「動けるうち」が始めどき―化学療法と同時に始めるがんリハビリテーション
第120回医師国家試験 F問題 第50問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。進行肺癌と診断され,入院の上,化学療法が開始された。呼吸困難など自覚症状はない。軽度の体重減少を認めるが,食事は経口摂取できている。筋力はやや低下しているが歩行は可能であり,ADLは自立している。 この患者に対する,がんリハビリテーションの進め方で最も適切なのはどれか。
- a.すぐに開始する。
- b.化学療法終了後に開始する。
- c.疾患進行期であるため非適応である。
- d.動作時の呼吸苦を認めたら実施する。
- e.ADLに介助が必要になったら実施する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
がんのリハビリテーションは、病期や治療段階を問わず、がんと診断された時点から開始するのが原則であり、化学療法とも並行して安全に実施できます。高齢者が入院して化学療法を受けると、倦怠感や食欲低下による臥床で廃用症候群が急速に進み、悪液質も重なるため、症状がなくADLが自立している今のうちに予防的に介入することが重要です。化学療法の終了や呼吸苦の出現、ADLの介助が必要になるのを待つと、十分な運動負荷をかけられず回復も難しくなり、また進行期・終末期であっても機能維持やQOL保持、症状緩和を目的として適応となります。Dietzの分類(予防的・回復的・維持的・緩和的)やプレハビリテーションの考え方とあわせて理解しておくと、治療を続ける体力を支え、患者の生活を守るという視点から、がん診療全体を捉えられるようになります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・72歳の高齢男性で、進行肺癌に対して入院のうえ化学療法が始まったところである。 ・呼吸困難などの自覚症状はない。 ・軽度の体重減少はあるが経口摂取はできており、栄養状態が大きく崩れているわけではない。 ・筋力はやや低下しているものの歩行可能で、ADL(日常生活動作)は自立している。
この患者に起こりうること
高齢者が入院し化学療法を受けると、倦怠感・食欲不振・悪心などのために臥床がちとなり、廃用症候群(安静や不活動による筋萎縮・体力低下・関節拘縮など)が急速に進みやすい。進行癌そのものによる悪液質(筋肉量の減少を中心とした代謝異常)も筋力低下を加速させる。本例ではすでに筋力の軽い低下と体重減少が始まっている。
設問の考え方
がんのリハビリテーションは、病期や治療段階を問わず、がんと診断された時点から行うものとされる。機能が落ちてから回復を図るよりも、落ちる前に予防的に介入するほうが効果的であり、運動療法は化学療法と並行して安全に実施できる。進行期であっても、ADLと生活の質(QOL)をできるだけ長く保つことが目標となる。本例は自覚症状がなくADLも自立しており、低~中等度の運動を行える状態であるから、化学療法と並行して今すぐ開始するのが最も適切である。
選択肢考察
- ○a. すぐに開始する。
がんリハビリテーションは診断後・治療開始時から早期に導入するのが原則である。本例は症状がなく歩行・ADLが自立しており、運動を安全に行える状態にある。化学療法による倦怠感や食欲低下で活動量が落ちる前に、筋力・筋持久力・心肺機能を維持・向上させておくことで、廃用の進行を防ぎ、治療を継続できる体力を保つことが期待できる。すでに筋力低下と体重減少が始まっていることも、早期介入を急ぐ理由となる。
- ×b. 化学療法終了後に開始する。
化学療法の終了を待つ医学的根拠はなく、リハビリテーションは化学療法と並行して行える。化学療法中に何もしなければ、その間に廃用による筋力・体力の低下が進み、終了時には倦怠感や食欲不振のため動けなくなっていることも多い。いったん落ちた機能を取り戻すには、予防するよりはるかに長い時間を要する。なお、血球減少や発熱など全身状態が悪い日は運動量を調整すればよく、開始自体を遅らせる理由にはならない。
- ×c. 疾患進行期であるため非適応である。
進行期・終末期であってもがんリハビリテーションの対象である。進行期では、機能の維持、ADLやQOLの保持、症状の緩和が目標となる。運動によってがんの進行が早まることはなく、むしろ身体活動の維持は倦怠感の軽減や精神面の安定にも役立つ。病期の進行を理由に適応外とするのは誤りである。
- ×d. 動作時の呼吸苦を認めたら実施する。
呼吸苦が出てから始めると、症状のために十分な運動負荷をかけられず、呼吸法や効率のよい動作の習得も苦しさから難しくなる。症状が出る前の、運動が行いやすい時期から開始しておくべきである。呼吸困難が生じた後も、呼吸リハビリテーションや動作の工夫は症状緩和に有用であり、その意味でも早期から関わっておくことが望ましい。
- ×e. ADLに介助が必要になったら実施する。
ADLに介助が必要となった時点ではすでに筋力・体力の低下が進んでおり、十分な運動負荷をかけられず、回復も難しくなる。ADLが自立している今のうちに介入して、介助が必要になる状態をできるだけ先に延ばすことが、がんリハビリテーションの主な目的の一つである。
がんリハビリテーションの病期別分類(Dietzの分類)
・予防的リハビリテーション:がんと診断された後、手術・放射線療法・化学療法の前または開始直後から行い、機能障害の発生を予防する。 ・回復的リハビリテーション:機能障害や能力低下が生じた患者に対し、最大限の機能回復を目指す。 ・維持的リハビリテーション:がんが増大し機能障害が進行しつつある患者に対し、セルフケアや運動能力を保ち、拘縮・褥瘡などを予防する。 ・緩和的リハビリテーション:終末期の患者に対し、本人の希望を尊重しながら、疼痛・呼吸困難などの症状を和らげ、QOLの高い生活を送れるよう支援する。 このように、診断直後から終末期まで全病期が対象となる。本例は化学療法開始時の予防的リハビリテーションに当たる。
化学療法中の運動療法
化学療法中・後の患者に対する有酸素運動と筋力トレーニングは、身体機能、倦怠感(がん関連疲労)、QOL、不安・抑うつの改善に有効とされ、診療ガイドラインでも推奨されている。ただし、著しい貧血、高度の血小板減少(出血の危険)、発熱、骨転移による病的骨折の危険、高度の脱水・電解質異常などがある場合は、運動の中止や負荷の軽減を検討する。
プレハビリテーション
手術や化学療法の前から筋力・持久力・心肺機能・栄養状態を高め、治療に耐える力を準備しておく考え方である。術後合併症の減少や回復の促進が期待されている。
廃用症候群と悪液質
安静臥床が続くと、筋力は1週間で十数%程度低下するといわれるほど急速に失われる。高齢者では特に回復しにくい。がん悪液質は、食事だけでは回復しない骨格筋量の減少を特徴とし、栄養療法と運動療法を組み合わせた多面的な介入が試みられている。
POINT
・がんリハビリテーションは診断時・治療開始時から開始し、病期を問わず全病期が対象となる。 ・化学療法・放射線療法と並行して実施できる。 ・機能が低下してからでは回復に時間がかかるため、症状が出る前やADLが自立しているうちから予防的に介入する。 ・進行期・終末期でも、機能維持・ADL・QOLの保持や症状緩和を目的として適応となる。 ・Dietzの分類:予防的・回復的・維持的・緩和的。
