危機のときに体は何を後回しにするのか―急性ストレスと性腺刺激ホルモンの低下
第105回医師国家試験 B問題 第33問
国試問題にチャレンジ
急性ストレスによって血中濃度が低下するのはどれか。2つ選べ。
- a.副腎皮質刺激ホルモン
- b.卵胞刺激ホルモン
- c.成長ホルモン
- d.黄体形成ホルモン
- e.プロラクチン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性ストレスでは、生体は危機を乗り切るためにエネルギー源の動員と循環の維持を優先し、ACTH・コルチゾール、カテコールアミン、グルカゴン、成長ホルモン、プロラクチン、バソプレシンが上昇します。一方、生存に直結しない生殖機能は後回しにされ、CRH、コルチゾール、内因性オピオイド、プロラクチンがGnRHのパルス分泌を抑えることで、卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンが低下します。この機序は、ストレスや体重減少による視床下部性無月経や、重症疾患時の一過性テストステロン低下の理解にもつながります。成長ホルモンは急性ストレスで上昇しますが、愛情遮断症候群のような慢性の心理社会的ストレスではむしろ低下しうる点にも注意が必要です。「優先するもの」と「後回しにするもの」という視点で整理すると、ストレス時の内分泌変化を臨床で読み解く力が身につきます。
解答・解説
正解はb, dです
【テーマ】急性ストレスに対する内分泌応答 外傷・手術・感染・強い精神的緊張などの急性ストレスに曝されると、生体は「目の前の危機を乗り切る」ことを優先するように内分泌環境を切り替える。具体的には、エネルギー源(血糖・遊離脂肪酸)を動員し循環を維持するホルモンが増え、当面の生存に不要な生殖機能は抑えられる。
増えるもの
・視床下部-下垂体-副腎(HPA)系:視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)とバソプレシンが分泌され、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が出て、コルチゾールが増加する。 ・交感神経-副腎髄質系:カテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)が増加する。 ・血糖を上げる方向のホルモン:グルカゴン、成長ホルモン(GH)が増加する。 ・プロラクチン(PRL)も急性ストレスで増加する代表的な「ストレスホルモン」である。
減るもの
・視床下部-下垂体-性腺系:CRHやコルチゾール、β-エンドルフィンなどの内因性オピオイド、上昇したプロラクチンが、視床下部のゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)のパルス状分泌を抑える。その結果、下垂体からの卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)が低下し、性ステロイドも下がる。
解き方
「エネルギー動員に働くものは上昇、生殖に関わる性腺刺激ホルモンは低下」と整理すれば、低下するのはFSHとLHの2つとわかる。
選択肢考察
- ×a. 副腎皮質刺激ホルモン
ストレス応答の中心であるHPA系の構成ホルモンであり、急性ストレスで上昇する。ストレスでCRHとバソプレシンの分泌が増えると下垂体前葉からACTHが放出され、副腎皮質のコルチゾール分泌が増加する。コルチゾールは糖新生の促進、血管のカテコールアミン反応性の維持、過剰な炎症の抑制などを通じて危機への適応を支える。
- ○b. 卵胞刺激ホルモン
急性ストレスで低下する。ストレス時にはCRH、コルチゾール、内因性オピオイド、プロラクチンの増加がそれぞれ視床下部のGnRHパルス分泌を抑えるため、GnRHの刺激を受けて分泌される下垂体のFSHが減少する。生命維持に直接関わらない生殖機能を後回しにする反応であり、強いストレスや急激な体重減少のあとに起こる視床下部性無月経(続発性無月経)も同じ機序で説明できる。
- ×c. 成長ホルモン
急性ストレスでは上昇する。GHは脂肪分解を促し、インスリンの作用に拮抗して血糖を上げるインスリン拮抗ホルモンの一つであり、急性期のエネルギー確保に役立つ。インスリン低血糖試験や運動負荷でGHが上昇するのも、ストレスに対する分泌反応を利用したものである。一方、慢性ストレスや愛情遮断(心理社会的ストレス)の状態ではむしろGHの分泌が低下することがあり、愛情遮断症候群での低身長の一因とされる。急性と慢性で反応が逆になる点に注意する。
- ○d. 黄体形成ホルモン
急性ストレスで低下する。LHもFSHと同様に視床下部のGnRHの支配を受けるため、ストレスでGnRHのパルス分泌(頻度と振幅)が抑えられると分泌が減る。LHは特にGnRHのパルス頻度の影響を受けやすく、LHサージが起こらなくなると排卵が止まる。男性ではLHの低下に伴ってテストステロンも低下する。
- ×e. プロラクチン
急性ストレスで上昇する。手術、運動、低血糖、精神的緊張などで分泌が増えるストレスホルモンの一つである。採血そのものの緊張でも軽度に上がり得るため、測定は安静後に行うのが望ましい。高プロラクチン血症はGnRH分泌を抑えて無月経・乳汁漏出の原因となることから分かるように、プロラクチンの上昇はストレス時の性腺機能低下を促す側に働いている。
ストレス時の主なホルモン変化
・上昇:CRH、ACTH、コルチゾール、アドレナリン・ノルアドレナリン、グルカゴン、成長ホルモン(急性時)、プロラクチン、バソプレシン(ADH)、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系 ・低下:GnRH、LH、FSH、性ステロイド(エストロゲン、テストステロン)、インスリン(交感神経刺激によって分泌が抑えられ、上昇した血糖に見合った量が出ない)
重症疾患時の甲状腺機能
重い病気のときには、甲状腺そのものに異常がなくてもT3が低下することがある。これは非甲状腺疾患症候群(low T3症候群)と呼ばれ、末梢でのT4からT3への変換が減るために起こる。
ストレスによる性腺抑制の臨床的な例
・視床下部性無月経:精神的ストレス、過度の運動、急激な体重減少、神経性やせ症などで起こる。LH・FSHは低値から正常低値を示し、エストロゲンも低い。 ・重症疾患や手術後の男性で、一過性にテストステロンが低下する。
成長ホルモンの急性・慢性の違い
・急性ストレス(低血糖、運動、手術など):上昇する。GH分泌刺激試験の原理でもある。 ・慢性の心理社会的ストレス(愛情遮断症候群など):GH分泌が低下し、成長障害を起こし得る。環境が改善すると分泌が回復するのが特徴である。
POINT
・急性ストレスで上昇する:ACTH・コルチゾール、カテコールアミン、グルカゴン、GH、プロラクチン、ADH ・急性ストレスで低下する:GnRH、LH、FSH(性腺系) ・機序はCRH、コルチゾール、内因性オピオイド、プロラクチンによるGnRHパルス分泌の抑制 ・GHは急性ストレスで上昇するが、慢性の心理社会的ストレスではむしろ低下することがある
