StudyMed医師国家試験

上げた手が下りない―幻聴の先に現れた緊張病症候群を見抜く

第105回医師国家試験 A問題 第23問

国試問題にチャレンジ

第105回 A問題 第23問

35歳の男性。反応が鈍く奇妙な姿勢をとることを心配した会社の上司に伴われて来院した。半年前から上司に「誰もいないのに職場の同僚からの悪口が聞こえてくる」と訴えていた。昨日から「会社に殺される」,「考えていることが会社に筒抜けになる」などと独り言をつぶやいていたかと思うと,黙り込んで開眼したまま無反応になったという。診察時に右手を挙上させるとそのままの姿勢をいつまでも保持する。  最も考えられる診断はどれか。

  1. a.うつ病
  2. b.適応障害
  3. c.緊張病症候群
  4. d.広汎性発達障害
  5. e.Korsakoff症候群

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、精神症状の「状態像」を見極める問題だ。半年前から続いていた症状と、昨日から急に前面に出てきた症状を分けて整理すると見通しがよくなる。まずは半年前からの症状だけど、どう解釈するかな。
医学生医学生
誰もいないのに悪口が聞こえるのは幻聴で、「会社に殺される」は被害妄想だと思います。
ドクタードクター
その通り。対象のない知覚が幻覚で、自分への悪口が聞こえるのは被害的な内容の幻聴だね。では「考えていることが筒抜けになる」は?
医学生医学生
精神科の講義で出てきた考想伝播でしょうか。Schneiderの一級症状に入っていた気がします。
ドクタードクター
正解。自分の考えが他人に伝わってしまうと体験するもので、考想察知とも呼ばれる。自分と外界の境界があいまいになる自我意識の障害のひとつだ。Schneiderの一級症状には、ほかに考想化声、対話性幻聴、考想吹入・考想奪取、作為体験、妄想知覚などがある。幻聴、被害妄想、考想伝播がそろっているから、背景には統合失調症が強く疑われるね。
医学生医学生
じゃあ答えは統合失調症……と思ったら、選択肢にないんですね。
ドクタードクター
そこがこの問題の工夫だ。問われているのは、昨日から急に現れた状態をどう捉えるか。黙り込んで目を開けたまま反応しないこと、持ち上げた手をそのままの位置でいつまでも保つこと、奇妙な姿勢をとること。これらは何を意味すると思う?
医学生医学生
反応がないので、最初は意識障害かと思いました。
ドクタードクター
そう考えるのは自然だけど、目を開けていて、意識そのものは保たれているのに、言葉も動きもなくなっている状態を昏迷という。言葉を発しないのは無言症だ。そして、とらされた姿勢を保ち続けるのがカタレプシー(強硬症)、奇妙な姿勢をとり続けるのが姿勢保持。こうした精神運動性の症状が組み合わさって出てくる状態像を、緊張病症候群、つまりカタトニアと呼ぶんだ。
医学生医学生
精神科の臨床実習で、腕を動かすと蝋細工のように少し抵抗があってそのまま止まる、蝋屈症というのを教わりました。それも同じ仲間ですか。
ドクタードクター
その通り。ほかにも、働きかけに逆らう拒絶症、同じ動作を繰り返す常同症、相手の言葉や動作をまねる反響言語・反響動作、指示に機械的に従う命令自動、目的のない激しい興奮などがある。興奮と昏迷が交代して現れることもあるよ。DSM-5ではこれらのうち3つ以上で緊張病と判断する。では、ほかの選択肢がなぜ違うかも見ておこう。うつ病はどうかな。
医学生医学生
重症のうつ病でも昏迷になることがあると聞いたので、少し迷いました。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。うつ病性昏迷や、罪業妄想・貧困妄想・心気妄想といった気分に一致した妄想を伴うことはある。でも今回は抑うつ気分を示す情報がなく、先行しているのは悪口の幻聴や考想伝播という統合失調症に特徴的な症状だ。だから最も考えられる診断とはいえない。
医学生医学生
適応障害は、職場のストレスが関係していそうでも、幻覚や妄想が出ている時点で違いますね。
ドクタードクター
そうだね。適応障害ははっきりしたストレス因に反応して抑うつや不安などが出るもので、ストレス因が去れば比較的速やかによくなる。幻覚・妄想・自我障害や緊張病症状は、その範囲を超えている。
医学生医学生
広汎性発達障害は幼少期からの特性ですし、Korsakoff症候群はビタミンB1欠乏による記憶障害と作話なので、どちらも経過や症状が合わないと思います。
ドクタードクター
その理解でいい。広汎性発達障害は今の自閉スペクトラム症にほぼ相当し、幼少期から対人関係の障害やこだわりがみられる。35歳まで普通に働いていた人に半年前から幻聴が始まった経過は説明できない。Korsakoff症候群はWernicke脳症に続いて起こることが多く、記銘力障害、見当識障害、作話が中心だ。飲酒歴の情報もなく、症状の質がまったく違う。
医学生医学生
統合失調症という病名ではなく、今目の前にある状態像を答える問題だったんですね。
ドクタードクター
そう、ここが大事なところだ。臨床で特に注意したいのは、緊張病症候群は統合失調症だけでなく、うつ病や双極性障害、自閉スペクトラム症、さらに抗NMDA受容体脳炎などの脳炎、てんかん、肝性脳症や高カルシウム血症などの代謝性疾患、薬物でも起こるという点だ。だから血液検査、頭部画像、脳波などで身体疾患の除外を並行して進める必要がある。
医学生医学生
治療は抗精神病薬でしょうか。
ドクタードクター
第一選択はロラゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬で、効果が乏しいときや重症例では電気けいれん療法が有効だ。抗精神病薬は背景の統合失調症の治療に必要になるけれど、緊張病状態では悪性症候群のリスクがあるので慎重に使う。それから、食事や水分がとれなくなるので、脱水、低栄養、深部静脈血栓症、誤嚥性肺炎といった身体合併症への目配りも欠かせない。発熱や自律神経症状を伴う悪性緊張病は命に関わることもあるんだ。
医学生医学生
精神症状を診ながら、身体の管理もしっかり見る必要があるんですね。
ドクタードクター
その通り。精神科の救急では、身体を診る目がそのまま患者さんの命を守ることにつながるよ。

まとめ

意識は保たれているのに外界に反応しない昏迷、無言症、とらされた姿勢を保ち続けるカタレプシー、奇妙な姿勢の保持などの精神運動性症状が組み合わさった状態像を緊張病症候群(カタトニア)と呼びます。本例では幻聴、被害妄想、考想伝播といった統合失調症を示唆する症状が先行しており、その経過中に緊張病症状が急に前景化したと考えられます。うつ病では気分症状、適応障害では明確なストレス因と非精神病性の症状、自閉スペクトラム症では幼少期からの発達特性、Korsakoff症候群では記銘力障害と作話が中心となる点が鑑別の手がかりです。緊張病は気分障害や脳炎・代謝性疾患などの身体疾患でも起こるため身体的精査が欠かせず、治療はベンゾジアゼピン系薬が第一選択、無効例や重症例では電気けいれん療法が用いられ、抗精神病薬使用時は悪性症候群に注意します。病名だけでなく目の前の状態像を的確に捉える力は、精神科救急で安全な治療につなげるための基本になります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・35歳男性。半年前から「誰もいないのに同僚の悪口が聞こえる」:対象のない知覚である幻覚、なかでも自分についての悪口が聞こえる幻聴(被害的な内容の幻聴)である。 ・「会社に殺される」:被害妄想。 ・「考えていることが会社に筒抜けになる」:自分の考えが他人に伝わってしまう、知られてしまうと体験する考想伝播(考想察知)で、自我意識の障害(自分と外界の境界があいまいになる体験)の一つである。 ・独り言の後に黙り込み、開眼したまま無反応:意識は保たれているのに言葉も動きもなくなる状態で、昏迷(stupor)と無言症(mutism)にあたる。 ・持ち上げられた右手をそのままの姿勢でいつまでも保つ:カタレプシー(強硬症)である。 ・奇妙な姿勢をとる:姿勢保持(posturing)。

診断へのプロセス

幻聴、被害妄想、考想伝播といった陽性症状が半年前から続いており、背景には統合失調症が強く疑われる。そのうえで昨日から、昏迷・無言・カタレプシー・奇妙な姿勢といった精神運動面の著しい異常が急に前景に出てきた。このように、意識障害によらずに、昏迷・カタレプシー・拒絶症・常同症・反響症状などの精神運動性の症状が組み合わさって出現する状態像を緊張病症候群(カタトニア)という。設問は「最も考えられる診断」を状態像として問うており、選択肢の中で本例の病像を最もよく表すのは緊張病症候群である。

臨床上の注意

緊張病症候群は統合失調症(かつての緊張型)に限らず、うつ病・双極性障害などの気分障害、自閉スペクトラム症、さらに脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)、てんかん、代謝性疾患(肝性脳症、高カルシウム血症など)、薬物の影響などの身体的原因でも起こる。したがって実際の診療では、身体疾患の除外(血液検査、頭部画像、脳波など)を並行して行う必要がある。また、摂食・飲水ができなくなるため脱水、低栄養、深部静脈血栓症、誤嚥性肺炎などの身体合併症にも注意する。

選択肢考察

  1. ×a.  うつ病

    うつ病は抑うつ気分と興味・喜びの喪失を中核とし、意欲低下、不眠、食欲低下、自責感、希死念慮などを伴う。重症例では思考や行動が極端に抑制されてうつ病性昏迷に至ったり、罪業妄想・貧困妄想・心気妄想といった気分に一致した妄想を伴ったりすることもある。しかし本例は抑うつ気分を示す情報がなく、同僚の悪口の幻聴や考想伝播といった統合失調症に特徴的な症状が先行しているため、うつ病は最も考えられる診断ではない。

  2. ×b.  適応障害

    適応障害は、はっきりしたストレス因(職場の異動、人間関係など)に反応して、通常その出現から3か月以内に抑うつ・不安・行動の問題などが現れ、社会生活に支障をきたすものである。ストレス因がなくなれば比較的速やかに改善する。幻覚・妄想・自我障害や緊張病症状のような精神病症状は適応障害の範囲を超えており、本例には当てはまらない。

  3. ○c.  緊張病症候群

    緊張病症候群(カタトニア)は、昏迷、カタレプシー、蝋屈症(他動的に動かされた姿勢を蝋細工のように保つ)、無言症、拒絶症、姿勢保持、わざとらしさ、常同症、興奮、しかめ面、反響言語、反響動作などの精神運動性症状を特徴とする状態像である。興奮(緊張病性興奮)と昏迷(緊張病性昏迷)が交代して現れることもある。本例では開眼したままの無反応(昏迷)、無言、持ち上げた手をいつまでも保つカタレプシー、奇妙な姿勢がそろっており、幻聴・被害妄想・考想伝播を伴うことから統合失調症を背景とした緊張病症候群と考えられる。

  4. ×d.  広汎性発達障害

    広汎性発達障害は、現在の診断基準では自閉スペクトラム症(ASD)にほぼ相当する概念で、幼少期から社会的コミュニケーション・対人相互関係の障害と、限定された興味や反復的な行動(こだわり)がみられる発達の障害である。35歳まで社会生活を送っていた本例で、半年前から幻聴・妄想が出現し、急に昏迷とカタレプシーをきたした経過は発達障害では説明できない。なお自閉スペクトラム症でも緊張病症状を呈することはあるが、本例の病歴とは合わない。

  5. ×e.  Korsakoff症候群

    Korsakoff症候群は、主にアルコール多飲や低栄養によるビタミンB1(チアミン)欠乏で起こる健忘症候群で、記銘力障害(新しいことを覚えられない)、逆向健忘、見当識障害、作話を特徴とする。多くはWernicke脳症(意識障害、眼球運動障害、失調性歩行)に続いて起こる。本例には飲酒歴の情報がなく、記憶障害や作話ではなく幻聴・妄想と緊張病症状が主体であるため該当しない。

緊張病症候群(カタトニア)の主な症状

・昏迷:意識は保たれているのに、外界からの刺激にほとんど反応せず、自発的な言動もない状態。 ・カタレプシー(強硬症):とらされた姿勢を長時間保ち続ける。 ・蝋屈症:他動的に四肢を動かすと、蝋のような軽い抵抗があり、そのままの形で止まる。 ・拒絶症:指示や働きかけに対して抵抗したり、逆のことをしたりする。 ・無言症:言葉をほとんど発しない。 ・常同症:同じ動作・言葉・姿勢を意味なく繰り返す。 ・反響言語・反響動作:相手の言葉や動作をそのまままねる。 ・命令自動:指示されるままに機械的に従う。 ・緊張病性興奮:目的のない激しい興奮。 DSM-5では、これらのうち3つ以上がみられるときに緊張病と判断し、統合失調症、気分障害などの精神疾患に伴うもの、身体疾患によるもの、特定不能のものに分けて扱う。

治療の要点

・ベンゾジアゼピン系薬(ロラゼパムなど)が第一選択で、効果が乏しい場合や重症例では電気けいれん療法(ECT)が有効である。 ・抗精神病薬は背景の統合失調症の治療に必要となるが、緊張病状態では悪性症候群(高熱、筋強剛、意識障害、CK上昇などを呈する重篤な副作用)のリスクがあり、慎重に用いる。 ・発熱や自律神経症状を伴う悪性緊張病は致死的となりうる。

Schneiderの一級症状

統合失調症の診断に重視されてきた症状で、考想化声、対話性幻聴、自分の行為を批評する幻聴、身体への被影響体験、考想吹入・考想奪取・考想伝播などの思考への干渉、作為体験(させられ体験)、妄想知覚が含まれる。本例の「考えが筒抜けになる」体験はこのうち考想伝播にあたる。

統合失調症の病型(従来分類)

妄想型(幻覚・妄想が主体、比較的発症年齢が高い)、破瓜型(解体型。思春期に発症し、感情の平板化・思考の解体が目立つ)、緊張型(20歳前後に急性発症し、緊張病性の興奮・昏迷を示す)などに分けられてきた。DSM-5ではこれらの病型分類は廃止され、緊張病は特定用語として記載される。

POINT

・昏迷+無言+カタレプシー(とらされた姿勢を保ち続ける)+奇妙な姿勢 → 緊張病症候群(カタトニア)。 ・幻聴、被害妄想、考想伝播などが先行していれば、背景に統合失調症を考える。 ・緊張病は統合失調症以外に、気分障害、自閉スペクトラム症、脳炎・代謝性疾患などの身体疾患でも起こるため、身体疾患の除外が必要。 ・治療はベンゾジアゼピン系薬、無効・重症なら電気けいれん療法。抗精神病薬使用時は悪性症候群に注意。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。