腫れた腕は「温めず、固めず、押して動かす」―乳癌術後リンパ浮腫の治療戦略
第119回医師国家試験 F問題 第12問
国試問題にチャレンジ
乳癌術後の上肢リンパ浮腫に対する治療で適切なのはどれか。
- a.温熱療法
- b.装具による固定
- c.促通訓練
- d.弾性着衣による圧迫
- e.電気療法
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
乳癌術後の上肢リンパ浮腫は、腋窩リンパ節郭清や腋窩照射によってリンパ還流が障害されて起こる続発性リンパ浮腫で、術後数か月〜数年たって発症することもあります。治療の基本は複合的理学療法で、スキンケア、用手的リンパドレナージ、弾性包帯・弾性着衣による圧迫、圧迫下の運動療法を組み合わせ、患肢挙上などの生活指導を加えます。温熱は血管拡張により浮腫を悪化させうるため避け、装具による固定は筋ポンプ作用を損なうため不適切で、促通訓練や電気療法は対象となる病態が異なります。蜂窩織炎は浮腫を悪化させる重要な合併症であり、日頃のスキンケアによる予防が欠かせません。病態から治療を逆算する考え方は、癌サバイバーの生活の質を支える術後ケアを理解するうえで重要です。
解答・解説
正解はdです
乳癌の手術で腋窩リンパ節郭清(わきの下のリンパ節をまとめて切除すること)や腋窩への放射線照射を行うと、上肢から戻るリンパ液の通り道が断たれ、患側の上肢にリンパ液がたまって腫れる。これが続発性(二次性)リンパ浮腫であり、術直後だけでなく数か月〜数年後に発症することも多い。 リンパ浮腫は、たまったリンパ液を外から押し戻し、再び貯留しないように保つことが治療の基本である。標準的な保存療法は「複合的理学療法」と呼ばれ、①スキンケア、②用手的リンパドレナージ(リンパの流れに沿って手で優しくさすり、うっ滞した液を正常なリンパ節領域へ誘導するマッサージ)、③圧迫療法(弾性包帯・弾性着衣)、④圧迫下での運動療法を組み合わせて行う。これに患肢の挙上などの日常生活指導を加える。 したがって、選択肢の中では弾性着衣による圧迫が適切な治療であり、それ以外は他の病態に用いる治療法か、むしろ浮腫を悪化させうる方法である。
選択肢考察
- ×a. 温熱療法
適切でない。温熱は局所の血管を拡張させて血流を増やし、毛細血管から組織間へ漏れ出る水分を増加させるため、リンパ液の処理が追いつかない患肢では浮腫が悪化しうる。リンパ浮腫の患者には、サウナや長時間の入浴、患肢へのホットパックなど過度の加温を避けるよう指導する。なお、癌そのものに対する治療として行われるハイパーサーミア(腫瘍を加温する治療)とも別の話であり、浮腫の治療には用いない。
- ×b. 装具による固定
適切でない。装具による固定は骨折や靱帯損傷の安静保持、関節の変形・拘縮の予防などに用いる。リンパ液の還流は筋肉の収縮(筋ポンプ作用)にも助けられているため、上肢を固定して動かさないとかえってリンパの流れが悪くなり、関節拘縮も招く。リンパ浮腫ではむしろ圧迫下で上肢を動かす運動療法が勧められる。
- ×c. 促通訓練
適切でない。促通訓練(神経筋促通法)は、脳卒中後の片麻痺などで、治療者が麻痺肢を操作したり感覚刺激を加えたりして目的とする運動を引き出し、運動に関わる神経回路の再建・強化を図るリハビリテーション手技である。神経の障害による運動麻痺が対象であり、リンパの還流障害であるリンパ浮腫とは対象が異なる。
- ○d. 弾性着衣による圧迫
適切である。弾性スリーブや弾性手袋などの弾性着衣で患肢を外から圧迫すると、組織圧が高まって毛細血管から組織間への水分の漏出が抑えられ、たまったリンパ液の還流も促される。さらに着衣の上から筋肉を動かすと、筋ポンプ作用が効率よく働く。浮腫が強い時期は多層の弾性包帯で圧迫して体積を減らし、改善後は弾性着衣で状態を維持するのが一般的である。複合的理学療法の中核をなす治療である。
- ×e. 電気療法
適切でない。リハビリテーションで行う電気療法は、低周波などの電気刺激で筋収縮を起こしたり(筋力低下・麻痺への治療的電気刺激)、痛みを和らげたり(経皮的電気神経刺激: TENS)するものであり、リンパ浮腫の標準治療としては位置づけられていない。精神科の電気けいれん療法とはもちろん無関係である。
続発性リンパ浮腫の原因
癌治療に伴うものが多く、乳癌(腋窩リンパ節郭清・腋窩照射)では上肢に、子宮癌・卵巣癌・前立腺癌など(骨盤内リンパ節郭清・骨盤照射)では下肢に生じる。センチネルリンパ節生検(最初に転移が及ぶリンパ節だけを調べる方法)で郭清を省略できると、リンパ浮腫の発生頻度は大きく下がる。
症状と経過
患肢の腫れ、重だるさ、皮膚の張り。初期は圧迫すると圧痕が残り挙上で軽快するが、進行すると皮下組織の線維化や脂肪沈着が進み、圧痕が残りにくい硬い浮腫となる。国際リンパ学会(ISL)の病期分類では0期(潜在期)〜III期(象皮症)に分けられる。
合併症
蜂窩織炎(皮膚・皮下組織の細菌感染)を起こしやすく、発症すると浮腫がさらに悪化する。皮膚を清潔に保ち、傷・虫刺され・日焼けを避けるスキンケアが重要である。蜂窩織炎の急性期には、圧迫やドレナージを中止して抗菌薬で治療する。
複合的理学療法(複合的治療)
・スキンケア: 保湿と清潔保持により感染を予防する。 ・用手的リンパドレナージ: 正常なリンパ節領域に向けて、皮膚を軽くずらすように行う。 ・圧迫療法: 集中的な減量期は弾性包帯、維持期は弾性着衣を用いる。 ・圧迫下の運動療法: 圧迫した状態で筋肉を動かし、リンパ還流を促す。 これに日常生活指導(患肢挙上、締め付けの強い衣類や装飾品を避ける、過度の加温や重い荷物の持ち上げを控えるなど)を加える。弾性着衣や複合的治療には医療保険が適用される。
外科的治療
保存療法で十分な効果が得られない場合、リンパ管細静脈吻合術(リンパ管を近くの細い静脈につなぎ、リンパ液を静脈へ逃がす手術)やリンパ節移植術などが検討される。
薬物療法
利尿薬はリンパ浮腫には基本的に無効である。リンパ浮腫の浮腫液は蛋白質に富んでおり、水分だけを除いても組織間に蛋白が残り、根本的な改善にならないためである。
POINT
・乳癌術後の上肢リンパ浮腫は、腋窩リンパ節郭清・腋窩照射によるリンパ還流障害で起こる続発性リンパ浮腫である。 ・治療の基本は複合的理学療法(スキンケア、用手的リンパドレナージ、弾性包帯・弾性着衣による圧迫、圧迫下の運動療法)と患肢挙上などの生活指導である。 ・温熱は浮腫を悪化させうるため避ける。固定・安静は筋ポンプ作用を損なうので不適切である。 ・蜂窩織炎の合併に注意し、スキンケアで予防する。 ・利尿薬は基本的に無効である。
