StudyMed医師国家試験

腹筋に力を入れると消える右下腹部のしこり―触診ひとつで見抜く上行結腸癌

第105回医師国家試験 A問題 第22問

国試問題にチャレンジ

第105回 A問題 第22問

55歳の男性。腹部不快感を主訴に来院した。2か月前から右下腹部の不快感を間欠的に自覚していた。腹部の視診と聴診とに異常を認めない。右下腹部に,腹筋の緊張時には触知しないが,弛緩時には5×4 cm大の腫瘤を触知する。腫瘤は弾性硬で圧痛はなく,拍動を認めない。  最も考えられるのはどれか。

  1. a.腸重積症
  2. b.上行結腸癌
  3. c.腹部大動脈瘤
  4. d.腹壁デスモイド
  5. e.腹壁瘢痕ヘルニア

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、右下腹部に触れる腫瘤の正体を考える問題だ。注目してほしいのは2点。ひとつは「腹筋を緊張させると触れず、ゆるめると触れる」という触診所見、もうひとつは「軽い不快感だけが数か月続いている」という経過だ。まず、腹筋の緊張で触れ方が変わることには、どんな意味があると思う?
医学生医学生
腹筋に力を入れると触れなくなるということは……腫瘤が腹筋より奥にあって隠れてしまう、ということでしょうか。
ドクタードクター
その通り。腹部の腫瘤を触れたら、まず「腹壁にあるのか、腹腔内にあるのか」を区別するのが基本なんだ。仰臥位で頭や両脚を少し持ち上げてもらって腹筋を緊張させると、腹腔内の腫瘤は硬くなった腹筋に遮られて触れにくくなる。逆に腹壁の腫瘤は、緊張させても触れるし、むしろはっきりすることが多い。
医学生医学生
診断学の講義で習ったCarnett徴候と同じ発想ですね。あれは腹痛が腹壁由来かどうかを見分ける方法でした。
ドクタードクター
よく結びつけたね。考え方はまったく同じだよ。今回の腫瘤は腹腔内にあると判断できる。では、右下腹部の腹腔内にある、圧痛のない弾性硬の腫瘤で、拍動もない。何が浮かぶかな。
医学生医学生
場所から考えると回盲部や上行結腸です。でも大腸癌なら、便秘や血便がもっと出そうな気がします。
ドクタードクター
そこが大事なポイントなんだ。大腸癌の症状は、右側か左側かで大きく違う。上行結腸は内腔が広く、中を通る便もまだ液状だから、腫瘍がかなり大きくなっても詰まりにくい。そのため便通異常は目立たず、腹部腫瘤や、慢性的な出血による鉄欠乏性貧血、軽い不快感、体重減少などで見つかることが多いんだ。
医学生医学生
なるほど、だから2か月も「なんとなく不快」程度で済んでいたんですね。左側だとどうなりますか。
ドクタードクター
下行結腸やS状結腸は内腔が狭く、便も固形になっているから、便秘や下痢、便が細くなる、腸閉塞、血便といった症状が出やすい。直腸なら鮮血便やしぶり腹が目立つ。今回の経過と触診所見は、上行結腸癌に最もよく合うわけだ。ほかの候補も確認しておこう。腸重積症はどうかな。
医学生医学生
小児科の講義で、間欠的に泣く乳幼児、イチゴゼリー状の血便、ソーセージ様の腫瘤と習いました。成人ではあまり聞かない印象です。
ドクタードクター
典型像は小児だね。成人の腸重積は大腸癌やポリープ、脂肪腫などが先進部となる二次性が多く、症状が非典型的なこともある。ただ、多くは腸閉塞症状や締め付けるような腹痛を伴う。軽い不快感だけで圧痛のない腫瘤を触れる今回の経過では、最も考えられる診断とは言いにくい。
医学生医学生
腹部大動脈瘤は、拍動がないことと場所で外せそうです。
ドクタードクター
そうだね。腹部大動脈は臍の高さあたりで総腸骨動脈に分かれるから、大動脈瘤は臍周囲から上腹部の正中付近に、拍動性で膨張性の腫瘤として触れる。右下腹部で拍動なし、という時点で否定的だ。では腹壁デスモイドと腹壁瘢痕ヘルニアは?
医学生医学生
どちらも腹壁の病変なので、腹筋を緊張させても触れるはず、という理由で外せますか。
ドクタードクター
まさにそれが最大の根拠だね。加えて特徴も押さえておこう。デスモイドは筋膜や腱膜から生じる線維性腫瘍で、転移はしないが局所で浸潤性に増え、再発しやすい。腹直筋に好発し、出産後の女性、腹部手術後、家族性大腸腺腫症に合併しやすい。腹壁瘢痕ヘルニアは開腹手術の創の筋膜が離開して腸や大網が出てくるもので、手術痕があり、腹圧で膨らみ、柔らかくて還納できるのが特徴だ。視診で異常がない今回とは合わない。
医学生医学生
腹壁か腹腔内かで絞り込み、場所と経過で上行結腸癌にたどり着く流れですね。消化器内科の実習で、貧血の精査から右側結腸癌が見つかった患者さんがいたのを思い出しました。
ドクタードクター
いい経験をしているね。中高年の原因不明の鉄欠乏性貧血では、消化管、とくに右側結腸を必ず疑う、というのは臨床の鉄則だ。確定診断には下部消化管内視鏡と生検、進展度の評価には造影CTを行う。それから、腫瘤の触診では、部位、大きさ、硬さ、表面の性状、圧痛、可動性、呼吸性移動、拍動、そして腹壁との関係を系統的に確認する習慣をつけておこう。呼吸で動くなら肝臓・脾臓・腎臓など横隔膜に近い臓器、拍動性なら大動脈瘤、と性状ごとに手がかりがある。
医学生医学生
右下腹部の腫瘤なら、ほかに虫垂膿瘍やCrohn病、腸結核、悪性リンパ腫も鑑別に入りますね。
ドクタードクター
その通り。虫垂膿瘍なら発熱や圧痛を伴うし、Crohn病なら若年で下痢や腹痛、肛門病変が手がかりになる。女性なら卵巣腫瘍も忘れずに。所見ひとつひとつの意味を考えて、鑑別を狭めていこう。

まとめ

腹部腫瘤を触れたときは、まず腹筋を緊張させて触れ方の変化を確認し、緊張時に触れにくくなれば腹腔内、緊張しても触れる(より明瞭になる)なら腹壁由来と判断します。右下腹部の腹腔内に、圧痛・拍動のない弾性硬の腫瘤があり、軽い不快感が数か月続く経過は上行結腸癌に合致します。右側結腸は内腔が広く便が液状のため閉塞症状が出にくく、腹部腫瘤や鉄欠乏性貧血を契機に発見されやすい一方、左側結腸癌は便通異常や腸閉塞、血便で見つかりやすいという違いがあります。拍動性の腫瘤は大動脈瘤、手術痕と還納性の柔らかい膨隆は腹壁瘢痕ヘルニア、腹壁の硬い腫瘤はデスモイドと、性状と局在から鑑別できます。系統的な触診で腫瘤の局在と性状を読み解く力は、画像検査に進む前の診断の方向づけに欠かせません。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・55歳男性。2か月前から続く右下腹部の間欠的な不快感。強い痛みや急性の経過ではない。 ・視診・聴診に異常なし:手術痕、膨隆、腸蠕動音の亢進や金属音(腸閉塞を示唆する音)などはない。 ・右下腹部に5×4 cm大の腫瘤。腹筋を緊張させると触れず、弛緩させると触れる。 ・腫瘤は弾性硬、圧痛なし、拍動なし。

腫瘤の局在の見分け方

腹部腫瘤を触れたときは、まずそれが腹壁にあるのか腹腔内にあるのかを区別する。仰臥位で頭や両下肢を持ち上げさせて腹筋を緊張させると、腹腔内の腫瘤は硬くなった腹筋に隠れて触れにくくなり、腹壁の腫瘤は逆にはっきり触れる(あるいは変わらず触れる)。これは腹壁由来の痛みを見分けるCarnett徴候と同じ考え方である。本例は緊張時に触れず弛緩時に触れるので、腫瘤は腹壁より深い腹腔内にあると判断できる。

診断へのプロセス

腹腔内の右下腹部(回盲部~上行結腸の領域)に、数か月の経過で見つかった、圧痛のない弾性硬の腫瘤である。拍動がないため血管病変は考えにくく、強い腹痛がないため急性の腸重積症も考えにくい。この部位でこのような性状を示す腫瘤として最も頻度が高く重要なのは、盲腸~上行結腸の癌(右側結腸癌)である。右側結腸は内腔が広く、内容物もまだ液状であるため、癌があっても閉塞症状や便通異常が出にくく、腹部腫瘤や鉄欠乏性貧血、軽い腹部不快感などで見つかることが多い。本例の経過はこれによく合致する。確定診断には下部消化管内視鏡検査と生検、進展度評価には造影CTなどを行う。

選択肢考察

  1. ×a.  腸重積症

    腸管の一部が隣接する腸管内に引き込まれる病態で、小児(特に乳幼児)に多く、回盲部に好発する。小児では間欠的啼泣(強い腹痛)、嘔吐、イチゴゼリー状の血便、右上腹部のソーセージ様腫瘤、右下腹部が空虚に触れるDance徴候が典型である。成人では腫瘍(大腸癌、脂肪腫、ポリープなど)が先進部となる二次性のものが多い。成人例では症状が非典型的なこともあるが、多くは腸閉塞症状や締め付けるような腹痛を伴う。本例のように軽い不快感のみで、圧痛のない腫瘤を触れる経過では最も考えられる診断とはいえない。

  2. ○b.  上行結腸癌

    腹腔内の右下腹部に、圧痛・拍動のない弾性硬の腫瘤を触れ、数か月にわたる軽い不快感のみという経過は上行結腸癌に合致する。上行結腸は内腔が広く便も液状であるため、腫瘍が大きくなっても狭窄症状が出にくく、無症状のまま進行して腹部腫瘤、貧血(慢性的な出血による鉄欠乏性貧血)、体重減少などを契機に発見されることが多い。これに対し左側結腸癌(下行結腸・S状結腸)は内腔が狭く便が固形のため、便通異常や腸閉塞、血便で発見されやすい。

  3. ×c.  腹部大動脈瘤

    腹部大動脈は臍の高さ付近で左右の総腸骨動脈に分かれるため、腹部大動脈瘤は通常、臍周囲~上腹部の正中付近に、拍動性で膨張性の腫瘤として触れる。無症状で健診や他疾患の検査中に偶然見つかることが多い。本例は右下腹部の腫瘤で拍動を認めないため否定的である。

  4. ×d.  腹壁デスモイド

    デスモイド(デスモイド型線維腫症)は筋膜・腱膜などの結合組織から発生する線維性腫瘍で、転移はしないが局所で浸潤性に増殖し再発しやすい。腹壁では腹直筋などに好発し、妊娠・出産後の女性、腹部手術後、家族性大腸腺腫症(Gardner症候群)に合併しやすい。境界不明瞭で非常に硬く、通常は圧痛に乏しい。腹壁の腫瘤であるため腹筋を緊張させても触れるはずであり、緊張時に触れない本例の所見とは合わない。

  5. ×e.  腹壁瘢痕ヘルニア

    開腹手術の創部の筋膜が離開し、そこから腹腔内臓器(主に大網や小腸)が脱出するものである。手術痕があること、立位や腹圧をかけたときに膨隆が目立つこと、還納できる柔らかい(弾性軟)腫瘤であることが特徴である。本例は視診で異常がなく手術痕もないと考えられ、腫瘤は弾性硬で、腹圧をかけると触れなくなるという点も矛盾する。

腹部腫瘤の触診で確認すべき項目

部位、大きさ、形、表面の性状(平滑か凹凸不整か)、硬さ(軟・弾性軟・弾性硬・硬)、圧痛の有無、可動性、呼吸性移動、拍動・波動の有無、腹壁との関係(腹筋を緊張させたときの変化)を系統的に評価する。 ・呼吸性移動がある:肝臓、脾臓、腎臓、胆嚢など横隔膜の動きに伴って動く臓器由来を考える。 ・拍動性で膨張性:大動脈瘤。 ・腹筋の緊張で触れやすくなる:腹壁の腫瘤(デスモイド、脂肪腫、腹壁ヘルニアなど)。 ・腹筋の緊張で触れにくくなる:腹腔内の腫瘤。

右下腹部腫瘤の主な鑑別

盲腸・上行結腸癌、虫垂膿瘍(虫垂炎の穿孔後。発熱・圧痛を伴う)、Crohn病の炎症性腫瘤、腸結核、回盲部の悪性リンパ腫、腸重積症、卵巣腫瘍(女性)、移動盲腸など。

右側結腸癌と左側結腸癌の違い

・右側(盲腸・上行結腸・横行結腸右側):内腔が広く内容物が液状のため閉塞しにくい。腹部腫瘤、貧血、体重減少で見つかることが多く、発見時に進行していることがある。 ・左側(下行結腸・S状結腸):内腔が狭く便が固形化しているため、便通異常(便秘・下痢、便柱狭小化)、腸閉塞、血便を呈しやすい。 ・直腸:鮮血便、残便感、テネスムス(しぶり腹)などが目立つ。

POINT

・腹筋を緊張させると触れなくなる腫瘤は腹腔内、緊張させても触れる(より明瞭になる)腫瘤は腹壁由来。 ・右下腹部の圧痛のない弾性硬の腫瘤、軽い症状の数か月の経過 → 右側結腸癌(盲腸・上行結腸癌)を第一に考える。 ・右側結腸癌は閉塞症状が出にくく、腹部腫瘤や鉄欠乏性貧血で発見されやすい。 ・拍動性腫瘤は大動脈瘤、手術痕と還納性の柔らかい膨隆は腹壁瘢痕ヘルニア、腹壁の非常に硬い腫瘤はデスモイド。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。