妊娠反応陽性なのに子宮は空っぽ―卵管妊娠の陰にひそむ「気づかれない感染症」
第105回医師国家試験 E問題 第45問
国試問題にチャレンジ
22歳の女性。無月経と右下腹部痛とを主訴に来院した。体温37.8℃。脈拍104/分,整。血圧88/60 mmHg。妊娠反応陽性。経腟超音波検査で子宮内腔に胎嚢はみられず,右付属器周辺に22 mmの腫瘤陰影を認める。 この病態の原因となった可能性の高い性感染症はどれか。
- a.細菌性腟症
- b.腟カンジダ症
- c.性器ヘルペス
- d.クラミジア感染症
- e.尖圭コンジローマ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠反応陽性で子宮内に胎嚢がなく、片側の下腹部痛、付属器の腫瘤、ショックを示すバイタルサインがそろえば、異所性妊娠(卵管妊娠)の破裂による腹腔内出血を疑い、緊急手術を考慮します。卵管妊娠の重要な危険因子は卵管炎・骨盤内炎症性疾患の既往で、卵管内腔の狭窄、繊毛障害、卵管周囲の癒着によって受精卵の輸送が妨げられることが原因です。代表的な原因はクラミジア感染症で、女性では無症状のまま上行感染しやすく、異所性妊娠のほか卵管性不妊やFitz-Hugh-Curtis症候群も引き起こします。一方、細菌性腟症、腟カンジダ症、性器ヘルペス、尖圭コンジローマは主に腟・外陰の局所病変で、卵管障害の主因にはなりません。無症候性感染の早期発見とパートナーを含めた治療が、将来の不妊や異所性妊娠の予防につながる点も押さえておきましょう。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・22歳女性。無月経と右下腹部痛で来院した。 ・脈拍104/分で頻脈、血圧88/60 mmHgで低い。ショック指数(心拍数÷収縮期血圧)は約1.2で、1を超えている。腹腔内への出血による循環血液量の減少(出血性ショック)が疑われる。体温は37.8℃と軽度上昇している。 ・妊娠反応は陽性だが、経腟超音波で子宮内に胎嚢(GS:gestational sac)がない。右付属器(卵管・卵巣)のあたりに22 mmの腫瘤像がある。
診断へのプロセス
妊娠反応が陽性なのに子宮内に胎嚢がみえない場合、考えられるのは次の三つである。 ・まだ胎嚢がみえない、ごく初期の正常妊娠 ・流産 ・異所性妊娠(子宮外妊娠) 経腟超音波では、正常妊娠なら妊娠5週前後で子宮内に胎嚢がみえる。本例では、片側の下腹部痛、付属器の腫瘤、ショックを思わせるバイタルサインがそろっている。したがって、異所性妊娠(その大部分を占める卵管妊娠)が破裂し、腹腔内に出血していると考えられる。確認には、ダグラス窩(子宮と直腸の間のくぼみ)の液体貯留(エコーフリースペース)の有無、血中hCGの値、ダグラス窩穿刺などを用いる。治療は、ショックであれば緊急の腹腔鏡手術または開腹手術(卵管切除など)である。
設問の考え方
設問は、異所性妊娠の原因となった性感染症を問うている。卵管妊娠の最大の危険因子は、卵管の炎症(卵管炎・骨盤内炎症性疾患)による卵管の障害である。炎症で卵管の内腔が狭くなったり、繊毛の働きが損なわれたり、卵管の周りが癒着したりすると、受精卵が子宮まで運ばれず卵管内に着床してしまう。上行感染によって卵管炎を起こす代表的な性感染症は、クラミジア・トラコマティス感染症(と淋菌感染症)である。
選択肢考察
- ×a. 細菌性腟症
細菌性腟症は、腟内の乳酸桿菌(Lactobacillus)が減って、Gardnerella vaginalisなどの嫌気性菌が増えた状態である。性行為と関連はあるが、特定の病原体がうつる性感染症とは通常みなされない。灰色で均質な、魚臭のある帯下が特徴である。妊婦では早産や前期破水の危険因子として重要である。しかし、卵管を強く障害して異所性妊娠の主な原因となるものではない。
- ×b. 腟カンジダ症
腟カンジダ症は、主にCandida albicansによる腟と外陰の炎症である。強いかゆみと、酒粕状(カッテージチーズ状)の白い帯下が特徴である。抗菌薬の使用、妊娠、糖尿病、免疫の低下などが誘因となり、性行為とは関係なく起こることも多い。感染は腟と外陰にとどまり、子宮や卵管へ上行して卵管炎を起こすことはない。したがって、異所性妊娠の原因にはならない。
- ×c. 性器ヘルペス
性器ヘルペスは、単純ヘルペスウイルス(主にHSV-2、HSV-1のこともある)による感染症である。外陰部に痛みの強い水疱や潰瘍ができ、鼠径リンパ節が腫れる。初感染では、発熱や排尿障害を伴うこともある。病変は外陰・腟・子宮頸部にとどまり、卵管炎や卵管の癒着は起こさない。妊娠との関係では、分娩のときに産道で新生児にうつる新生児ヘルペスが問題となる(分娩時に病変があれば帝王切開の適応)。異所性妊娠の原因ではない。
- ○d. クラミジア感染症
Chlamydia trachomatisは、日本で最も多い性感染症の原因菌である。女性では、子宮頸管炎が起こっても自覚症状が乏しいことが多い。そのため気づかれないまま、子宮内膜から卵管、さらに腹腔内へと感染が上行して広がる(骨盤内炎症性疾患)。卵管炎が起こると、卵管の内腔の狭窄や閉塞、卵管上皮の繊毛の障害、卵管の周りや付属器・ダグラス窩の膜状や索状の癒着が生じる。その結果、受精卵が子宮へうまく運ばれず、卵管内に着床して卵管妊娠(異所性妊娠)になる。同じ仕組みで卵管性不妊の原因にもなる。肝臓の周りに炎症が広がると、Fitz-Hugh-Curtis症候群(肝周囲炎:右上腹部痛を起こす)を起こすこともある。
- ×e. 尖圭コンジローマ
尖圭コンジローマは、ヒトパピローマウイルス(HPV)の低リスク型(主に6型・11型)による疣贅(いぼ)である。外陰部、腟、肛門の周りに、乳頭状や鶏冠(とさか)状の病変ができる。感染は皮膚と粘膜にとどまり、卵管炎は起こさない。したがって、異所性妊娠とは関係がない。治療は、イミキモドクリームの外用、凍結療法、電気焼灼、切除などである。
異所性妊娠(子宮外妊娠)
・受精卵が子宮内膜以外の場所に着床した状態で、全妊娠の約1~2%にみられる。着床部位は卵管が大部分(約95%)を占め、なかでも卵管膨大部が最も多い。ほかに卵管間質部、卵巣、腹腔、子宮頸管などがある。 ・危険因子:異所性妊娠の既往、卵管炎や骨盤内炎症性疾患(クラミジア、淋菌)の既往、卵管の手術歴、子宮内避妊具(IUD)の使用中の妊娠、生殖補助医療、喫煙など。 ・症状:無月経、不正性器出血、下腹部痛が三徴である。破裂すると腹腔内出血によって急激な腹痛、出血性ショック、ダグラス窩の圧痛や膨隆が起こる。 ・診断:妊娠反応陽性なのに子宮内に胎嚢がないこと。経腟超音波で子宮内の胎嚢がみえる血中hCGの目安(discriminatory zone、施設により1,500~3,500 IU/L程度)を超えても子宮内に胎嚢がなければ、異所性妊娠を強く疑う。付属器の腫瘤や、ダグラス窩のエコーフリースペースも参考になる。 ・治療:破裂してショックの場合は緊急手術(腹腔鏡下または開腹での卵管切除術)を行う。破裂しておらず状態が安定していれば、卵管を温存する手術(卵管線状切開術)、メトトレキサートによる薬物療法、あるいは経過観察を選ぶこともある。
クラミジア感染症(女性)
・症状が乏しいことが多く、感染が気づかれずに広がりやすい。子宮頸管炎から卵管炎・骨盤内炎症性疾患、Fitz-Hugh-Curtis症候群へと進み、卵管性不妊や異所性妊娠の原因になる。 ・妊婦では、産道を通るときに新生児にうつり、新生児結膜炎や新生児肺炎を起こすことがある。そのため妊婦健診でスクリーニングを行う。 ・診断は子宮頸管の検体を用いた核酸増幅法(PCRなど)で行う。治療はマクロライド系(アジスロマイシン)またはテトラサイクリン系(ドキシサイクリン、妊婦には使わない)である。パートナーも同時に治療する。
POINT
・妊娠反応陽性で子宮内に胎嚢がなく、下腹部痛、付属器の腫瘤、ショックがあれば、異所性妊娠の破裂を疑う。 ・異所性妊娠(卵管妊娠)の重要な危険因子は、卵管炎・骨盤内炎症性疾患の既往である。 ・卵管炎を起こし、卵管の障害と癒着を残す代表的な性感染症は、クラミジア(ほかに淋菌)である。 ・カンジダ、ヘルペス、HPV(尖圭コンジローマ)は腟・外陰の局所感染であり、卵管は障害しない。
