雑音が「大きくなる」のはどっち?―閉塞性肥大型心筋症を動的狭窄で読み解く
第120回医師国家試験 D問題 第44問
国試問題にチャレンジ
54歳の男性。労作時の息切れを主訴に来院した。以前から心電図異常を指摘されていたが精査は受けていなかった。身長172cm,体重64kg。体温36.5℃。脈拍72/分,整。血圧130/80mmHg。呼吸数18/分。頸静脈の怒張は認めない。胸骨左縁第4肋間を中心にLevine 4/6の収縮期雑音とⅣ音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。下肢に浮腫を認めない。心エコー検査の傍胸骨長軸像(A)とMモード(B)とを下に示す。 この患者の心雑音増強因子で誤っているのはどれか。

- a.頻脈
- b.立位
- c.硝酸薬投与
- d.Valsalva手技
- e.ジソピラミド投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胸骨左縁中部の収縮期雑音とⅣ音に、心エコーでの非対称性中隔肥厚と僧帽弁前尖の収縮期前方運動(SAM)がそろえば閉塞性肥大型心筋症(HOCM)と診断できます。HOCMの左室流出路狭窄は動的であり、前負荷の低下、収縮力の増強、後負荷の低下で悪化し、雑音が増強します。立位、Valsalva手技、頻脈、硝酸薬はいずれも増強因子ですが、ジソピラミドは陰性変力作用で圧較差を減らすため雑音を減弱させ、β遮断薬で不十分な場合の治療薬として用いられます。硝酸薬や強い血管拡張薬、陽性変力薬は閉塞を悪化させうるため原則避け、突然死リスクの評価も欠かせません。雑音の変化を血行動態から説明できるようになることは、聴診による鑑別と安全な薬剤選択の両方に直結します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・54歳男性が、労作時の息切れを主訴に受診した。以前から心電図異常を指摘されていたが、精査は受けていない。慢性的な心疾患が背景にあると考えられる。 ・脈拍72/分で整、血圧130/80mmHg。頸静脈怒張・下肢浮腫・肝腫大はなく、明らかなうっ血性心不全の徴候はない。 ・胸骨左縁第4肋間を中心にLevine 4/6の強い収縮期雑音を聴取する。大動脈弁狭窄症の雑音は胸骨右縁第2肋間が最強点で頸部へ放散するのが典型であり、本例の最強点とは合わない。胸骨左縁中部の収縮期雑音は、左室流出路(左室から大動脈へ血液が出ていく通り道)の狭窄を考えさせる。 ・Ⅳ音は心房が収縮して、硬く広がりにくい左室へ血液を押し込むときに生じる音である。左室肥大などで左室のコンプライアンス(伸展性)が低下し、拡張障害があることを示す。 ・心エコーの傍胸骨長軸像(A)では心室中隔が著明に肥厚している。Mモード(B)では、収縮期に僧帽弁前尖が心室中隔側へ引き寄せられる収縮期前方運動(systolic anterior motion:SAM)がみられる。
診断
心室中隔の非対称性肥厚とSAMによって左室流出路に動的な狭窄が生じ、それによる収縮期雑音とⅣ音を伴っている。以上から閉塞性肥大型心筋症(hypertrophic obstructive cardiomyopathy:HOCM)と診断できる。労作時の息切れは、拡張障害による左房圧上昇と流出路狭窄による心拍出量低下で説明できる。鑑別には大動脈弁狭窄症、高血圧性心疾患、心アミロイドーシスやFabry病などの二次性心肥大、心室中隔欠損症などが挙がる。しかし、SAMを伴う非対称性中隔肥厚はHOCMに特徴的である。
設問の考え方
HOCMの流出路狭窄は、弁が硬くなる大動脈弁狭窄症のような固定性の狭窄ではない。心臓の状態によって程度が変わる「動的」な狭窄である。狭窄を強める条件は次の3つに整理できる。 (1) 左室内腔が小さくなる:前負荷(静脈還流量)の低下 (2) 心筋の収縮が強くなる:陽性変力作用 (3) 大動脈側の抵抗が下がる:後負荷の低下 このいずれかが起こると、肥厚した中隔と僧帽弁前尖が近づき、流出路の圧較差が大きくなって雑音が増強する。逆に、左室容積の増加、収縮力の低下、後負荷の増大は狭窄を和らげ、雑音を減弱させる。各選択肢がどちらに当てはまるかを判断すればよい。本問は「誤っているのはどれか」を問う形式であり、雑音を増強させないもの(むしろ減弱させるもの)を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 頻脈
頻脈は雑音の増強因子であり、記述として誤りではないので正解にはならない。心拍数が増えると、主に拡張期が短くなる。そのため左室に血液が十分に流れ込まず、拡張末期容積が減る。内腔が小さくなると、肥厚中隔と僧帽弁前尖が収縮期に接触しやすくなり、流出路狭窄が強まる。さらに、頻脈は交感神経緊張を伴うことが多く、心筋収縮力の増強も狭窄を悪化させる方向に働く。HOCMの治療で心拍数を抑えるβ遮断薬が第一選択とされるのは、この逆の効果をねらうためである。
- ×b. 立位
立位は雑音の増強因子であり、記述として誤りではない。臥位や蹲踞(しゃがみ込み)から立ち上がると、重力によって血液が下肢の静脈にたまり、心臓へ戻る血液(静脈還流)が減る。前負荷が下がって左室容積が小さくなるため、流出路狭窄が強まり雑音は大きくなる。逆に蹲踞では静脈還流と末梢血管抵抗(後負荷)がともに増え、雑音は小さくなる。「蹲踞で減弱し、立位で増強する」収縮期雑音は、HOCMを大動脈弁狭窄症などと鑑別するうえで重要な所見である。
- ×c. 硝酸薬投与
硝酸薬投与は雑音の増強因子であり、記述として誤りではない。硝酸薬は主に静脈を拡張させて血液を末梢にためるため、静脈還流が減って前負荷が低下する。量が多ければ動脈も拡張し、後負荷も下がる。どちらも左室流出路の圧較差を大きくするので、雑音は増強する。HOCM患者に硝酸薬や強い血管拡張薬を使うと、流出路閉塞が悪化して低血圧や失神を起こすおそれがある。そのため原則として避けるべき薬剤とされる。狭心症様の胸痛があっても安易に使用しない点が臨床上重要である。
- ×d. Valsalva手技
Valsalva手技は雑音の増強因子であり、記述として誤りではない。Valsalva手技は、声門を閉じたまま息こらえ(いきみ)をする操作である。いきんでいる間(第Ⅱ相)は胸腔内圧が上がり、大静脈から右心系への血液の戻りが妨げられる。その結果、左室に流入する血液も減って左室容積が小さくなり、流出路狭窄と雑音が増強する。ほとんどの心雑音は静脈還流の低下で小さくなるが、Valsalva手技で大きくなる雑音はHOCMと僧帽弁逸脱症に限られる。この点が鑑別に役立つ。
- ○e. ジソピラミド投与
ジソピラミドは雑音を増強させず、むしろ減弱させる。したがって「増強因子」とする記述は誤りであり、本問の正解である。ジソピラミドはVaughan Williams分類のⅠa群に属する抗不整脈薬(Naチャネル遮断薬)である。抗コリン作用に加え、強い陰性変力作用(心筋の収縮力を弱める作用)をもつ。収縮力が弱まると、収縮期に僧帽弁前尖が中隔へ引き込まれる力(SAM)が小さくなり、左室流出路の圧較差が減って雑音は小さくなる。このためジソピラミドは、β遮断薬で症状が十分に改善しない閉塞性肥大型心筋症に対する薬物療法の選択肢として使われている。なお、抗コリン作用による口渇や排尿障害、QT延長に注意が必要である。
肥大型心筋症(HCM)の概要
・心筋が原因不明に肥大し(多くは非対称性で、心室中隔に目立つ)、左室の拡張障害をきたす心筋疾患である。心筋βミオシン重鎖遺伝子(MYH7)やミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3)など、サルコメア(心筋の収縮単位)を構成する蛋白の遺伝子変異が多く、常染色体顕性(優性)遺伝の家族例がみられる。 ・左室流出路に安静時またはそれ以上の負荷時に30mmHg以上の圧較差がある病型を閉塞性(HOCM)と呼ぶ。閉塞の主な機序は、肥厚した中隔と僧帽弁前尖の収縮期前方運動(SAM)である。SAMに伴って僧帽弁閉鎖不全を合併することも多い。 ・症状は労作時呼吸困難、胸痛、動悸、失神など。心室頻拍・心室細動による突然死の原因となり、若年者や運動選手の突然死の原因として重要である。
検査所見
・心電図:左室高電位、ST-T変化、異常Q波など。心尖部が肥大する心尖部肥大型では巨大陰性T波が特徴的である。 ・心エコー:非対称性中隔肥厚(中隔/後壁厚比1.3以上が目安)、SAM、大動脈弁の収縮中期半閉鎖、流出路の加速血流。 ・頸動脈波:二峰性脈。 ・聴診:胸骨左縁中部〜心尖部の収縮期駆出性雑音、Ⅳ音。
雑音を変化させる因子の整理
・増強(流出路狭窄が悪化):立位、Valsalva手技(いきみ相)、頻脈、脱水・出血、硝酸薬・血管拡張薬、利尿薬、ジギタリスやβ刺激薬など陽性変力作用をもつ薬、期外収縮後の心拍。期外収縮後の心拍では収縮力が増強するのに対し脈圧はむしろ低下し、これをBrockenbrough現象と呼ぶ。 ・減弱(流出路狭窄が軽減):蹲踞、下肢挙上、ハンドグリップ(後負荷増大)、輸液、β遮断薬、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ベラパミルなど)、ジソピラミド、α刺激薬(フェニレフリン:後負荷増大)。
治療
・薬物療法:β遮断薬が第一選択である。効果不十分な場合や使用できない場合にベラパミル、ジソピラミドを用いる。近年、心筋ミオシンの働きを選択的に抑える心筋ミオシン阻害薬マバカムテンが、閉塞性HCMの症状と圧較差を改善することが大規模臨床試験で示され、治療選択肢として位置づけられた。 ・避けるべき薬剤:硝酸薬、ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬などの強い血管拡張薬、ジギタリス、過剰な利尿薬。 ・非薬物療法:薬物抵抗性の高度閉塞例には、経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA:中隔枝にエタノールを注入して肥厚部を壊死させる)や外科的中隔心筋切除術を行う。 ・突然死予防:心停止・持続性心室頻拍の既往、突然死の家族歴、原因不明の失神、著明な左室壁厚(30mm以上)、非持続性心室頻拍などのリスク因子を評価し、高リスク例には植込み型除細動器(ICD)を検討する。激しい競技スポーツは制限する。
POINT
・胸骨左縁第4肋間の収縮期雑音、Ⅳ音、心室中隔の非対称性肥厚、SAMがそろえば閉塞性肥大型心筋症(HOCM)である。 ・HOCMの流出路狭窄は動的であり、「前負荷低下・収縮力増強・後負荷低下」で増強し、その逆で軽減する。 ・増強因子:立位、Valsalva手技、頻脈、脱水、硝酸薬、陽性変力薬。 ・減弱因子:蹲踞、下肢挙上、ハンドグリップ、輸液、β遮断薬、ベラパミル、ジソピラミド。 ・ジソピラミドは陰性変力作用で流出路圧較差を減らす治療薬であり、雑音はむしろ減弱する。 ・Valsalva手技で増強する収縮期雑音は、HOCMと僧帽弁逸脱症に特徴的である。
