる設備である。 感染経路別予防策は、主に次の 3 つに分けて考える。 ・飛沫感染: 咳やくしゃみで出る直径 5μm 程度より大きい飛沫が、1〜2m 程度の近距離で相手の粘膜に付着して感染する。飛沫はすぐに落下するため、個室隔離(または患者同士の間隔の確保)とサージカルマスクで対応でき、陰圧は不要である。 ・接触感染: 患者や汚染された環境・物品に直接・間接に触れることで感染する。手指衛生、手袋・ガウンの着用、個室管理で対応する。 ・空気感染: 飛沫の水分が蒸発してできた 5μm 以下の微小な粒子(飛沫核)が長時間空中を漂い、離れた場所の人にも吸入されて感染する。個室の扉を閉めるだけでは防げないため、陰圧個室への隔離と、医療従事者の N95 マスク着用が必要となる。 ヒトからヒトへ空気感染する代表的な疾患は、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)、結核の 3 つである。したがって本問は「空気感染するのはどれか」と読み替えればよく、選択肢の中では麻疹が該当する。
選択肢考察
- ×a. インフルエンザ
インフルエンザウイルスの主な感染経路は飛沫感染であり、手指や物品を介した接触感染も起こる。入院時は個室隔離(難しければ同じ疾患の患者を同室にまとめる集団隔離)とサージカルマスクの着用で対応し、通常は陰圧室を必要としない。患者自身にマスクを着けてもらうこと(咳エチケット)も感染拡大防止に重要である。なお、気管挿管や気管支鏡などエアロゾルが発生する処置の際には、医療従事者は N95 マスクを用いるなど追加の対策をとる。
- ×b. 急性細気管支炎
急性細気管支炎は主に 2 歳未満の乳幼児にみられる細い気管支(細気管支)の炎症で、原因の大半は RS ウイルス(respiratory syncytial virus)である。ヒトメタニューモウイルスやライノウイルスなども原因となる。RS ウイルスは飛沫感染に加え、ウイルスが付着した手指や玩具などを介した接触感染が重要であり、小児病棟での院内感染対策では手指衛生と接触予防策(手袋・ガウン)、飛沫予防策を行う。空気感染はしないので陰圧室は不要である。
- ×c. 伝染性単核球症
伝染性単核球症は主に EB ウイルス(Epstein-Barr virus, EBV)の初感染によって起こり、発熱、咽頭・扁桃炎、頸部リンパ節腫脹、肝脾腫、異型リンパ球の増加を特徴とする。EBV は唾液中に排出され、キスや食器・飲み物の共有など唾液を介した濃厚な接触で感染する(kissing disease とも呼ばれる)。感染後は生涯潜伏感染し、健康な既感染者の口腔咽頭分泌物からも間欠的に検出されるため、患者を隔離しても感染源を断つ意味は乏しい。入院時は標準予防策で十分であり、陰圧室は不要である。
- ×d. 百日咳
百日咳はグラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis)による呼吸器感染症で、鼻咽頭や気道の分泌物を介した飛沫感染と接触感染で広がる。カタル期(風邪様症状の時期)に最も感染力が強く、その後、連続性の咳き込み(スタッカート)と吸気時の笛声(whoop)を特徴とする痙咳期に移行する。入院時は飛沫予防策(個室管理・サージカルマスク)を行い、適切な抗菌薬(マクロライド系)投与開始後 5 日程度で予防策を解除できる。空気感染はしないため陰圧室は不要である。
- ○e. 麻疹
麻疹ウイルスは空気感染(飛沫核感染)を起こし、飛沫感染や接触感染でも伝播する。感染力はきわめて強く、免疫のない集団で 1 人の患者が平均何人に感染させるかを示す基本再生産数は 12〜18 程度とされ、主要な感染症の中で最も高い部類である。感染力は発疹が出る前のカタル期(発熱・咳・鼻汁・結膜充血の時期)に最も強く、この時期は診断がつきにくいため院内感染の原因となりやすい。入院させる場合は陰圧個室に隔離し、入室する職員は免疫を持つ者に限り、N95 マスクを着用する。したがって、選択肢の中で陰圧室での隔離の必要性が最も高い。
感染経路別の代表的疾患と対策
・空気感染: 麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)、結核。陰圧個室隔離、職員は N95 マスク。 ・飛沫感染: インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマ肺炎、髄膜炎菌感染症、ジフテリアなど。個室隔離、サージカルマスク。 ・接触感染: RS ウイルス感染症、ノロウイルス・ロタウイルス胃腸炎、MRSA、Clostridioides difficile 感染症、疥癬など。手指衛生、手袋・ガウン。 すべての患者に共通して行う標準予防策に、経路別予防策を上乗せするという考え方である。
麻疹の概要
・病原体: 麻疹ウイルス(パラミクソウイルス科、エンベロープを持つ一本鎖 RNA ウイルス) ・経過: 潜伏期は約 10〜12 日。カタル期(高熱、咳、鼻汁、結膜充血)の終わりに頬粘膜に Koplik 斑が出現し、いったん解熱傾向となった後に再び高熱とともに発疹期に入る(二峰性発熱)。発疹は耳後部・顔面から体幹・四肢へ広がり、融合傾向を示し、消退後に色素沈着を残す。 ・合併症: 肺炎(死亡原因として重要)、中耳炎、脳炎、数年後に発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)など。 ・予防: 麻疹風疹混合(MR)ワクチンの定期接種を 2 回行う(第 1 期: 1 歳以上 2 歳未満、第 2 期: 小学校入学前の 1 年間)。かつて 1 回接種世代の免疫を補うため、中学 1 年生と高校 3 年生相当の者に 2 回目を接種する期間限定の措置がとられたことがある。医療従事者は抗体価を確認し、必要に応じてワクチン接種を受けておく。 ・修飾麻疹: ワクチン接種後の免疫が不十分な者などが感染した場合、高熱、Koplik 斑、典型的な発疹のいずれかを欠く軽症の経過をとることがあり、診断が難しい。 ・曝露後対応: 免疫のない者が曝露した場合、72 時間以内の緊急ワクチン接種、または 6 日以内の免疫グロブリン投与で発症予防・軽症化が期待できる。
POINT
・陰圧個室隔離が必要なのは空気感染(飛沫核感染)する疾患である。 ・ヒトからヒトへ空気感染する代表は「麻疹・水痘・結核」の 3 つ。 ・空気感染対策では医療従事者は N95 マスク、飛沫感染対策ではサージカルマスクを用いる。 ・インフルエンザ、百日咳は飛沫感染、RS ウイルスは飛沫+接触感染、EBV は唾液を介した接触で感染する。 ・麻疹は感染力が最も強い感染症の一つで、カタル期に感染力が最大となる。
