球のように出てくるもの―子宮脱に隠れた膀胱瘤が「尿の出にくさ」を生む理由
第104回医師国家試験 I問題 第56問
国試問題にチャレンジ
56歳の女性。3回経産。歩行時に腟から球のようなものが出てくることを主訴に来院した。既往歴と家族歴とに特記すべきことはない。外陰部の診察で腟前壁と子宮頸部とが腟口から球状に飛び出している。尿所見:蛋白(-),糖(-),沈渣に赤血球1~3/1視野,白血球0~2/1視野。 みられるのはどれか。
- a.血便
- b.性交痛
- c.排尿痛
- d.排尿困難
- e.不正出血
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
子宮脱は多産の閉経後女性に多く、経腟分娩による骨盤底支持組織の損傷とエストロゲン低下による脆弱化が背景となり、脱出感は立位・歩行で増悪し臥位で軽快します。腟前壁の脱出は膀胱瘤を意味し、尿道の屈曲によって排尿困難・残尿感・頻尿などの排尿障害が生じます。一方、腟後壁の脱出である直腸瘤では便秘・残便感などの排便障害が現れ、排尿痛は炎症、血便は腸管病変で考える症状です。長期脱出例では摩擦によるびらん・出血も起こりえますが、二次的変化にすぎません。治療は骨盤底筋訓練やペッサリーから手術まで幅広く、「どの臓器が脱出しているか」から症状を推定する解剖学的な発想が、骨盤臓器脱の診療の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・56歳、3回経産:閉経後であり、経腟分娩を複数回経験している。分娩による骨盤底(肛門挙筋、基靱帯・仙骨子宮靱帯などの支持組織)の損傷に、閉経後のエストロゲン低下による組織の脆弱化が加わり、骨盤臓器脱の典型的な背景となる。 ・歩行時に腟から球状のものが出てくる:立位・歩行・いきみなど腹圧がかかると下垂・脱出が増悪し、臥位で戻るのが骨盤臓器脱(性器脱)の特徴である。 ・腟前壁と子宮頸部が腟口から球状に突出:子宮頸部が腟口を越えて下降していることから子宮脱であり、同時に腟前壁も脱出している。腟前壁のすぐ裏には膀胱があるため、腟前壁の脱出は膀胱瘤(膀胱が腟前壁ごと下垂・膨隆した状態)を伴っていることを意味する。 ・尿所見:蛋白・糖は陰性で、沈渣の赤血球1〜3/視野、白血球0〜2/視野はほぼ正常範囲(一般に赤血球・白血球とも5/視野未満を正常とすることが多い)である。尿路感染症を示唆する所見はない。
診断
膀胱瘤を伴う子宮脱(骨盤臓器脱)と診断できる。骨盤臓器脱は問診と視診・内診でほぼ診断がつく疾患である。
設問の考え方
本問は「この患者にみられる症状」を問うている。脱出しているのが子宮と腟前壁(膀胱側)であることに注目する。膀胱が下垂すると、膀胱頸部から尿道にかけての角度が変わり、脱出した膀胱瘤の部分で尿道が折れ曲がる(キンクする)ため、尿の出口が狭くなって排尿困難・残尿感が生じる。さらに残尿による頻尿、尿意切迫感、場合により尿閉もみられる。つまり、どの臓器が脱出しているかを考えれば、どの系統の症状が出るかを推定できる。一方、後壁側の直腸瘤は本例では記載がないので、排便症状を積極的に考える根拠はない。
選択肢考察
- ×a. 血便
血便は直腸・肛門や大腸の病変(痔核、大腸癌、炎症性腸疾患など)で生じる症状である。本例で脱出しているのは子宮と腟前壁(膀胱側)であり、腸管粘膜の損傷を示す所見はない。腟後壁の脱出である直腸瘤を合併していれば便秘・残便感・排便困難(用手的に腟後壁を押さえないと排便できない)などが起こりうるが、それでも血便は典型的な症状ではない。
- ×b. 性交痛
子宮や腟壁が腟口の外へ脱出すると腟腔が浅くなり、性交そのものが困難になることはある。しかし、骨盤臓器脱の代表的な症状として性交痛が問われることはなく、本例のような膀胱瘤を伴う子宮脱で「みられる」症状として選ぶべきものではない。性交痛は萎縮性腟炎(閉経後のエストロゲン低下による腟粘膜の菲薄化)や子宮内膜症などで典型的にみられる症状である。
- ×c. 排尿痛
排尿痛は主に膀胱炎・尿道炎など下部尿路の炎症で起こる症状である。本例の尿沈渣は白血球0〜2/視野と正常範囲で、膿尿はなく尿路感染症は示唆されない。骨盤臓器脱では残尿のために二次的に膀胱炎を起こすことはあるが、脱出そのものによる症状は排尿困難、頻尿、残尿感、尿意切迫感などの排尿障害であり、炎症性の排尿痛ではない。
- ○d. 排尿困難
腟前壁とともに膀胱が下垂する膀胱瘤では、脱出した膀胱の部分で尿道が屈曲・圧迫され、尿道が機能的に狭くなる。その結果、尿が出にくい(排尿開始の遅れ、尿勢低下、排尿に時間がかかる)という排尿困難が生じ、残尿感や残尿による頻尿も伴う。患者が脱出部を手で押し戻すと排尿しやすくなることもこの機序を裏付ける。本例は膀胱瘤を伴う子宮脱であり、排尿困難は最も典型的にみられる症状である。
- ×e. 不正出血
腟口外へ長く脱出した子宮腟部や腟壁は、下着との摩擦や乾燥により角化・びらん・潰瘍を生じ、少量の出血をきたすことがある。したがってまったく起こらないわけではないが、脱出が高度・長期化した場合の二次的な変化であり、頻度も症状の程度も排尿障害に比べて小さい。本例では出血に関する訴えや潰瘍の記載もなく、「みられる」症状として最も適切なのは排尿困難である。なお、閉経後の不正出血では子宮体癌などの悪性疾患を除外することが重要である。
骨盤臓器脱(pelvic organ prolapse:POP)とは
子宮、膀胱、直腸などの骨盤内臓器が、骨盤底の支持組織の脆弱化によって腟内へ下垂し、ときに腟口の外へ脱出する状態の総称である。従来は性器脱とも呼ばれた。脱出する部位により以下のように分類される。 ・子宮脱:子宮が下降し、子宮頸部が腟口に近づく・越えるもの ・膀胱瘤:腟前壁とともに膀胱が下垂するもの ・直腸瘤:腟後壁とともに直腸前壁が腟内へ膨隆するもの ・小腸瘤:ダグラス窩(直腸子宮窩)に小腸が入り込み、腟後壁上部を押し下げるもの ・腟断端脱:子宮摘出後に腟の断端が脱出するもの 実際には複数が合併することが多く、本例のように子宮脱に膀胱瘤を伴う例はよくみられる。
危険因子
経腟分娩(特に多産、巨大児、遷延分娩)、加齢、閉経によるエストロゲン低下、肥満、慢性的な腹圧上昇(慢性便秘、慢性咳嗽、重い物を持つ作業)、子宮摘出術の既往、結合組織の脆弱性など。性感染症(STD)とは関係しない。
重症度分類(POP-Q分類)
処女膜(腟口)を基準点0とし、最も下降した部位の位置で病期を決める。 ・Stage 0:下垂なし ・Stage I:最下垂部が処女膜より1cmを超えて上方にとどまる ・Stage II:最下垂部が処女膜の上下1cm以内 ・Stage III:最下垂部が処女膜より1cmを超えて下方に出るが、完全な脱出ではない(腟全長−2cm未満) ・Stage IV:腟がほぼ完全に反転して脱出する(全子宮脱・完全腟脱) 日常臨床では、子宮頸部が腟口を越えない「子宮下垂」、一部が腟口外に出る「不全子宮脱」、子宮全体が腟口外に出る「全子宮脱」という区分も用いられる。
症状
・脱出感・下垂感・異物感(股に何かが挟まる感じ):立位・歩行・長時間の作業で増悪し、臥位で軽快する。 ・排尿症状(膀胱瘤):排尿困難、残尿感、頻尿、尿意切迫感、尿閉。脱出を戻すことで顕在化する潜在性の腹圧性尿失禁もある。残尿があると膀胱炎を繰り返しやすい。 ・排便症状(直腸瘤):便秘、残便感、排便困難。 ・脱出部の変化(高度・長期例):乾燥・摩擦によるびらん・潰瘍、出血、帯下増加、感染。
治療
・保存療法:骨盤底筋訓練(軽症例)、腟内にリング状のペッサリーを挿入して臓器を支える方法(手術困難例、高齢者)。ペッサリーは定期的な交換・洗浄が必要で、放置すると腟壁のびらん・潰瘍の原因となる。 ・手術療法:腟式子宮全摘術+腟壁形成術(前腟壁形成・後腟壁形成)、仙骨腟固定術(腹腔鏡下で腟を仙骨前面にメッシュで吊り上げる)、腟閉鎖術(性交を希望しない高齢者)など。
POINT
・子宮脱は高齢の多産婦に多く、分娩による骨盤底損傷と閉経後のエストロゲン低下が背景となる。 ・脱出感は立位・歩行・腹圧で増悪し、臥位で軽快する。 ・腟前壁の脱出=膀胱瘤 → 排尿困難・残尿感・頻尿・尿意切迫感などの排尿障害。 ・腟後壁の脱出=直腸瘤 → 便秘・残便感などの排便障害。 ・長期に脱出した子宮腟部・腟壁にはびらん・潰瘍・出血が起こりうるが、二次的変化である。 ・どの臓器が脱出しているかから症状を推定する。
