メドゥーサは「聴く」ものではなく「見る」もの―腹部診察所見の正しい結びつけ方
第106回医師国家試験 C問題 第10問
国試問題にチャレンジ
腹部診察所見と病態・疾患の組合せで誤っているのはどれか。
- a.下腹部の膨隆 ―― 尿閉
- b.腹壁の反跳痛 ―― 腹膜炎
- c.肺肝境界の消失 ―― 消化管穿孔
- d.臍周囲の血管雑音 ―― 門脈圧亢進症
- e.無痛性の右季肋部腫瘤 ―― 十二指腸乳頭部癌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
腹部診察では、所見が生じるメカニズムから病態を結びつけることが大切です。尿閉では緊満した膀胱による下腹部膨隆、腹膜炎では反跳痛(Blumberg徴候)、消化管穿孔では腹腔内遊離ガスによる肝濁音界の消失、十二指腸乳頭部癌などの下部胆道の悪性閉塞では無痛性の胆嚢腫大(Courvoisier徴候)がみられます。腹部の血管雑音は動脈の狭窄や瘤で生じる乱流音で、腎血管性高血圧症や腹部大動脈瘤を考える所見であり、門脈圧亢進症の臍周囲の典型所見は視診での腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭)です。門脈圧亢進症でもまれに静脈性雑音を聴くことはありますが、一般的な所見ではありません。視診・聴診・打診・触診のどれで得られる所見なのかを意識して整理すると、身体診察の理解が深まり、臨床での見落としも減らせます。
解答・解説
正解はdです
問われていること
腹部の視診・聴診・打診・触診で得られる代表的な所見と、それが示す病態・疾患の対応を確認する問題である。「誤っているのはどれか」を選ぶ形式なので、所見と疾患の結びつきが典型的でない組合せを探す。
所見ごとに整理する
・視診:下腹部の膨隆 → 膀胱の緊満(尿閉)、腹水、腸管拡張、妊娠子宮や卵巣腫瘍など ・触診:反跳痛(Blumberg徴候) → 壁側腹膜の炎症(腹膜炎) ・打診:肝濁音界(肺肝境界)の消失 → 腹腔内遊離ガス(消化管穿孔) ・聴診:腹部の血管雑音 → 腹部大動脈や腎動脈などの動脈の狭窄・拡張(腎血管性高血圧、腹部大動脈瘤など) ・触診:無痛性に腫大した胆嚢の触知 → 下部胆道の悪性閉塞(Courvoisier徴候) 腹部で聴取される「血管雑音(bruit)」は、狭窄した動脈や瘤を血液が乱流となって通過することで生じる音であり、代表的な原因は腎動脈狭窄である。門脈圧亢進症で臍周囲に目立つのは、側副血行路としての腹壁静脈の怒張(メドゥーサの頭)という視診所見であり、臍周囲の血管雑音を典型的な所見として結びつけるのは誤りである。
選択肢考察
- ×a. 下腹部の膨隆 ―― 尿閉
正しい組合せである。前立腺肥大症や神経因性膀胱、抗コリン薬の服用などで尿が排出できなくなると、膀胱に尿がたまって緊満し、恥骨上部から下腹部正中が半球状に膨らむ。この膨隆は打診で濁音を示し、圧迫すると尿意を訴える。導尿で速やかに消失することが診断の決め手となる。下腹部の膨隆は腹水、腸閉塞(イレウス)、妊娠子宮、巨大な子宮筋腫や卵巣腫瘍などでもみられ、鑑別が必要である。
- ×b. 腹壁の反跳痛 ―― 腹膜炎
正しい組合せである。反跳痛(Blumberg徴候)は、腹壁をゆっくり押し込んだ後に急に手を離したときに、押したときより強い痛みが生じる所見である。圧迫の解除で腹膜が急に動き、炎症を起こした壁側腹膜が刺激されるために起こる。筋性防御や腹壁の板状硬とともに腹膜刺激症状の一つであり、急性虫垂炎の進行例や消化管穿孔などによる腹膜炎を示唆する。
- ×c. 肺肝境界の消失 ―― 消化管穿孔
正しい組合せである。通常、右胸部を上から打診していくと、肺の清音から肝臓の濁音へ変わる境界(肺肝境界、肝濁音界の上縁)がある。消化管が穿孔すると腹腔内に遊離ガス(free air)が漏れ出し、仰臥位では最も高い位置である肝臓の前面にたまる。そのため肝臓の部位でも鼓音となり、肝濁音界が消失する。立位胸部エックス線写真で横隔膜下に遊離ガスを確認することが診断の裏付けとなる。
- ○d. 臍周囲の血管雑音 ―― 門脈圧亢進症
誤った組合せであり、これが正解である。臍周囲や上腹部で聴取される血管雑音は、狭窄した腎動脈や腹部大動脈瘤などの動脈性病変で乱流が生じて起こるもので、代表的には腎血管性高血圧症(腎動脈狭窄)を疑う所見である。門脈圧亢進症では、門脈血が臍傍静脈を経て腹壁静脈へ流れる側副血行路が発達し、臍を中心に放射状に怒張した静脈(メドゥーサの頭)が視診で見られる。つまり門脈圧亢進症の臍周囲の典型所見は「静脈の怒張」であり、「血管雑音」ではない。
- ×e. 無痛性の右季肋部腫瘤 ―― 十二指腸乳頭部癌
正しい組合せである。十二指腸乳頭部癌、膵頭部癌、下部胆管癌など胆嚢管合流部より下流で胆管が閉塞すると、胆汁がうっ滞して胆嚢が緊満・腫大し、右季肋部に圧痛のない腫瘤として触れる。黄疸を伴い無痛性に腫大した胆嚢を触知する所見をCourvoisier(クールボアジェ)徴候とよぶ。胆石による閉塞では、慢性炎症で胆嚢壁が線維化して伸展しにくいため、胆嚢の腫大は起こりにくいとされ、悪性の下部胆道閉塞を疑う手がかりになる。
腹部の血管雑音
腹部大動脈から分岐する動脈の狭窄や拡張で乱流が生じると、聴診器で「ザーッ」という収縮期雑音として聴取される。 ・腎動脈狭窄(線維筋性異形成、動脈硬化):臍の左右や上腹部、側腹部で聴取。若年者や治療抵抗性の高血圧で疑う。 ・腹部大動脈瘤:拍動性腫瘤とともに雑音を聴取することがある。 ・腹腔動脈・上腸間膜動脈の狭窄:腸管虚血(腹部アンギーナ)の原因となる。 ・肝細胞癌など血流の豊富な腫瘍でも肝部に雑音を聴取することがある。 なお、門脈圧亢進症で臍静脈が再開通すると、まれに臍周囲で連続性の静脈性雑音(Cruveilhier-Baumgarten雑音)を聴くことがあるが、頻度は低く、門脈圧亢進症の一般的な所見とはされない。
門脈圧亢進症の身体所見
腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭)、脾腫、腹水、食道・胃静脈瘤(内視鏡所見)、痔静脈の拡張。肝硬変が原因であれば、黄疸、くも状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房なども伴う。
腹膜刺激症状
反跳痛(Blumberg徴候)、筋性防御(腹壁の緊張)、板状硬(汎発性腹膜炎で腹壁全体が硬くなる)、打診痛、咳嗽や踵落としで誘発される痛み。
Courvoisier徴候
黄疸があり、無痛性に腫大した胆嚢を触知する所見。膵頭部癌、十二指腸乳頭部癌、下部胆管癌など胆嚢管合流部より下流の悪性閉塞を示唆する。
POINT
・腹部の血管雑音=動脈の狭窄・瘤(腎血管性高血圧症、腹部大動脈瘤など)。 ・門脈圧亢進症の臍周囲所見は腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭)であり、血管雑音ではない。 ・肝濁音界(肺肝境界)の消失=腹腔内遊離ガス(消化管穿孔)。 ・反跳痛(Blumberg徴候)=腹膜炎。 ・無痛性の胆嚢腫大+黄疸=Courvoisier徴候(膵頭部癌・乳頭部癌・下部胆管癌)。
