肩に広がる赤いクモ―肝臓が分解できなかったホルモンの置き土産
第105回医師国家試験 B問題 第42問
国試問題にチャレンジ
50歳の男性。皮疹を主訴に来院した。3か月前から両肩と胸部とに赤い皮疹が多発しているのに気付いていた。25年の飲酒歴があり,肝機能障害を指摘されているが自覚症状はない。左肩の写真を別に示す。 この皮膚症状に関連するのはどれか。

- a.アンドロゲン
- b.エストロゲン
- c.コルチゾール
- d.アルドステロン
- e.プロゲステロン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
長期飲酒歴と肝機能障害をもつ人の上半身に、中心から細い血管が放射状に広がる紅斑が多発していれば、くも状血管腫を考え、慢性肝疾患、とくに肝硬変を疑います。肝臓はエストロゲンを代謝・不活化するため、肝機能が低下すると分解の低下やアンドロゲンからの末梢変換の増加によってエストロゲン作用が優位となり、その血管拡張作用がくも状血管腫の成因に関わると考えられています。同じ機序で手掌紅斑、女性化乳房、精巣萎縮などが生じる一方、肝硬変での続発性アルドステロン症は腹水や浮腫に関わるもので皮膚症状とは無関係です。視診で拾える小さな皮膚所見を肝臓のホルモン代謝と結びつけて理解することは、身体診察から全身疾患を見抜く力の基礎になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・50歳男性、25年に及ぶ飲酒歴があり、肝機能障害を指摘されている。 ・3か月前から両肩と胸部に赤い皮疹が多発している。自覚症状はない。 ・写真(左肩)では、中心の小さな赤い点から細い血管が放射状(クモの脚状)に広がる紅斑がみられる。
診断へのプロセス
長期大量飲酒と肝機能障害から、アルコール性肝障害、とくに慢性肝炎〜肝硬変へ進行した状態が想定される。上大静脈の灌流域(顔面・頸部・肩・上胸部・上肢)に多発する、中心部の拍動性細動脈から毛細血管が放射状に伸びる紅斑は、くも状血管腫(spider angioma)に典型的である。慢性肝疾患の皮膚徴候として代表的なものであり、手掌紅斑や女性化乳房と並んで肝硬変を疑う身体所見となる。
設問の考え方
問われているのは、この皮膚症状の成立に関わるホルモンである。エストロゲンは主に肝臓で代謝・不活化されるため、肝機能が低下すると血中エストロゲンが相対的に増える。さらに肝硬変では、副腎由来のアンドロゲン(アンドロステンジオンなど)が末梢組織(脂肪組織など)のアロマターゼによってエストロゲンへ変換される割合が高まり、性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の増加もあって、エストロゲン作用がアンドロゲン作用に比べて優位になる。エストロゲンには血管拡張・血管新生を促す作用があり、これがくも状血管腫や手掌紅斑の発生に関与すると考えられている。したがって関連するホルモンはエストロゲンである。
選択肢考察
- ×a. アンドロゲン
アンドロゲン(男性ホルモン)は、肝硬変ではむしろ作用が相対的に低下する側である。テストステロンの低下や、アンドロゲンが末梢でエストロゲンへ変換されることで、エストロゲン優位の状態が生じる。その結果として精巣萎縮、腋毛・恥毛の減少、性欲低下などが起こるが、くも状血管腫を直接引き起こすのはアンドロゲンではない。アンドロゲン過剰で目立つ皮膚所見は、痤瘡、多毛、男性型脱毛などである。
- ○b. エストロゲン
エストロゲンは男性でも少量産生され、肝臓で代謝・不活化される。肝硬変など肝機能が低下した状態では、エストロゲンの分解が滞ることに加え、アンドロゲンから末梢でエストロゲンへ変換される割合が増え、エストロゲン作用が優位になる。エストロゲンの血管拡張作用によって、上半身に放射状の毛細血管拡張を伴うくも状血管腫が出現する。同じ機序で、手掌紅斑(母指球・小指球の紅斑)や女性化乳房もみられる。したがって本症例の皮膚症状に関連するホルモンである。
- ×c. コルチゾール
コルチゾールは副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドである。過剰になると(Cushing症候群など)、皮膚の菲薄化、皮下出血(紫斑)の出やすさ、腹部などの赤色皮膚線条、痤瘡、多毛などを生じる。くも状血管腫の成立には関与せず、肝硬変の皮膚徴候とも直接の関係はない。
- ×d. アルドステロン
アルドステロンは副腎皮質球状層から分泌される鉱質コルチコイドで、腎集合管でのNa再吸収とK排泄を促進する。肝硬変では有効循環血漿量の低下によってレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が亢進し、続発性アルドステロン症を来すことがある。これは腹水や浮腫の形成に関わるが、くも状血管腫などの皮膚症状とは関係がない。
- ×e. プロゲステロン
プロゲステロンは主に卵巣の黄体や胎盤で産生されるステロイドホルモンで、子宮内膜の分泌期変化や妊娠の維持に働く。くも状血管腫の成立に関与するホルモンとしては位置づけられておらず、肝硬変の皮膚徴候とも直接の関係はない。なお妊娠中にくも状血管腫や手掌紅斑がみられることがあるが、これも主にエストロゲンの増加によると考えられている。
くも状血管腫(spider angioma, vascular spider)
・中心に拍動を触れる小さな細動脈があり、そこから細い血管が放射状に伸びる紅斑。大きさは数mm〜1cm程度。 ・中心部をガラス棒などで圧迫すると、放射状の血管が消退し、離すと中心から再び充満する。 ・好発部位は上大静脈の灌流域(顔面、頸部、肩、上胸部、上肢)である。 ・健常者、とくに小児や妊婦にも少数みられることがあるが、多発する場合は慢性肝疾患を疑う。
肝硬変で高エストロゲン状態が起こる機序
1. 肝臓でのエストロゲンの代謝・不活化の低下 2. 副腎由来アンドロゲン(アンドロステンジオンなど)の末梢でのエストロゲンへの変換(アロマタイゼーション)の増加 3. 性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の増加により、遊離テストステロンの割合が低下し、エストロゲン作用が相対的に優位になる
高エストロゲン状態による肝硬変の身体所見
・くも状血管腫 ・手掌紅斑(母指球・小指球を中心とした紅斑) ・女性化乳房 ・精巣萎縮、腋毛・恥毛の減少、性欲低下
肝硬変のその他の身体所見
・黄疸、腹水、浮腫、腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭)、脾腫 ・羽ばたき振戦(肝性脳症)、ばち指、Dupuytren拘縮(アルコール性で合併しやすい) ・腹水・浮腫の成因には、低アルブミン血症、門脈圧亢進、続発性アルドステロン症などが関与する。
POINT
・長期飲酒+肝機能障害+上半身の放射状紅斑 → くも状血管腫 → 肝硬変を疑う。 ・肝臓はエストロゲンを代謝するため、肝硬変ではエストロゲン作用が優位になる。 ・高エストロゲン状態による所見:くも状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房、精巣萎縮。 ・肝硬変でのアルドステロン上昇(続発性アルドステロン症)は腹水・浮腫に関与し、皮膚症状とは無関係。
