抗菌薬だけでは終わらない―脳梗塞後の肺炎で「飲み込む力」を確かめる理由
第105回医師国家試験 G問題 第46問
国試問題にチャレンジ
82歳の男性。胸痛を主訴に来院した。10日前から右側胸部の痛みを自覚していたが,3日前から発熱が出現したため受診した。最近,食事中にむせることが時々ある。1年前に脳梗塞の既往がある。意識は清明。身長157 cm,体重46 kg。体温38.2℃。呼吸数24/分。脈拍124/分,整。血圧110/66 mmHg。心音に異常を認めない。呼吸音は右下肺野で減弱している。白血球16,500(桿状核好中球4%,分葉核好中球86%,単球5%,リンパ球5%)。CRP 19.2 mg/dL。胸部エックス線写真で右下肺野に浸潤影を認める。 この患者の病態を評価する上で次に行うべき検査はどれか。
- a.気管支肺胞洗浄
- b.気道過敏性検査
- c.嚥下機能評価
- d.唾液分泌検査
- e.脳血管造影
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
脳梗塞の既往や食事中のむせがある高齢者の右下肺野の肺炎では、誤嚥性肺炎を考えます。誤嚥物は太く短く急角度な右主気管支に入りやすく、立位・座位では右下葉、臥位では背側区域に好発します。病態の本質は嚥下機能の低下にあるため、反復唾液嚥下テストや改訂水飲みテスト、嚥下造影検査・嚥下内視鏡検査で嚥下機能を評価し、食形態の調整や嚥下訓練、口腔ケアなどの再発予防につなげることが重要です。気管支肺胞洗浄は肺胞蛋白症や間質性肺疾患、気道過敏性検査は気管支喘息、唾液分泌検査はSjögren症候群が主な対象であり、検査と対象疾患を対応づけて整理しておきましょう。高齢者の肺炎では、治療とともに「なぜ起きたか」を評価する視点が、再入院を防ぐ臨床の要となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・82歳の高齢男性で、1年前に脳梗塞の既往がある。 ・最近、食事中に時々むせる(嚥下障害を示唆する症状)。 ・10日前から右側胸部痛、3日前から38.2℃の発熱。 ・呼吸数24/分、脈拍124/分と頻呼吸・頻脈があり、血圧は110/66 mmHgで保たれている。 ・右下肺野で呼吸音が減弱し、胸部エックス線写真で右下肺野に浸潤影がある。 ・白血球16,500/μLで好中球優位(桿状核+分葉核で90%)、CRP 19.2 mg/dLと強い炎症反応。 ・身長157 cm、体重46 kgでBMIは約18.7と、やせ気味である。
診断へのプロセス
発熱、強い炎症反応、局所の呼吸音減弱と浸潤影から、右下葉の細菌性肺炎と考えられる。そのうえで、脳梗塞後であること、食事中のむせがあることから、口腔内・咽頭の細菌を含む分泌物や食物を気道へ誤って吸い込むこと(誤嚥)が背景にあると推定でき、嚥下性肺炎(誤嚥性肺炎)と診断するのが自然である。右主気管支は左より太く、気管からの分岐角度が急峻(垂直に近い)なため、誤嚥物は右肺、特に座位・立位では右下葉に入りやすい。本例の病変部位もこれに合致する。なお、右下肺野の呼吸音減弱と胸痛からは、肺炎に伴う胸水(肺炎随伴性胸水や膿胸)の合併にも注意が必要である。
設問の考え方
問われているのは「病原体を特定する検査」でも「肺炎の重症度を測る検査」でもなく、「この患者の病態を評価する」検査である。誤嚥性肺炎の病態の本質は、嚥下機能の低下によって誤嚥が起こることにある。抗菌薬で今回の肺炎を治療しても、嚥下障害が残っていれば肺炎を繰り返す。したがって、誤嚥の原因である嚥下機能を評価し、食事形態の調整や嚥下リハビリテーション、口腔ケアなどの再発予防策につなげることが最も重要となる。
選択肢考察
- ×a. 気管支肺胞洗浄
気管支肺胞洗浄(BAL)は、気管支鏡を区域気管支に楔入し、生理食塩水を注入・回収して肺胞領域の細胞や成分を調べる検査である。肺胞蛋白症(回収液が白濁し、PAS陽性物質を認める)の診断や、間質性肺炎・過敏性肺炎・好酸球性肺炎などの鑑別、日和見感染や難治性肺炎での病原体検出に用いられる。本例でも起炎菌の検索には役立ちうるが、侵襲的であり、誤嚥が起こる原因(嚥下機能の低下)を評価する検査ではない。重篤な高齢者で優先して行う検査ではない。
- ×b. 気道過敏性検査
気道過敏性検査は、アセチルコリンやメサコリンなどを低濃度から段階的に吸入させ、1秒量の低下や呼吸抵抗の上昇が起こる閾値をみる検査で、主に気管支喘息や咳喘息の診断に用いる。本例には喘鳴や発作性の呼吸困難などの喘息を思わせる所見はなく、発熱・肺炎の急性期に気道を収縮させる負荷をかけるのは危険でもある。誤嚥の病態評価とは関係しない。
- ○c. 嚥下機能評価
脳梗塞の既往と食事中のむせから、本例の肺炎は嚥下障害による誤嚥が原因と考えられる。誤嚥性肺炎の病態を把握し再発を防ぐには、どの程度嚥下機能が障害されているかを評価することが不可欠である。ベッドサイドでは反復唾液嚥下テスト(RSST:30秒間に空嚥下が何回できるかをみる。3回未満で異常)や改訂水飲みテスト(3 mLの冷水を嚥下させ、むせや呼吸変化をみる)、より詳しくは嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)を行う。結果に基づいて食事形態の調整、姿勢の工夫、嚥下訓練などを行う。評価は肺炎の急性期を脱し、全身状態が落ち着いてから実施するのが一般的である。
- ×d. 唾液分泌検査
唾液分泌検査は、ガムテスト(10分間ガムを噛んで唾液量が10 mL以下なら低下)やサクソンテスト(2分間ガーゼを噛んで重量増加が2 g以下なら低下)などで唾液量を測る検査で、主にSjögren症候群の診断に用いられる。唾液分泌の低下は口腔内の細菌増殖を招きうるが、本例で問題となっているのは唾液量ではなく嚥下運動の障害であり、病態評価として優先されるものではない。
- ×e. 脳血管造影
脳血管造影はカテーテルを用いて脳血管を造影する侵襲的検査で、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、もやもや病、血管の狭窄・閉塞の評価や血管内治療の際に行われる。本例の脳梗塞は1年前のものであり、今回新たな神経症状は認めない。脳梗塞の後遺症として嚥下障害が生じている可能性はあるが、それを評価するのは嚥下機能検査であって、血管の形態をみる脳血管造影ではない。発熱・肺炎の急性期に行う必要性もない。
誤嚥性肺炎(嚥下性肺炎)の概要
口腔・咽頭の分泌物や食物、逆流した胃内容物が気道に入ることで生じる肺炎である。高齢者の肺炎の多くに誤嚥が関与するとされ、高齢化とともに重要性が増している。
誤嚥の種類
・顕性誤嚥:食事中のむせなど、症状として明らかな誤嚥。 ・不顕性誤嚥:睡眠中などにむせを伴わずに唾液などを少量ずつ誤嚥するもの。高齢者の誤嚥性肺炎ではこちらが重要で、むせがないからといって誤嚥を否定できない。
危険因子
・脳血管障害(特に大脳基底核の病変)、Parkinson病、認知症などの神経疾患 ・加齢、寝たきり、意識障害、鎮静薬の使用 ・胃食道逆流、経管栄養 ・口腔衛生の不良 大脳基底核の障害ではドパミン産生が低下し、咽頭・気道でのサブスタンスPが減少して嚥下反射と咳反射がともに低下することが、不顕性誤嚥の機序として知られる。
起炎菌
口腔内常在菌である嫌気性菌(Peptostreptococcus属、Prevotella属、Fusobacterium属など)と、肺炎球菌や口腔レンサ球菌などの混合感染が多い。嫌気性菌をカバーするため、スルバクタム・アンピシリンなどのβラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬がよく用いられる。
好発部位
右主気管支は左に比べて太く短く、分岐角度が急なため、誤嚥物は右肺に入りやすい。座位・立位では下葉(特に右下葉)、臥位では上葉後区(S2)や下葉上区(S6)など背側の区域に生じやすい。
主な嚥下機能評価法
・反復唾液嚥下テスト(RSST):30秒間の空嚥下回数を数え、3回未満を異常とする。 ・改訂水飲みテスト(MWST):3 mLの冷水を嚥下させ、嚥下の有無・むせ・呼吸の変化で評価する。 ・水飲みテスト:30 mLの水を飲ませ、むせの有無や所要時間をみる。 ・嚥下造影検査(VF):造影剤を含む検査食をエックス線透視下で嚥下させ、誤嚥の有無や嚥下の各相を観察する。 ・嚥下内視鏡検査(VE):経鼻的に内視鏡を挿入し、咽頭・喉頭の状態や食塊の残留、誤嚥をみる。ベッドサイドでも施行できる。
再発予防
口腔ケア、食形態の工夫(とろみ付けなど)、食事時の姿勢調整(頸部前屈など)、嚥下訓練、食後しばらく座位を保つことなどが有効である。ACE阻害薬(サブスタンスPの分解を抑え、咳反射を改善する)が誤嚥予防に有用とする報告もある。
POINT
・脳梗塞の既往+食事中のむせ+右下肺野の肺炎 → 誤嚥性肺炎を考える。 ・誤嚥性肺炎の病態評価・再発予防には嚥下機能評価(RSST、水飲みテスト、VF、VE)が重要。 ・誤嚥物は右肺(立位では右下葉)に入りやすい。 ・起炎菌は口腔内嫌気性菌を含む混合感染が多い。 ・検査と主な対象疾患の対応:BAL→肺胞蛋白症・間質性肺疾患、気道過敏性検査→気管支喘息、唾液分泌検査→Sjögren症候群。
