栄養を入れても戻らない―不応性悪液質とがん細胞の「燃費の悪い」代謝
第120回医師国家試験 F問題 第66問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,64~66の問いに答えよ。 70歳の男性。血便を主訴に来院した。 現病歴:6か月前から便秘が数日間続いたあとに下痢をするという便通異常を繰り返していた。3日前から便秘があり,今朝,下痢をした後に血便を認めたため救急外来を受診した。 既往歴:糖尿病で内服治療中。薬物アレルギーの既往はない。 生活歴:5年前に会社を退職し,妻と同居している。娘は2人おり,同居はしていない。喫煙は受診時まで10本/日を40年間。飲酒は機会飲酒。 家族歴:父は75歳時に胃癌で死亡。母は86歳時に肺炎で死亡。 現症:意識は清明。身長163cm,体重54kg。体温36.5℃。脈拍100/分,整。血圧150/80mmHg。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜は軽度貧血様である。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腹部全体に圧痛は認めない。直腸指診で腫瘤を触知しない。 検査所見:血液所見:赤血球350万,Hb 10.5g/dL,Ht 30%,白血球7,800,血小板25万,PT-INR 1.1(基準0.9~1.1),APTT 32.0秒(基準対照32.2),Dダイマー0.9μg/mL(基準1.0以下)。血液生化学所見:アルブミン3.2g/dL,AST 26U/L,ALT 17U/L,尿素窒素25mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL,血糖85mg/dL,HbA1c 6.6%(基準4.9~6.0),CEA 6.0ng/mL(基準5以下),CA19-9 30U/mL(基準37以下)。CRP 0.1mg/dL。腹部エックス線写真で大腸ガス像を認め,小腸ガス像は認めなかった。
術後は転居などで外来受診が滞っていた。術後4年経過して,倦怠感が強く,日中ほとんどの時間を横になって過ごすようになり,食事が摂れなくて体重が1か月前から10kg減ったとのことで受診した。画像検査で,多発肝腫瘍,多発肺腫瘍および多発リンパ節腫大を認めた。入院し中心静脈栄養を行ったが栄養状態は改善せず,全身状態はさらに悪化し,耐糖能異常や浮腫を認めるようになった。 この患者の病態で正しいのはどれか。
- a.前悪液質である。
- b.経腸栄養で体重が増加する。
- c.骨格筋の筋量は保たれている。
- d.薬物による抗癌治療の適応である。
- e.がん細胞のエネルギー代謝が関連する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
医学生
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医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
がん悪液質は、通常の栄養補給では回復しない骨格筋量の持続的減少を特徴とする多因子性の代謝異常症候群で、前悪液質、悪液質、不応性悪液質の順に進行します。病態の中心には、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)や腫瘍由来因子による蛋白・脂肪の分解亢進とインスリン抵抗性、そしてWarburg効果による大量のブドウ糖消費とCori回路によるエネルギー浪費といった、がん細胞のエネルギー代謝の異常があります。急速な高度の体重減少、PSの著しい低下、中心静脈栄養への不応は不応性悪液質を示し、この段階では栄養投与で体重は増えず、過剰な輸液は浮腫などを悪化させ、抗がん薬治療の適応もなく緩和ケアが中心となります。一方で前悪液質・悪液質の段階では栄養・運動・薬物による介入が意味をもつため、病期を見極めることが重要です。単なる飢餓との違いを代謝の視点から理解することは、がん患者の栄養管理や治療方針を判断するうえでの基盤となります。
解答・解説
正解はeです
症例の経過
70歳の男性で、便秘と下痢の反復・血便・貧血・CEA軽度上昇から大腸癌と診断され、手術を受けた。術後は転居などで外来通院が途絶え、定期的な再発チェックがされないまま4年が経過した。今回、強い倦怠感のため日中の大半を横になって過ごし、食事が摂れず、1か月で10kgの体重減少をきたして受診した。画像検査で多発肝腫瘍・多発肺腫瘍・多発リンパ節腫大を認め、大腸癌の再発・多臓器転移と考えられる。
病態の評価
・体重減少: 初診時の体重54kgを目安にすると、1か月で10kgは約18%の減少にあたり、極めて急速かつ高度である。 ・全身状態: 日中のほとんどを臥床して過ごしており、パフォーマンスステータス(PS: 日常生活の活動度を0〜4で表す指標)は3程度と高度に低下している。 ・栄養療法への反応: 中心静脈栄養で十分なエネルギーを投与しても栄養状態は改善せず、かえって耐糖能異常(高血糖)や浮腫が出現している。投与した栄養を体が利用できず、むしろ代謝の負担や水分貯留を招いている状態である。 これらは、がんに伴う代謝異常によって、通常の栄養補給では回復しない骨格筋量の減少と体重減少が進行する「がん悪液質」の像であり、しかも抗がん治療にも栄養療法にも反応しない最終段階「不応性悪液質」に至っていると判断できる。
設問の考え方
がん悪液質の病期分類(前悪液質・悪液質・不応性悪液質)と、その本質が「食べられないこと」だけではなく、腫瘍と宿主の反応による全身性の代謝異常(炎症性サイトカインの増加、蛋白異化の亢進、インスリン抵抗性、がん細胞自身の特異なエネルギー代謝など)である点を理解しているかが問われている。
選択肢考察
- ×a. 前悪液質である。
前悪液質は、体重減少が過去6か月で5%以下にとどまり、食欲不振や代謝異常(軽度の炎症反応や耐糖能異常など)が出はじめた初期段階をさす。本例は1か月で約18%という高度な体重減少があり、PSも著しく低下し、中心静脈栄養にも反応しないことから、前悪液質はもとより悪液質の段階も越え、不応性悪液質に相当する。
- ×b. 経腸栄養で体重が増加する。
悪液質では、炎症性サイトカインや腫瘍由来因子の作用で筋蛋白の分解と脂肪分解が亢進し、インスリン抵抗性も生じているため、投与した栄養素を同化(体の組織をつくること)に利用できない。本例ではすでに中心静脈栄養でも栄養状態が改善していないのであるから、投与経路を経腸栄養に変えても体重の増加は期待できない。不応性悪液質の段階では、過剰な栄養や輸液はむしろ高血糖、浮腫、胸水・腹水、気道分泌の増加などを悪化させるため、投与量を減らすことが勧められる。
- ×c. 骨格筋の筋量は保たれている。
がん悪液質の中心的な特徴は骨格筋量の持続的な減少(筋萎縮)であり、脂肪組織の減少を伴うこともある。TNF-α(腫瘍壊死因子α)、IL-6(インターロイキン6)などの炎症性サイトカインや腫瘍由来因子により、ユビキチン・プロテアソーム系を介した筋蛋白の分解が亢進し、蛋白合成は低下する。単純な飢餓ではまず脂肪が消費され筋肉は比較的温存されるのに対し、悪液質では早期から骨格筋が失われる点が異なる。本例の強い倦怠感や臥床傾向もこの筋量減少を反映している。
- ×d. 薬物による抗癌治療の適応である。
化学療法などの薬物療法は、PSが保たれ(一般にPS 0〜2程度)、臓器機能が十分である患者で効果と安全性が期待できる。本例はPSが3程度に低下し、多臓器転移とともに栄養療法にも反応しない不応性悪液質に至っており、予測される生命予後は一般に3か月未満とされる段階である。抗がん薬による利益よりも毒性による害が上回るため適応とはならず、苦痛の緩和と生活の質の維持を目的とした緩和ケアが治療の中心となる。
- ○e. がん細胞のエネルギー代謝が関連する。
がん細胞は酸素が十分にあっても、ブドウ糖をミトコンドリアでの酸化的リン酸化ではなく解糖系で代謝して乳酸をつくる傾向がある(Warburg効果、好気的解糖)。この経路はブドウ糖1分子あたりに得られるATPが少なく、腫瘍は大量のブドウ糖を消費する。生じた乳酸は肝臓でエネルギーを使ってブドウ糖に再合成され(Cori回路)、宿主のエネルギーを浪費させる。さらに、腫瘍と宿主の免疫細胞から放出される炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6、IL-1など)や腫瘍由来の分解誘導因子が、筋蛋白・脂肪の分解、食欲低下、インスリン抵抗性を引き起こす。このように、がん細胞のエネルギー代謝を起点とする全身の代謝異常が悪液質の病態に深く関わっており、本例の耐糖能異常もその一端である。
がん悪液質の定義
通常の栄養サポートでは完全に回復できない、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量の減少の有無は問わない)を特徴とし、進行性の機能障害をもたらす多因子性の症候群である。病態の根底には、食事摂取量の減少と代謝異常の組み合わせによる、蛋白とエネルギーの負のバランスがある。
診断の目安(国際的なコンセンサス)
以下のいずれかを満たす場合に悪液質とする。 ・過去6か月間で5%を超える体重減少 ・BMI 20未満で、2%を超える体重減少 ・骨格筋量の減少(サルコペニア)があり、2%を超える体重減少
病期分類
1. 前悪液質: 体重減少5%以下、食欲不振、代謝異常がみられる段階。早期からの栄養・運動介入が有効とされる。 2. 悪液質: 上記の診断基準を満たす段階。食事摂取量の減少や全身性炎症を伴うことが多い。多職種による栄養・運動・薬物療法の複合的介入が行われ、日本ではグレリン様作用薬アナモレリンが一部のがん種(非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌)の悪液質に使用可能である。 3. 不応性悪液質: がんの進行により異化が亢進し、抗がん治療に反応せず、PSが低く(WHO/ECOGで3〜4)、予測される生命予後が3か月未満の段階。治療の目標は体重回復ではなく症状緩和と生活の質の維持へと移る。
悪液質の病態に関わる主な因子
・炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6、IFN-γ): 食欲低下、筋蛋白分解、脂肪分解、肝での急性期蛋白産生(CRP上昇)、インスリン抵抗性を引き起こす。 ・腫瘍由来因子: 蛋白分解誘導因子(PIF)、脂質動員因子(LMF)など。 ・がん細胞の代謝: Warburg効果による大量のブドウ糖消費と乳酸産生、Cori回路によるエネルギーの浪費。 ・その他: 食欲を調節する視床下部の機能異常、味覚変化、消化管通過障害、抑うつなどによる摂取量低下。
終末期の輸液・栄養
不応性悪液質の段階では、高カロリー輸液や大量の輸液は体重や生命予後を改善せず、浮腫、胸水・腹水、気道分泌増加による苦痛を増やしうる。患者の希望と症状をみながら、輸液量を減量・中止することも検討する。
POINT
・がん悪液質は、通常の栄養補給では回復しない骨格筋量の減少を特徴とする多因子性の代謝異常症候群である。 ・病期は前悪液質(体重減少5%以下)→悪液質(6か月で5%超の体重減少など)→不応性悪液質(抗がん治療に不応、PS 3〜4、予後3か月未満)と進む。 ・炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)とがん細胞のエネルギー代謝(Warburg効果)が病態の中心で、インスリン抵抗性による耐糖能異常も生じる。 ・不応性悪液質では栄養投与で体重は増えず、過剰な栄養・輸液は浮腫などを悪化させる。抗がん薬治療の適応はなく緩和ケアが中心となる。 ・大腸癌術後は定期的な画像検査とCEAによる再発監視が重要である(再発は肝・肺に多い)。
