StudyMed医師国家試験

嗄声の原因は神経の通り道にある―反回神経の走行から「胃癌だけが遠い」理由を読み解く

第106回医師国家試験 B問題 第2問

国試問題にチャレンジ

第106回 B問題 第2問

反回神経麻痺をきたしにくいのはどれか。

  1. a.胃癌
  2. b.肺癌
  3. c.食道癌
  4. d.下咽頭癌
  5. e.甲状腺癌

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、反回神経麻痺の原因になりにくい癌を選ぶ問題だ。暗記で片づけるより、反回神経がどこを通っているかを頭の中で描けるかどうかがカギになる。通り道に接する臓器の腫瘍やリンパ節転移が神経を傷つける、という発想で考えてみよう。
医学生医学生
反回神経は迷走神経の枝で、喉頭の筋肉を動かす神経でしたよね。解剖学実習で、左が大動脈弓の下をくぐっているのを確認した記憶があります。
ドクタードクター
よく覚えているね。迷走神経から分かれたあと、右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓を前から後ろへ回り込んで反転し、気管と食道の間の溝を上行する。その途中で気管や食道に枝を出し、甲状腺の背側を通って、下咽頭収縮筋の下縁あたりから喉頭に入るんだ。そこで輪状甲状筋以外の内喉頭筋をすべて支配している。
医学生医学生
つまり、縦隔、食道、気管、甲状腺、下咽頭と、首から胸までの臓器にずらっと接しているわけですね。
ドクタードクター
その通り。これを踏まえると答えが見えてくる。選択肢の中で、その通り道から大きく外れている臓器はどれかな。
医学生医学生
胃だけが横隔膜より下の腹腔内臓器です。だから胃癌が正解でしょうか。でも、胃癌は左鎖骨上窩のリンパ節に転移しますよね。首まで来るなら反回神経に影響しないのか、少し気になりました。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。胃癌は胸管を経由して左鎖骨上窩リンパ節に転移することがあり、Virchow転移と呼ばれる。ただ、原発巣そのものが反回神経に接することはなく、反回神経麻痺の原因として問題になることはまれだ。選択肢の中で最も反回神経麻痺をきたしにくいのは胃癌、で正解だよ。では残りを確認しよう。肺癌はどうだろう。
医学生医学生
呼吸器内科の実習で、嗄声から見つかった肺癌の患者さんがいました。縦隔のリンパ節転移が原因だと説明されました。
ドクタードクター
まさに典型例だね。大動脈弓の下、大動脈肺動脈窓のリンパ節に転移したり、左上葉の腫瘍が縦隔に浸潤したりすると、そこをくぐる左反回神経が圧迫・浸潤される。右肺尖部のPancoast腫瘍が右反回神経を障害することもある。肺癌で嗄声が出たら縦隔への進展を疑う、病期判定でも大事なサインなんだ。
医学生医学生
食道癌は、気管と食道の間を神経が走っているので、壁の外に浸潤すれば直接障害されそうです。
ドクタードクター
そう。さらに胸部上部食道癌は反回神経に沿ったリンパ節への転移が多く、手術ではこの領域を郭清する。だから術後の反回神経麻痺は食道癌手術の代表的な合併症で、誤嚥性肺炎の原因にもなる。嗄声を初発症状に受診する食道癌もあるよ。
医学生医学生
甲状腺癌は、甲状腺の手術で反回神経を損傷しないよう注意する、と外科の講義で習いました。
ドクタードクター
甲状腺の背側に神経が密着しているからね。被膜外に浸潤した乳頭癌や未分化癌は神経に直接浸潤しやすく、術前から嗄声がある甲状腺腫瘍は、悪性で神経浸潤があることを強く疑う所見になる。手術では神経を同定して温存することが重要だ。
医学生医学生
下咽頭癌は、喉のがんなので嗄声が最初に出るイメージがありました。
ドクタードクター
そこは少し修正しておこう。下咽頭癌の初発症状は咽頭の違和感、飲み込むときの痛み、頸部リンパ節の腫れが多い。輪状後部や梨状陥凹の尖部の癌が深部へ進展すると、反回神経や喉頭に浸潤して声帯が動かなくなり、嗄声が出る。つまり嗄声は病変が進展したことを示す重要な症状なんだ。
医学生医学生
なるほど。神経の通り道に沿って臓器を並べれば、胃だけが仲間外れになる、ということですね。左のほうが長く胸の中を走るぶん、障害されやすいのも納得です。
ドクタードクター
その理解で完璧だ。最後に臨床の話をしておこう。片側の反回神経麻痺では声帯が傍正中位で止まり、声門がきちんと閉じないため息の漏れるような気息性嗄声や誤嚥が起こる。両側麻痺では声帯が正中位近くで固定し、声は比較的保たれる一方で、声門が狭くなって吸気性喘鳴や呼吸困難を起こし、気管切開が必要になることもある。
医学生医学生
声が出ているから大丈夫、とは限らないんですね。ほかに癌以外の原因もありますか。
ドクタードクター
たくさんあるよ。胸部大動脈瘤、とくに弓部の瘤による左側の麻痺、僧帽弁狭窄症で拡大した左房による圧迫、つまりOrtner症候群が有名だ。ほかに甲状腺や食道、心臓大血管、頸椎前方の手術、気管挿管、ウイルス感染、原因不明の特発性もある。原因のはっきりしない嗄声を診たら、まず喉頭内視鏡で声帯の動きを確認し、麻痺があれば頸部から縦隔までCTなどで神経の経路上の病変を探す。これが基本の流れだよ。

まとめ

反回神経は迷走神経の枝で、右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓で反転し、気管食道溝を上行して甲状腺の背側を通り喉頭に入り、輪状甲状筋以外の内喉頭筋を支配します。この経路に接する肺癌(縦隔リンパ節転移)、食道癌、甲状腺癌、下咽頭癌などは、直接浸潤、リンパ節転移、手術操作によって反回神経麻痺を起こしえますが、腹腔内臓器である胃の癌は経路から離れており、反回神経麻痺をきたしにくいと考えられます。左反回神経は胸腔内を長く走るため障害されやすく、大動脈瘤やOrtner症候群など癌以外の原因も重要です。片側麻痺では気息性嗄声と誤嚥、両側麻痺では吸気性喘鳴・呼吸困難が問題となります。神経の走行から原因を推論する考え方は、嗄声を診たときの鑑別と、頸胸部手術の合併症を理解するうえでの土台になります。

解答・解説

正解はaです

反回神経麻痺の原因を考えるには、反回神経の走行経路を頭に描き、その経路に接する臓器の腫瘍やリンパ節転移を拾い上げればよい。 反回神経は迷走神経(第X脳神経)の枝である。右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓(動脈管索の外側)を前方から後方へくぐって反転し、気管と食道の間の溝(気管食道溝)を上行する。途中で気管枝・食道枝を出し、甲状腺の背側を通って輪状甲状関節の後方付近、下咽頭収縮筋の下縁から喉頭内へ入り、下喉頭神経として輪状甲状筋以外のすべての内喉頭筋を支配する。左の反回神経は胸腔内(縦隔)を長く走行するため、右よりも障害を受けやすい。 したがって、反回神経の経路に接する縦隔(肺門・大動脈弓周囲)、食道、気管、甲状腺、下咽頭・喉頭の悪性腫瘍は、腫瘍の直接浸潤、神経に沿ったリンパ節への転移、あるいは手術操作によって反回神経麻痺を起こしうる。一方、腹腔内にある胃は反回神経の経路から大きく離れており、原発巣が神経を直接障害することはない。これが「きたしにくい」ものを選ぶ本問の考え方である。 反回神経が麻痺すると声帯が正中位〜傍正中位で固定し、片側麻痺では嗄声(気息性嗄声)や誤嚥、両側麻痺では声門が狭くなって吸気性喘鳴・呼吸困難を生じる。

選択肢考察

  1. ○a.  胃癌

    胃は横隔膜より下の腹腔内臓器であり、反回神経は胸腔内で反転して頸部へ上行するため、胃の近くを走行しない。そのため胃癌の原発巣が反回神経を直接障害することはない。胃癌は胸管を経て左鎖骨上窩リンパ節へ転移すること(Virchow転移)はあるが、反回神経麻痺の原因として問題になることはまれである。選択肢の中で最も反回神経麻痺をきたしにくい。

  2. ×b.  肺癌

    肺癌は縦隔リンパ節へ転移しやすく、特に大動脈弓の下にある大動脈下リンパ節(大動脈肺動脈窓リンパ節)への転移や左上葉の腫瘍の縦隔浸潤は、大動脈弓をくぐる左反回神経を圧迫・浸潤して麻痺を起こす。右肺尖部の腫瘍(Pancoast腫瘍)が右反回神経を障害することもある。肺癌で嗄声が出現した場合は縦隔への進展を疑い、進行度判定上も重要な所見である。また肺癌手術の縦隔リンパ節郭清の際に損傷されることもある。

  3. ×c.  食道癌

    反回神経は気管と食道の間を上行し、食道へ枝を送るため、食道癌の壁外浸潤で障害されやすい。さらに胸部上部食道癌では反回神経に沿ったリンパ節(反回神経周囲リンパ節)への転移頻度が高く、この部位の転移や、手術時のリンパ節郭清による神経損傷で麻痺をきたす。術後の反回神経麻痺は食道癌手術の代表的な合併症であり、誤嚥性肺炎の原因にもなる。嗄声が初発症状として受診する食道癌もある。

  4. ×d.  下咽頭癌

    反回神経(下喉頭神経)は下咽頭収縮筋の下縁付近を通って喉頭に入るため、下咽頭の輪状後部や梨状陥凹の尖部に生じた癌が深部へ進展すると、反回神経や喉頭(披裂部・声門)への浸潤で声帯の運動障害をきたし嗄声を生じる。下咽頭癌の初発症状は咽頭違和感、嚥下時痛、頸部リンパ節腫脹が多いが、嗄声は病変の進展を示す重要な症状である。

  5. ×e.  甲状腺癌

    反回神経は甲状腺の背側、気管食道溝を走行し、甲状腺と密接に接している。そのため甲状腺癌(特に被膜外へ浸潤した乳頭癌や未分化癌)は反回神経へ直接浸潤して麻痺を起こしやすい。術前から嗄声がある甲状腺腫瘍は悪性で神経浸潤があることを強く疑う所見である。また甲状腺手術では反回神経損傷が代表的な合併症であり、術中に神経を同定して温存することが重要である。

反回神経の走行(まとめ)

迷走神経 → 胸腔内で分枝 → 右:鎖骨下動脈を、左:大動脈弓を前から後ろへ回って反転 → 気管食道溝を上行(気管枝・食道枝・心臓枝を出す)→ 甲状腺背側 → 下咽頭収縮筋下縁付近から喉頭へ入る(下喉頭神経)→ 輪状甲状筋を除く内喉頭筋(後輪状披裂筋、外側輪状披裂筋、甲状披裂筋、披裂筋など)を支配し、声門下の粘膜の知覚も担う。 ・輪状甲状筋(声帯を緊張させる)は上喉頭神経外枝の支配である。 ・左は大動脈弓まで下降するため走行が長く、右より麻痺をきたしやすい。

反回神経麻痺の主な原因

・悪性腫瘍:甲状腺癌、食道癌、肺癌(縦隔リンパ節転移)、縦隔腫瘍、下咽頭癌・喉頭癌 ・手術:甲状腺手術、食道癌手術、肺癌手術、心臓大血管手術、頸椎前方手術 ・血管性:胸部大動脈瘤(特に弓部で左側)、左房拡大(僧帽弁狭窄症によるOrtner症候群) ・その他:気管挿管、ウイルス感染、特発性(原因不明)

症状

・片側麻痺:声帯が傍正中位で固定し、声門閉鎖不全による気息性嗄声、誤嚥。 ・両側麻痺:声帯が正中位付近で固定し、声は比較的保たれるが吸気性喘鳴・呼吸困難を生じ、気管切開が必要となることがある。

臨床での考え方

原因不明の嗄声をみたら、喉頭内視鏡で声帯の可動性を確認し、麻痺があれば頸部から縦隔までの画像検査(CTなど)で反回神経の経路上の病変を検索する。

POINT

・反回神経は右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓で反転し、気管食道溝を上行して喉頭に入る。 ・経路上の臓器(甲状腺、食道、気管、肺・縦隔、下咽頭・喉頭)の腫瘍は反回神経麻痺の原因となる。 ・腹腔内臓器である胃の癌は反回神経麻痺をきたしにくい。 ・左反回神経は走行が長く、肺癌の縦隔リンパ節転移や大動脈瘤で障害されやすい。 ・症状は嗄声(片側)、吸気性喘鳴・呼吸困難(両側)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。