右手から始まる発作、目はどちらを向く?―ジャクソン行進と前頭眼野から読み解く脳腫瘍てんかん
第105回医師国家試験 F問題 第24問
国試問題にチャレンジ
70歳の女性。けいれんと意識消失とを主訴に来院した。買い物をしていて,突然右指のけいれんをきたした。けいれんは上肢全体へと広がり,意識を失った。しばらくして意識を回復したという。頭部造影MRIを別に示す。 この患者のけいれん時にみられた可能性が高いのはどれか。

- a.散瞳
- b.眼瞼下垂
- c.共同偏視
- d.水平眼振
- e.輻湊障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
一側の手指から始まり上肢へ広がるけいれんはジャクソン行進であり、反対側大脳半球の一次運動野付近に焦点がある焦点起始発作を示します。本例では左前頭部円蓋部に均一に造影される脳実質外腫瘤があり、髄膜腫が皮質を刺激して症候性てんかんを起こしたと考えられ、近接する前頭眼野に興奮が及ぶと発作中に共同偏視が生じます。前頭眼野の刺激では眼は病巣の反対側(けいれん側)へ、梗塞などの破壊では病巣側へ向き、橋病変では大脳病変と逆になる点が重要です。散瞳・眼瞼下垂は動眼神経障害、水平眼振は前庭・小脳・脳幹、輻湊障害は中脳背側の障害を示唆し、テント上の皮質焦点の発作とは結びつきません。発作の症状から病巣を推定し、成人初発のけいれんでは器質的病変を画像で検索するという考え方は、神経救急の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・70歳の女性、買い物中に突然の右手指のけいれんで発症 ・けいれんは右手指から右上肢全体へと広がり、その後に意識を失った ・しばらくして意識は自然に回復した ・頭部造影MRI(水平断):左前頭部の円蓋部に、脳の外側から脳実質を圧排する境界明瞭な腫瘤があり、ほぼ均一に強く造影されている
診断へのプロセス
右手指という身体の一部から始まったけいれんが、同側の上肢へと順に広がっていく経過は、けいれん活動が大脳皮質の一次運動野(中心前回)上を隣接部位へ伝わっていく「ジャクソン(Jackson)行進」の典型像である。一次運動野には体部位局在があり、手指・上肢の領域は反対側の大脳半球に存在するので、右手指から始まる発作の焦点は左大脳半球の運動野付近にあると推定できる。その後に意識を失っていることから、焦点起始の発作が両側の大脳に広がった(焦点起始両側強直間代発作、旧称:二次性全般化発作)と考えられる。 MRIでは左前頭葉に接する脳実質外の腫瘤がほぼ均一に造影されており、高齢女性であることも合わせて髄膜腫が最も考えやすい。髄膜腫は硬膜から発生する良性腫瘍で、腫瘍に連続して硬膜が尾を引くように造影される所見(dural tail sign)が特徴的である。この腫瘍が隣接する大脳皮質を刺激し、症候性てんかん(脳腫瘍に続発するてんかん)の焦点となったと考えられる。
設問の考え方
問われているのは「けいれん中に出現しやすい随伴症状」である。左前頭葉には、左右の眼を同じ方向へ動かす(水平方向の随意的な共同注視をつかさどる)前頭眼野(Brodmann 8野付近)があり、運動野の手の領域とも近接する。発作の興奮がこの領域に及ぶと、両眼が同じ方向へ偏る共同偏視が起こる。一方、テント上の腫瘍による発作で、脳ヘルニアのない状態では、動眼神経・中脳・小脳など脳幹やテント下の構造による症状は生じにくい。この二点から正解を絞り込む。
選択肢考察
- ×a. 散瞳
瞳孔を縮める虹彩括約筋は、中脳の動眼神経副核(Edinger-Westphal核)から出る副交感神経線維が動眼神経を通って支配している。片側の散瞳はこの経路の障害、特にテント切痕ヘルニア(鉤ヘルニア)による動眼神経圧迫で生じるのが代表的である。本例のMRIでは腫瘍による正中偏位や脳ヘルニアを疑う高度の圧排は乏しく、意識も自然に回復しており、動眼神経障害を考える状況ではない。なお全般発作中に交感神経の興奮で一過性に瞳孔が開くことはあるが、本例の焦点発作に特徴的な所見ではなく、「可能性が高い」ものとしては選ばない。
- ×b. 眼瞼下垂
眼瞼下垂は、上眼瞼挙筋を支配する動眼神経の障害、交感神経障害によるHorner症候群(瞼板筋の麻痺)、重症筋無力症などの神経筋接合部疾患、ミトコンドリア病などの筋疾患、加齢による眼瞼皮膚や挙筋腱膜の弛緩などで生じる。いずれも左前頭葉の皮質を焦点とするけいれん発作で出現する症状ではない。脳ヘルニアがない本例では動眼神経麻痺も考えにくい。
- ○c. 共同偏視
前頭眼野は反対側への水平共同注視を起こす中枢である。左前頭葉の腫瘍が焦点となった本例の発作で興奮が前頭眼野に及ぶと、左前頭眼野が異常に刺激されて両眼は反対側、すなわち右側(けいれんしている側)へ偏る。頭部も同じ方向へ回旋することが多く、これを向反発作(versive seizure)とよぶ。これに対して脳梗塞や脳出血のように前頭眼野が破壊された場合は、健側の前頭眼野が優位となり、眼は病巣側を向く(病巣をにらむ)。発作後の一時的な機能低下(Todd麻痺)の時期にも病巣側への偏視がみられることがある。刺激か破壊かによって偏視の向きが逆になる点が重要であるが、いずれにしても本例のけいれん時に共同偏視が出現する可能性は高い。
- ×d. 水平眼振
眼振は眼球が律動的に往復する不随意運動である。自発的な水平眼振は、内耳(前庭)の障害による末梢性のものと、小脳や脳幹の前庭神経核とその連絡路の障害による中枢性のものが主体であり、そのほか先天性眼振や、温度眼振検査・視運動性眼振検査などで誘発される生理的な眼振もある。大脳の前頭葉を焦点とする本例の発作とは結びつかない。
- ×e. 輻湊障害
輻湊(両眼を内側に寄せて近くを見る運動)の障害は、中脳背側の障害(Parinaud症候群を呈する松果体部腫瘍など)で出現しやすい症候である。けいれん中の患者は指示に従えず近くの物を注視できないため、輻湊運動を確認すること自体ができないが、それを病変による症候とみなすことはできない。左前頭葉病変による発作に特徴的な所見ではない。
ジャクソン(Jackson)行進とてんかん発作の分類
大脳皮質の一次運動野には、内側から外側へ下肢・体幹・上肢・手・顔面の順で身体部位が配置されている(ペンフィールドの運動のホムンクルス)。焦点起始の運動発作では、けいれん活動がこの配列に沿って隣接部位へ伝わるため、「手指→前腕→上腕→顔面」のように症状の範囲が順に広がる。これをジャクソン行進とよぶ。国際抗てんかん連盟(ILAE)の2017年分類では、発作を焦点起始・全般起始・起始不明に分け、焦点起始の発作が両側に広がり強直間代けいれんとなったものを「焦点起始両側強直間代発作」とよぶ(旧来の「二次性全般化発作」に相当する)。成人になって初めて起こった焦点発作では、脳腫瘍・脳血管障害・外傷などの器質的病変を必ず画像検査で検索する。
共同偏視の向き
・前頭眼野は反対側への水平共同注視を起こす。 ・破壊性病変(脳梗塞、脳出血など):眼は病巣側を向く(病巣をにらむ)。 ・刺激性病変(てんかん発作):眼は病巣の反対側を向く(けいれん側を向く)。 ・橋の病変(傍正中橋網様体:PPRFの障害):眼は病巣の反対側を向く(大脳病変とは逆)。
髄膜腫
くも膜の表層細胞から発生する脳実質外の良性腫瘍で、原発性脳腫瘍の中で最も頻度が高く、中高年の女性に多い。好発部位は大脳円蓋部、傍矢状洞部、大脳鎌、蝶形骨縁、嗅窩部など。CTで石灰化や隣接骨の肥厚を伴うことがあり、造影MRIでは均一に強く造影され、dural tail signを示すことが多い。症状は発生部位に応じた局所症状(けいれん、片麻痺など)や頭蓋内圧亢進症状である。無症状で小さいものは経過観察、症候性や増大傾向のあるものは外科的摘出が基本であり、摘出困難例では定位放射線治療も用いられる。
POINT
・一側の手指から始まり上肢へ広がるけいれん(ジャクソン行進)は、反対側大脳半球の運動野付近に焦点がある焦点起始発作を示す。 ・前頭眼野の刺激(発作時)では眼は病巣の反対側(けいれん側)へ、破壊(梗塞・出血)では病巣側へ偏視する。 ・散瞳・眼瞼下垂は動眼神経障害(テント切痕ヘルニアなど)、水平眼振は前庭・小脳・脳幹の障害、輻湊障害は中脳背側の障害を示唆し、テント上の皮質焦点の発作とは結びつかない。 ・均一に強く造影される脳実質外腫瘤とdural tail signは髄膜腫を示唆する。
