「味がしない」はどこの故障か―舌から脳への道筋で読み解く味覚障害
第105回医師国家試験 B問題 第32問
国試問題にチャレンジ
味覚障害をきたすのはどれか。2つ選べ。
- a.急性扁桃炎
- b.急性副鼻腔炎
- c.鉄欠乏性貧血
- d.ビタミンC欠乏症
- e.Ramsay Hunt症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
味覚は舌などの味蕾で受容され、舌の前2/3は顔面神経の枝である鼓索神経、後1/3は舌咽神経を通って延髄の孤束核から大脳皮質へ伝わるため、味覚障害は味蕾・末梢神経・中枢のどこが障害されたかで整理できます。鉄欠乏性貧血は萎縮性舌炎によって味蕾を障害し、Ramsay Hunt症候群は顔面神経麻痺に伴う鼓索神経障害によって舌前2/3の味覚障害をきたしえます。急性副鼻腔炎で起こるのは嗅覚障害による風味の低下であって味覚そのものの障害ではなく、急性扁桃炎やビタミンC欠乏症(壊血病)も味覚障害の原因とはされません。味覚障害の最多原因は亜鉛欠乏で、薬剤性、口腔乾燥、放射線治療、中耳疾患なども重要です。伝導路に沿って原因を考える習慣は、患者の「味がしない」という訴えを正しく評価し、顔面神経麻痺の障害部位診断にも活かせる臨床の基本となります。
解答・解説
正解はc, eです
味覚障害を考えるときは、「味を感じる仕組み」のどこが障害されるかで整理すると理解しやすい。
味覚の伝導路
味は舌や軟口蓋などにある味蕾(味細胞の集まり)で受容され、脳神経を通って延髄の孤束核に入り、視床を経て大脳皮質の味覚野に至る。部位ごとの支配神経は以下のとおりである。 ・舌の前2/3:顔面神経の枝である鼓索神経 ・舌の後1/3:舌咽神経 ・軟口蓋:顔面神経の枝である大錐体神経 ・咽頭・喉頭蓋付近:迷走神経
障害部位からみた味覚障害の原因
(1)味蕾・口腔粘膜の障害:亜鉛欠乏(味細胞の新陳代謝に亜鉛が必要)、鉄欠乏やビタミンB12欠乏などによる萎縮性舌炎、口腔乾燥(Sjögren症候群、加齢)、頭頸部への放射線治療など。 (2)末梢神経の障害:顔面神経麻痺(Bell麻痺、Ramsay Hunt症候群)、中耳手術や中耳炎による鼓索神経障害など。 (3)中枢の障害:脳梗塞・脳腫瘍など。 (4)その他:薬剤性(亜鉛とキレートを作る薬などが原因となる)、心因性など。 本問では、萎縮性舌炎を介して味蕾が障害される鉄欠乏性貧血と、顔面神経(鼓索神経)が障害されるRamsay Hunt症候群が該当する。 なお、嗅覚障害があると食べ物の「風味」(香りを含めた味わい)が分からなくなり、患者が「味がしない」と訴えることがあるが、これは甘味・塩味・酸味・苦味・うま味を感じる味覚そのものの障害とは区別される。
選択肢考察
- ×a. 急性扁桃炎
急性扁桃炎は主に溶血性レンサ球菌などの細菌やウイルスによる口蓋扁桃の急性炎症で、発熱、強い咽頭痛、嚥下痛をきたす。扁桃は発赤・腫脹し、白色の膿栓や白苔が付着する。痛みで食事がとりにくくなることはあるが、味蕾や味覚を伝える神経を障害するものではなく、味覚障害の原因とはされない。
- ×b. 急性副鼻腔炎
急性副鼻腔炎は、かぜ(上気道炎)に続いて起こることが多く、鼻閉、膿性鼻汁、頬部・前額部の痛みや圧痛をきたし、重症例では眼瞼の腫脹などを伴う。鼻閉や嗅粘膜付近の炎症でにおいの分子が嗅上皮に届かなくなるため、嗅覚障害(気導性嗅覚障害)をきたすことはある。嗅覚障害により食べ物の風味が分かりにくくなることはあるが、味覚そのものの障害ではない。
- ○c. 鉄欠乏性貧血
鉄は上皮細胞の増殖・代謝に必要であり、鉄欠乏では舌乳頭が萎縮して舌表面が平滑・発赤する萎縮性舌炎を生じる。味蕾は舌乳頭に存在するため、舌炎に伴って味覚障害や舌の痛みをきたすことがある。鉄欠乏性貧血に萎縮性舌炎と嚥下困難(食道入口部の粘膜ひだ〔web〕による)を伴うものをPlummer-Vinson症候群といい、中年以降の女性に多く、下咽頭癌・頸部食道癌の危険因子として知られる。また、鉄欠乏では匙状爪(スプーン状の爪)や異食症(氷食症など)もみられる。
- ×d. ビタミンC欠乏症
ビタミンC(アスコルビン酸)はコラーゲン合成(プロリン・リシンの水酸化)に必要な補酵素として働く。欠乏すると血管壁や結合組織がもろくなり、歯肉の腫脹・出血、皮下出血、毛包周囲の出血、創傷治癒の遅延、骨・歯の異常などを示す壊血病となる。味覚障害を特徴とする疾患ではない。
- ○e. Ramsay Hunt症候群
Ramsay Hunt症候群は、膝神経節に潜伏していた水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化によって起こり、耳介・外耳道の帯状疱疹、末梢性顔面神経麻痺、第8脳神経症状(難聴・耳鳴・めまい)を三主徴とする。顔面神経が障害される部位が鼓索神経の分岐より中枢側であれば、鼓索神経が伝える舌の前2/3の味覚が障害される。同様に、アブミ骨筋神経の障害による聴覚過敏や、大錐体神経の障害による涙液分泌低下を伴うことがある。
顔面神経の枝と障害部位診断
顔面神経は中枢から末梢に向かって以下の枝を出す。障害された部位より末梢の枝の機能が失われるため、症状から障害部位を推定できる。 ・大錐体神経(膝神経節付近で分岐):涙腺分泌、軟口蓋の味覚 →流涙検査(Schirmer試験) ・アブミ骨筋神経:アブミ骨筋反射(大きな音から内耳を守る)→障害で聴覚過敏 ・鼓索神経:舌前2/3の味覚、顎下腺・舌下腺の唾液分泌 →電気味覚検査、唾液分泌検査 ・茎乳突孔を出た後の枝:表情筋の運動
Ramsay Hunt症候群とBell麻痺
いずれも末梢性顔面神経麻痺の代表で、どちらも味覚障害を伴いうる。Bell麻痺は単純ヘルペスウイルス1型の再活性化が主な原因と考えられている。Ramsay Hunt症候群はBell麻痺より麻痺の予後が悪く、治療は副腎皮質ステロイドと抗ウイルス薬(バラシクロビルなど)を早期に併用する。
味覚障害の最多原因:亜鉛欠乏
味細胞はおよそ10日前後で入れ替わる新陳代謝の盛んな細胞であり、その維持に亜鉛が必要である。食事性の亜鉛不足、薬剤(亜鉛とキレートを形成する薬剤)、慢性肝疾患・腎疾患などで亜鉛が不足すると味覚障害をきたす。治療には亜鉛製剤の内服を行う。
味覚障害のその他の原因
・口腔乾燥:Sjögren症候群、加齢、薬剤 ・放射線治療による味蕾の障害(頭頸部癌) ・中耳手術・中耳炎による鼓索神経の障害 ・脳血管障害・脳腫瘍などの中枢性障害 ・ウイルス感染症(COVID-19では嗅覚障害に加えて味覚障害を伴うことがある) ・心因性
味覚検査
電気味覚検査(舌に微弱な電流を流し、金属味を感じる閾値を調べる)と、濾紙ディスク法(味質ごとの溶液をしみ込ませた濾紙を舌の各部位に置く)が代表的である。
POINT
・舌の味覚支配:前2/3は鼓索神経(顔面神経)、後1/3は舌咽神経。 ・Ramsay Hunt症候群・Bell麻痺では鼓索神経障害により舌前2/3の味覚障害をきたしうる。 ・鉄欠乏性貧血では萎縮性舌炎から味覚障害をきたしうる(Plummer-Vinson症候群:鉄欠乏性貧血+舌炎+嚥下困難)。 ・味覚障害の最多原因は亜鉛欠乏。薬剤性、口腔乾燥、放射線治療も重要。 ・急性副鼻腔炎で起こるのは嗅覚障害(風味の低下)であり、味覚障害とは区別する。 ・ビタミンC欠乏症は壊血病(出血傾向・歯肉出血)。
