会話は聞こえるのに進んでいる―4,000 Hzの谷が語る騒音性難聴
第106回医師国家試験 B問題 第9問
国試問題にチャレンジ
工場労働者の騒音性難聴について正しいのはどれか。
- a.伝音性である。
- b.両側性に生じる。
- c.聴力は回復する。
- d.1,000 Hz中心の聴力低下が生じる。
- e.発症早期に日常会話の中で気付かれることが多い。
対話形式の解説
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医学生まとめ
騒音性難聴は、長期間の騒音曝露により蝸牛の外有毛細胞が傷害されて起こる内耳性の感音難聴で、騒音が両耳に届くため両側性・ほぼ左右対称に生じます。初期は4,000 Hz付近が谷状に低下するc5 dipが特徴で、会話音域(約500〜2,000 Hz)が保たれるため自覚しにくく、健診で見つかることが多いのが特徴です。有毛細胞は再生しないため難聴は不可逆であり、一時的閾値移動とは区別されます。一側性なら突発性難聴や聴神経腫瘍など他疾患を、右下がりの聴力像なら加齢性難聴を考えるなど、聴力像と左右差による鑑別も重要です。治療法がない以上、騒音対策・聴覚保護具・定期健診による予防と早期発見こそが産業保健の要となります。
解答・解説
正解はbです
騒音性難聴(noise-induced hearing loss)とは、工場・建設現場などの騒音環境に長期間(通常は数年以上)さらされ続けることで、内耳の蝸牛にある有毛細胞(とくに外有毛細胞)が少しずつ傷害されて起こる難聴である。音を感じ取る器官そのものの障害なので感音難聴に分類され、傷んだ有毛細胞はヒトでは再生しないため、一度固定した難聴は元に戻らない。 本問を解くうえでの考え方は次の三点に集約できる。 1. 障害部位はどこか:外耳・中耳(音を伝える部分)ではなく内耳(音を感じる部分)である。 2. どの周波数が最初に落ちるか:4,000 Hz付近が選択的に低下する。オージオグラム(聴力図)上でこの周波数だけが谷のように落ち込む形をc5 dip(シーファイブディップ)と呼ぶ。 3. なぜ気付かれにくいか:日常会話で主に使われる周波数(会話音域)は約500〜2,000 Hzであり、初期に障害される4,000 Hzはこの範囲の外にある。そのため初期には自覚症状に乏しく、健康診断の聴力検査(職場では1,000 Hzと4,000 Hzを測定する)で初めて見つかることが多い。 騒音は両耳に同じように届くので、難聴は両側性・ほぼ左右対称に生じる。これらの特徴を押さえれば正解を選べる。
選択肢考察
- ×a. 伝音性である。
誤り。伝音難聴は外耳道や鼓膜、耳小骨など音を内耳まで運ぶ経路の障害で起こる(例:耳垢栓塞、中耳炎、耳硬化症)。騒音性難聴は、強大音の長期曝露により内耳の蝸牛有毛細胞が傷害される内耳性の感音難聴である。オージオグラムでは気導・骨導の閾値がともに上昇し、両者の差(気骨導差)はみられない。
- ○b. 両側性に生じる。
正しい。職場の騒音は両耳に等しく入るため、内耳障害も両耳に起こり、左右ほぼ対称の難聴となるのが典型である。逆に一側だけの難聴や左右差の大きい難聴をみた場合は、突発性難聴、聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)、メニエール病など他の疾患を考えて精査する必要がある。なお射撃など音源が片側に偏る環境では左右差が出ることもあるが、工場騒音による典型例は両側性である。
- ×c. 聴力は回復する。
誤り。騒音曝露の直後に一時的に聴こえが悪くなり、静かな環境で休むと数時間〜数日で戻る現象(一時的閾値移動、TTS)はある。しかしこれを繰り返して有毛細胞が脱落すると、回復しない永久的閾値移動(PTS)となる。騒音性難聴はこの永久的な感音難聴であり、有効な治療法はないので、騒音対策・耳栓などの聴覚保護具・定期健診による予防と早期発見が中心となる。
- ×d. 1,000 Hz中心の聴力低下が生じる。
誤り。初期に低下するのは4,000 Hz付近であり、オージオグラムで4,000 Hzを底とする谷状の落ち込み(c5 dip)を示すのが特徴である。この周波数が障害されやすい理由として、外耳道の共鳴特性により3,000〜4,000 Hz付近の音が増幅されること、蝸牛のこの周波数を担当する部位が構造的に傷みやすいことなどが考えられている。曝露が続くと谷は深く広くなり、やがて2,000 Hz以下の会話音域にも及ぶ。
- ×e. 発症早期に日常会話の中で気付かれることが多い。
誤り。会話の理解に重要な周波数はおおむね500〜2,000 Hzであり、早期に障害される4,000 Hz付近は会話にほとんど影響しない。そのため初期は本人も周囲も気付きにくく、耳鳴りや職場健診での異常指摘が発見のきっかけとなることが多い。会話が聞き取りにくいと自覚する頃には、難聴が会話音域にまで広がり、かなり進行していることが多い。
騒音性難聴の特徴のまとめ
・原因:85 dB前後を超える騒音への長期(年単位)の反復曝露。曝露レベルが高いほど、期間が長いほど発症しやすい。 ・病態:蝸牛の外有毛細胞の障害による内耳性(感音)難聴。 ・聴力像:初期は4,000 Hz付近の谷状低下(c5 dip)。進行すると高音域全体、さらに会話音域へと拡大する。 ・左右:両側性・ほぼ対称。 ・経過:不可逆。騒音から離れれば進行は止まるが、回復は期待できない。 ・随伴症状:耳鳴りを伴うことが多い。めまいは通常伴わない。
類似疾患との違い
・音響外傷:爆発音やコンサートなど1回の強大音で急性に起こる感音難聴。一側性のこともあり、早期治療で一部回復しうる点が騒音性難聴と異なる。 ・加齢性難聴(老人性難聴):両側性の感音難聴だが、高音域ほど低下する漸傾型(右下がり)の聴力像をとり、4,000 Hzだけが谷になる形ではない。
職場での予防
日本では「騒音障害防止のためのガイドライン」に基づき、作業環境の騒音測定と区分管理(おおむね85 dB以上で対策が必要、90 dB以上で聴覚保護具の使用が必要)、耳栓・イヤーマフの使用、雇入れ時・定期の聴力健診が行われる。健診では1,000 Hzと4,000 Hzの聴力を測定し、4,000 Hzの低下を早期に捉えることを目的としている。騒音性難聴は労働災害(職業性疾病)として認定されうる。
POINT
・騒音性難聴は内耳性の感音難聴で、両側性・左右対称。 ・初期は4,000 Hz付近が低下するc5 dipが特徴。 ・会話音域(500〜2,000 Hz)は初期には保たれるため自覚しにくく、健診で発見されることが多い。 ・不可逆であり、治療より予防(騒音対策・聴覚保護具・定期健診)が重要。
