ステロイドが効かない乳頭の湿疹―腫瘤がなくても疑うべき乳房Paget病
第106回医師国家試験 D問題 第27問
国試問題にチャレンジ
45歳の女性。左乳頭・乳輪部の変化を主訴に来院した。6か月前から乳頭・乳輪部の変化に気付いていた。市販の副腎皮質ステロイド外用薬は無効であった。未経妊であり,授乳歴はない。身長156 cm,体重47 kg。発熱はなく,局所の痛みと痒みとを認めない。乳房に腫瘤を触知しない。左乳房の写真を別に示す。 診断として最も考えられるのはどれか。

- a.乳腺炎
- b.Mondor病
- c.接触皮膚炎
- d.乳房Paget病
- e.悪性リンパ腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
片側の乳頭・乳輪に限局した湿疹様の発赤・びらんが、痒みに乏しく、ステロイド外用でも改善せず長く続く場合は、乳房Paget病を疑います。乳頭直下の乳管上皮から生じた癌細胞が乳頭の表皮内に進展した病態で、乳管内にとどまる段階では腫瘤を触れないため、腫瘤がないことは乳癌の否定になりません。乳腺炎は授乳期に発熱と疼痛を伴い、Mondor病は皮下の索状物、接触皮膚炎は痒みが強くステロイドが奏効する点で区別でき、乳房原発リンパ腫は腫瘤として発見されるのが普通です。確定診断は擦過細胞診や生検でのPaget細胞の証明で、画像検査で乳腺内の広がりを評価して手術を行います。「治らない乳頭の湿疹」を見逃さない姿勢は、乳癌の早期発見に直結する大切な臨床感覚です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・45歳女性。片側(左)の乳頭・乳輪部に限局した皮膚の変化が6か月間続いている(慢性の経過)。 ・市販の副腎皮質ステロイド外用薬が効かない(通常の湿疹・皮膚炎としては説明しにくい)。 ・未経妊で授乳歴がない(授乳期に多い乳腺炎の背景がない)。 ・発熱なし、局所の痛み・痒みなし(炎症性疾患やアレルギー性皮膚炎を示す症状が乏しい)。 ・乳房に腫瘤を触知しない。 ・写真では左乳頭から乳輪にかけて発赤とびらん(表皮が欠損して湿った面が露出した状態)を認め、湿疹のようにみえる。
診断へのプロセス
片側の乳頭・乳輪に限局した湿疹様のびらんが、ステロイド外用に反応せずに数か月以上続いている場合、まず乳房Paget病を疑うのが原則である。乳房Paget病は乳頭直下の乳管上皮から発生した癌細胞が乳管内を進展して乳頭の表皮内に広がる疾患で、乳管内にとどまっている段階では腫瘤をつくらないことが多い。したがって「腫瘤を触れない」ことは乳癌を否定する根拠にならない。また、皮膚の病変でありながら痒みが乏しいこと、ステロイドが無効であることは、炎症ではなく腫瘍性病変であることを示唆する。 一方、乳腺炎は授乳期に多く発熱・疼痛・腫脹を伴い、接触皮膚炎は痒みが強くステロイド外用がよく効き、Mondor病は皮下の索状物が特徴であり、いずれも本例の所見と合わない。
確定診断に向けて
びらん面の擦過細胞診や皮膚生検を行い、表皮内に大型で明るい細胞質をもつ異型細胞(Paget細胞)を証明する。あわせてマンモグラフィ・乳房超音波・MRIで乳腺内の乳管内癌や浸潤癌の広がりを評価する。
選択肢考察
- ×a. 乳腺炎
乳腺炎は乳汁のうっ滞や細菌感染によって起こり、大部分は授乳期(特に産褥期)にみられる。乳房の発赤・腫脹・熱感・疼痛と発熱を伴い、進行すると膿瘍を形成する。本例は未経妊で授乳歴がなく、発熱も痛みもなく、変化が乳頭・乳輪に限局して6か月も続いているため合わない。なお授乳と無関係な乳腺炎(乳輪下膿瘍、肉芽腫性乳腺炎など)もあるが、これらも疼痛や腫瘤・膿瘍を伴うのが通常である。
- ×b. Mondor病
Mondor病は前胸壁から乳房にかけての皮下浅在静脈(胸腹壁静脈など)に起こる血栓性静脈炎である。皮下に縦に走る硬い索状物として触れ、軽い圧痛や、腕を挙上したときに皮膚がひきつれる所見がみられる。多くは数週〜数か月で自然に軽快する良性疾患である。乳頭・乳輪のびらんを呈する疾患ではないため、本例とは合わない。
- ×c. 接触皮膚炎
接触皮膚炎は外来物質(下着の素材、洗剤、外用薬など)が触れた部位に生じる皮膚炎で、紅斑・丘疹・小水疱とともに強い痒みを伴うのが特徴である。原因物質の除去と副腎皮質ステロイド外用で速やかに改善するのが普通である。本例は痒みがなく、ステロイド外用が無効であることから考えにくい。乳頭部の湿疹様病変をステロイド外用で漫然と経過観察して乳房Paget病の診断が遅れることがあり、注意が必要である。
- ○d. 乳房Paget病
片側の乳頭・乳輪に限局した発赤・びらんが慢性に続き、痒みや痛みに乏しく、ステロイド外用薬に反応しないという経過は乳房Paget病に典型的である。乳頭部の乳管上皮から生じた癌細胞が表皮内に進展した病態であり、乳管内に限局している段階では腫瘤を形成しないため、腫瘤を触知しないことも矛盾しない。びらん部の擦過細胞診や生検でPaget細胞を証明して確定する。
- ×e. 悪性リンパ腫
乳房に原発する悪性リンパ腫はまれ(乳房悪性腫瘍の1%未満)で、多くはびまん性大細胞型B細胞リンパ腫である。通常は比較的境界明瞭で急速に増大する乳房腫瘤として発見され、乳頭・乳輪のびらんを主症状とすることは一般的でない。腫瘤を触れず乳頭・乳輪の湿疹様変化のみを示す本例には合わない。
乳房Paget病の概要
・乳頭直下の乳管上皮に発生した癌が乳管内を進展し、乳頭・乳輪の表皮内に達したものである。乳癌全体の1〜2%程度を占める、まれな病型である。 ・日本の乳癌取扱い規約では、表皮内進展を主体とし、乳管内に限局する(間質浸潤がないかごく軽度の)ものを「Paget病」として特殊型に分類する。乳腺内に浸潤癌の腫瘤があり、それが乳頭に進展して同様の皮膚所見を示すものは、浸潤癌の乳頭部皮膚進展(Paget様進展)として区別される。 ・中高年女性に多い。
症状
・片側の乳頭から乳輪にかけての発赤、びらん、落屑、痂皮形成など、湿疹に似た変化。進行すると乳頭が消失・陥凹することもある。 ・痒みは軽いかないことが多い。血性分泌物を伴うことがある。 ・ステロイド外用が効かない、あるいは一時的に軽快しても再燃する。
診断
・びらん面の擦過(捺印)細胞診、皮膚生検で表皮内に大型で淡明な細胞質をもつPaget細胞を確認する。Paget細胞はPAS染色陽性の粘液をもち、免疫染色ではCK7陽性、HER2陽性となることが多い。 ・マンモグラフィ(乳管内癌による微細石灰化の有無)、超音波、MRIで乳腺内病変の広がりを評価する。
治療と予後
・乳頭・乳輪を含めた手術が基本であり、病変の広がりに応じて乳房全切除術または乳頭・乳輪を切除する乳房部分切除術(術後放射線療法を併用)を行う。 ・乳管内にとどまる病変ではリンパ節転移はまれで、予後は良好である。
乳房外Paget病との区別
外陰部、肛門周囲、腋窩など、アポクリン腺の多い部位に生じるものは乳房外Paget病と呼ばれ、皮膚科領域の表皮内癌として扱われる。
乳頭・乳輪部の病変の鑑別
・乳頭部湿疹・接触皮膚炎:両側性のこともあり、痒みが強く、ステロイド外用が有効。 ・乳頭部腺腫(乳頭腺腫):乳頭のびらんや腫大を示す良性腫瘍で、生検で鑑別する。 ・乳頭のBowen病(表皮内有棘細胞癌)なども鑑別に入るが、まれである。
POINT
・片側の乳頭・乳輪の湿疹様びらんが、ステロイド外用で治らない場合は乳房Paget病を疑う。 ・痒みに乏しく、乳管内にとどまる段階では腫瘤を触れない。腫瘤がないことは乳癌の否定にならない。 ・確定診断は擦過細胞診・生検でのPaget細胞(大型で明るい細胞質をもつ癌細胞)の証明。 ・乳腺炎は授乳期に多く発熱・疼痛を伴い、Mondor病は皮下の索状物、接触皮膚炎は痒みが強くステロイドが奏効する。
