父の突然死と胸骨左縁の雑音―肥大型心筋症を「見て」確かめる最初の一手
第105回医師国家試験 B問題 第41問
国試問題にチャレンジ
44歳の男性。胸部圧迫感を主訴に来院した。父親が54歳で突然死している。脈拍60/分,整。血圧148/92 mmHg。胸骨左縁第3肋間を最強点とする3/6度の収縮期駆出性雑音を聴取する。心電図を別に示す。 診断に最も有用なのはどれか。

- a.心エコー検査
- b.心カテーテル検査
- c.Holter心電図検査
- d.運動負荷心電図検査
- e.心筋シンチグラフィ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
突然死の家族歴、胸骨左縁第3肋間に最強点をもつ収縮期駆出性雑音、心電図の左室高電位と深い陰性T波がそろえば、閉塞性肥大型心筋症を疑います。診断に最も有用なのは心エコー検査で、非対称性中隔肥厚、僧帽弁の収縮期前方運動、左室流出路の圧較差(30mmHg以上で閉塞性)を非侵襲的に評価でき、高血圧性心肥大や大動脈弁狭窄症との鑑別も可能です。心カテーテル検査は侵襲的、Holter心電図は診断後のリスク評価向け、運動負荷は閉塞を悪化させうるため慎重を要し、心筋シンチグラフィは非特異的です。治療ではβ遮断薬などで閉塞を和らげ、ジギタリスや亜硝酸薬を避け、高リスク例には植込み型除細動器を検討します。若年者の突然死の原因となりうる疾患だからこそ、身体所見から疑い、適切な検査で確かめる流れを身につけることが大切です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・44歳の男性で、主訴は胸部圧迫感である。 ・父親が54歳で突然死している(若年性突然死の家族歴)。 ・胸骨左縁第3肋間を最強点とする3/6度の収縮期駆出性雑音を聴取する。 ・心電図:洞調律で、V4〜V6を中心に非常に高いR波(左室高電位)と、V3〜V6に深い陰性T波を認める。特にV4の陰性T波は深く、巨大陰性T波と呼べるものである。
診断へのプロセス
心電図の左室高電位と陰性T波は、左室肥大の存在を示す。左室肥大をきたす代表的な原因は、高血圧、大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症などである。 ・胸骨左縁第3肋間に最強点をもつ収縮期駆出性雑音は、左室流出路で血流が狭められて生じる雑音として典型的であり、心室中隔の肥厚による左室流出路狭窄を考えさせる。大動脈弁狭窄症の雑音は胸骨右縁第2肋間に最強点をもち頸部へ放散するのが典型である点で区別される。 ・突然死の家族歴は、常染色体優性(顕性)遺伝をとることの多い肥大型心筋症を強く示唆する。 ・血圧は148/92mmHgとやや高めであるが、この程度の血圧上昇だけで44歳にこれほど著明な左室肥大の心電図変化が生じるとは考えにくい。 以上から、閉塞性肥大型心筋症〈HOCM〉が最も疑われる。
設問への考え方
肥大型心筋症の診断には、左室壁の肥厚の程度と分布、左室流出路狭窄の有無を直接とらえることが必要である。これを非侵襲的に、しかもその場で評価できるのが心エコー検査であり、診断に最も有用である。
選択肢考察
- ○a. 心エコー検査
肥大型心筋症の診断の中心となる検査である。心室中隔が左室後壁より著しく厚い非対称性中隔肥厚〈ASH〉、収縮期に僧帽弁前尖が心室中隔側へ引き寄せられる収縮期前方運動〈SAM〉、大動脈弁の収縮中期半閉鎖などをとらえられる。さらにドプラ法で左室流出路の血流速度を測定すれば、簡易Bernoulli式(圧較差=4×流速²)により圧較差を推定でき、安静時または誘発時に30mmHg以上であれば閉塞性と判断する。拡張能の評価や、大動脈弁狭窄症・高血圧性心肥大との鑑別も同時に行える。
- ×b. 心カテーテル検査
カテーテルで左室内と大動脈の圧を直接測定すれば流出路の圧較差を証明でき、期外収縮後の心拍で脈圧がかえって小さくなるBrockenbrough現象もHOCMに特徴的である。また心内膜心筋生検で錯綜配列(心筋細胞の配列の乱れ)を確認したり、冠動脈疾患を除外したりすることもできる。しかし侵襲的な検査であり、診断に必要な情報の多くは心エコーで得られるため、最初に行う検査としては適さない。
- ×c. Holter心電図検査
24時間の心電図を記録し、発作性の不整脈や一過性の心筋虚血をとらえる検査である。肥大型心筋症では非持続性心室頻拍の有無が突然死リスクの評価に用いられるため、診断後の評価として重要である。しかし心臓の形態を評価できないため、肥大型心筋症そのものの診断はできない。
- ×d. 運動負荷心電図検査
主に労作性狭心症(冠動脈狭窄による虚血)の診断に用いる検査で、肥大型心筋症の診断はできない。さらに、左室流出路狭窄のある患者では運動によって心収縮力が増し、流出路狭窄が悪化して失神や重篤な不整脈を誘発するおそれがある。そのため高度の流出路狭窄を伴う閉塞性肥大型心筋症では禁忌または慎重に扱うべき検査とされる。
- ×e. 心筋シンチグラフィ
タリウムやテクネチウム製剤による心筋血流シンチグラフィは、主に虚血性心疾患における虚血部位や範囲の評価に用いる。肥大型心筋症では肥大部位への集積増加や灌流異常がみられることはあるが、所見は非特異的で確定診断には至らない。MIBG(心臓交感神経の評価)や脂肪酸代謝シンチグラフィなども補助的情報にとどまる。
肥大型心筋症〈HCM〉の概要
高血圧や弁膜症など肥大を説明できる他の原因がないのに、左室(ときに右室)の心筋が肥大する疾患である。多くはサルコメア(心筋の収縮単位)を構成するタンパクの遺伝子(β-ミオシン重鎖遺伝子MYH7、ミオシン結合蛋白C遺伝子MYBPC3など)の変異によるもので、常染色体優性(顕性)遺伝形式をとることが多い。病理組織では心筋細胞の肥大と錯綜配列がみられる。成人では、心エコーなどで最大左室壁厚15mm以上(家族歴がある場合などは13mm以上)が診断の目安となる。
病型
・閉塞性肥大型心筋症〈HOCM〉:左室流出路に安静時または誘発時30mmHg以上の圧較差がある。 ・非閉塞性肥大型心筋症:流出路狭窄を伴わない。 ・心室中部閉塞性心筋症:左室中部に狭窄がある。 ・心尖部肥大型心筋症:心尖部に肥大が限局し、心電図で巨大陰性T波(深さ10mm以上)が特徴的である。わが国に比較的多い。 ・拡張相肥大型心筋症:経過中に壁が薄くなり収縮能が低下して、拡張型心筋症に似た病態となる。
身体所見の特徴
流出路狭窄による収縮期駆出性雑音は、左室容量が減る条件(Valsalva手技の力み期、立位、亜硝酸薬、頻拍)で増強し、左室容量が増える条件(しゃがみ位、下肢挙上、β遮断薬)で減弱する。大動脈弁狭窄症の雑音と区別する手がかりになる。
その他の検査
・心臓MRI:肥大の分布の把握に優れ、ガドリニウム遅延造影で心筋の線維化を評価でき、予後評価に有用である。 ・左室肥大をきたす他疾患(高血圧性心疾患、大動脈弁狭窄症、Fabry病、心アミロイドーシスなど)との鑑別が必要である。
治療と注意点
・β遮断薬やベラパミル(Ca拮抗薬)で心拍数と収縮力を抑え、拡張期の充満を改善させる。閉塞性ではシベンゾリンやジソピラミドも用いられ、近年は心筋ミオシン阻害薬(マバカムテン)も使用される。 ・流出路狭窄を悪化させる薬剤(ジギタリス、亜硝酸薬、過度の利尿薬、動脈拡張薬など)は避ける。 ・薬物抵抗性の閉塞性病変には、経皮的中隔心筋焼灼術〈PTSMA〉や外科的中隔心筋切除術を行う。 ・突然死(主に心室頻拍・心室細動による)が最大の問題であり、若年者に多い。突然死の家族歴、原因不明の失神、非持続性心室頻拍、著明な壁肥厚(30mm以上)などが危険因子で、高リスク例には植込み型除細動器〈ICD〉を検討する。若年者の激しい運動は避けるよう指導する。
POINT
・突然死の家族歴、胸骨左縁第3肋間の収縮期駆出性雑音、心電図の左室高電位と陰性T波から、閉塞性肥大型心筋症を疑う。 ・診断に最も有用なのは心エコー検査で、ASH、SAM、左室流出路圧較差(30mmHg以上で閉塞性)を評価する。 ・流出路狭窄の雑音はValsalva手技・立位で増強し、しゃがみ位で減弱する。 ・流出路狭窄を悪化させる強い運動負荷や、ジギタリス・亜硝酸薬などは避ける。 ・突然死の予防が治療の重要な目的で、高リスク例ではICDを検討する。
