待てる感染、待てない感染―「命」と「閉鎖腔」で見抜く緊急手術の適応
第105回医師国家試験 D問題 第19問
国試問題にチャレンジ
緊急手術を要するのはどれか。3つ選べ。
- a.蜂巣炎〈蜂窩織炎〉
- b.壊死性筋膜炎
- c.Brodie骨膿瘍
- d.手の化膿性腱鞘炎
- e.乳児化膿性股関節炎
対話形式の解説
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ドクターまとめ
感染症で緊急手術が必要になるのは、放置すると生命に関わる場合と、閉鎖腔に膿がたまり不可逆的な機能障害を残す場合です。壊死性筋膜炎は筋膜に沿って急速に進展し、壊死組織には抗菌薬が届かないため、緊急デブリドマンと広域抗菌薬・全身管理が必要です。手の化膿性腱鞘炎(Kanavelの4徴候)は腱の壊死・癒着を、乳児化膿性股関節炎は骨頭壊死・病的脱臼・成長障害を防ぐため、速やかな切開排膿・洗浄を行います。一方、蜂巣炎は抗菌薬と安静による保存療法が基本で、Brodie骨膿瘍は硬化骨に囲まれた慢性・限局性病変のため待機的に治療します。ただし蜂巣炎に見えても、不釣り合いな激痛や急速な拡大、紫斑・水疱があれば壊死性筋膜炎を疑うという視点は、救急外来での見逃しを防ぐうえで欠かせません。
解答・解説
正解はb, d, eです
整形外科・皮膚軟部組織領域の化膿性(細菌感染による膿を形成する)疾患のうち、診断がついた時点ですぐに外科的処置を行わなければならないものを選ぶ問題である。 緊急手術が必要かどうかを判断する際の考え方は次の二点に集約される。 (1) 放置すると生命に関わるか:感染が筋膜に沿って急速に拡大し、敗血症・多臓器不全に至る疾患(壊死性筋膜炎など)は、抗菌薬だけでは制御できず、壊死組織を早急に取り除く必要がある。 (2) 放置すると機能に不可逆的な障害が残るか:腱鞘や関節のような閉鎖腔に膿がたまると、内圧上昇による血流障害や、細菌・白血球由来の酵素によって腱や関節軟骨が短時間で破壊される。この場合も速やかな切開排膿(ドレナージ)が必要である。 一方、組織が開放的で抗菌薬がよく届く浅在性の感染(蜂巣炎)や、すでに周囲が硬化して限局した慢性の病変(Brodie骨膿瘍)は、時間的猶予があり、まずは保存療法や待機的手術で対応する。 この二つの軸で各選択肢を検討すれば、壊死性筋膜炎、手の化膿性腱鞘炎、乳児化膿性股関節炎の3つが緊急手術の対象となる。
選択肢考察
- ×a. 蜂巣炎〈蜂窩織炎〉
蜂巣炎は真皮深層から皮下脂肪組織に広がる急性の細菌感染症で、主な起炎菌は黄色ブドウ球菌やA群β溶血性レンサ球菌である。局所の発赤・腫脹・熱感・圧痛を呈するが、患部の安静・挙上と抗菌薬投与(βラクタム系など)でほとんどが改善するため、原則として保存的に治療する。ただし、膿瘍を形成した場合には切開排膿を行うことがある。また、疼痛が見た目の所見に比べて著しく強い、皮膚が紫斑・水疱・壊死に変化する、急速に拡大する、全身状態が悪化するといった所見が出てきた場合は、壊死性筋膜炎への移行や誤診を疑い、直ちに外科的評価を行う必要がある。
- ○b. 壊死性筋膜炎
壊死性筋膜炎は浅筋膜(皮下組織と筋層の間の膜)に沿って細菌感染が急速に進展し、周囲組織を壊死させる重症軟部組織感染症である。A群β溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)による単独感染や、嫌気性菌を含む複数菌の混合感染が原因となり、糖尿病・肝硬変・免疫不全などが危険因子となる。感染部位は血栓による血流障害で壊死に陥るため抗菌薬が届かず、抗菌薬単独では進行を止められない。治療が遅れると敗血症性ショックや多臓器不全に至り、死亡率は高い。したがって疑った時点で速やかに外科的デブリドマン(壊死組織の広範な切除)を行い、広域抗菌薬の投与と全身管理を並行する。必要に応じてデブリドマンを繰り返し、四肢では切断に至ることもある。まさに緊急手術の代表的適応である。
- ×c. Brodie骨膿瘍
Brodie骨膿瘍は亜急性~慢性に経過する限局性の骨髄炎で、小児~若年者の長管骨の骨幹端(特に脛骨遠位・近位、大腿骨)に好発する。起炎菌は黄色ブドウ球菌が多いが、弱毒菌であったり宿主の抵抗力が保たれていたりするため、膿瘍の周囲を硬化した骨が取り囲んで病変が限局する。全身症状は乏しく、夜間や運動後に増悪する局所の鈍痛が主症状である。単純X線では骨幹端に周囲が骨硬化縁で囲まれた円形~楕円形の透亮像を示す。治療は抗菌薬投与を行い、改善しない場合や再発を繰り返す場合に病巣掻爬術を行うが、いずれも待機的に計画するもので緊急手術の対象ではない。
- ○d. 手の化膿性腱鞘炎
手指の屈筋腱腱鞘は閉鎖腔であり、刺創などから細菌が侵入すると膿が貯留して腱鞘内圧が上昇する。すると腱への血流が障害され、腱の壊死、腱と腱鞘の癒着が短期間で生じ、指の運動機能が永続的に失われる。また母指・小指の腱鞘は手掌の滑液包(橈側・尺側滑液包)とつながっているため、感染が手掌・前腕へ波及することもある(馬蹄形膿瘍)。臨床的にはKanavelの4徴候(①指全体の紡錘状腫脹、②指の軽度屈曲位保持、③腱鞘に沿った圧痛、④他動伸展時の激痛)が診断の手がかりとなる。発症ごく早期であれば抗菌薬と安静で経過をみることもあるが、診断が確定した症例では速やかに腱鞘の切開・排膿・洗浄を行い、抗菌薬を併用することが原則であり、緊急手術の適応である。
- ○e. 乳児化膿性股関節炎
乳児の股関節に細菌感染が起こると、関節内に膿が貯留して関節内圧が上昇する。乳児の大腿骨頭は大部分が軟骨でできており血流も乏しいため、内圧上昇による大腿骨頭への血流障害(骨頭壊死)や、蛋白分解酵素による関節軟骨の破壊が短時間で進む。さらに関節包が伸展されて病的脱臼を起こしたり、骨端線(成長軟骨板)が障害されて脚長差などの成長障害を残したりする。乳児は症状の訴えがなく、おむつ交換時に泣く、患肢を動かさない(仮性麻痺)、股関節の屈曲・外転・外旋位保持といった所見で気づかれることが多いため発見が遅れやすい。後遺症を防ぐには、診断がつき次第、緊急に関節切開による排膿・洗浄(ドレナージ)を行い、抗菌薬を投与することが必要である。
緊急手術が必要となる主な化膿性疾患
・壊死性筋膜炎:救命のための緊急デブリドマン。 ・ガス壊疽(クロストリジウム性筋壊死):同様に緊急デブリドマン。高気圧酸素療法を併用することがある。 ・化膿性関節炎(特に乳幼児の股関節):関節軟骨・骨頭を守るための緊急ドレナージ。 ・手指の化膿性屈筋腱腱鞘炎:腱の壊死・癒着を防ぐための緊急切開排膿。 ・急性化膿性骨髄炎で膿瘍を形成したもの(骨膜下膿瘍など):排膿を要する。
保存療法が基本となるもの
・蜂巣炎:抗菌薬と安静・挙上。膿瘍形成時は切開排膿。 ・Brodie骨膿瘍(亜急性限局性骨髄炎):抗菌薬、必要に応じて待機的に病巣掻爬。
壊死性筋膜炎と蜂巣炎の見分け方
壊死性筋膜炎を疑う所見として、見た目の皮膚所見に不釣り合いな激痛、急速な病変拡大、皮膚の紫斑・水疱・血疱・壊死、皮膚の感覚低下、握雪感(皮下ガス)、ショックなどの全身症状がある。臨床検査値から危険度を評価するLRINEC(Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis)スコアも補助的に用いられる。確定診断は手術による筋膜の直接観察(試験切開)で行われることが多い。
化膿性関節炎の起炎菌
乳幼児では黄色ブドウ球菌が最も多く、B群レンサ球菌なども原因となる。関節液の穿刺・培養による菌の同定と、早期の関節洗浄が治療の柱である。
POINT
・感染症で緊急手術が必要となるのは「生命の危険」または「閉鎖腔の感染による不可逆的な機能障害」があるとき。 ・壊死性筋膜炎は緊急デブリドマン+広域抗菌薬。 ・手の化膿性腱鞘炎(Kanavelの4徴候)は緊急の切開排膿。 ・乳児化膿性股関節炎は骨頭壊死・脱臼・成長障害を防ぐため緊急の関節切開排膿。 ・蜂巣炎は抗菌薬による保存療法が基本、Brodie骨膿瘍は慢性・限局性で待機的治療。
