StudyMed医師国家試験

痛むのは歯状線の下―神経支配で読み解く「痛くない」肛門疾患

第104回医師国家試験 I問題 第31問

国試問題にチャレンジ

第104回 I問題 第31問

肛門痛をきたしにくいのはどれか。

  1. a.肛門周囲膿瘍
  2. b.痔瘻
  3. c.外痔核
  4. d.直腸脱
  5. e.肛門癌

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は肛門疾患のうち、肛門痛をきたしにくいものを選ぶ問題だ。一つずつ症状を暗記していなくても、ある解剖学的な境界線を知っていれば筋道立てて答えられる。どこの話かわかるかな。
医学生医学生
歯状線でしょうか。解剖学の講義で、上皮も血管も神経も歯状線を境に変わると習いました。
ドクタードクター
その通り。歯状線より口側の直腸粘膜は自律神経、つまり内臓神経の支配で痛覚に乏しい。一方、歯状線より肛門側の肛門上皮や肛門周囲皮膚は、陰部神経の枝という体性神経の支配で、痛覚がとても鋭敏なんだ。
医学生医学生
内視鏡で直腸のポリープを切除しても患者さんが痛がらないのは、そのためですか。
ドクタードクター
まさにそう。だから「病変が歯状線より下の、痛覚の鋭い部分に及んでいるかどうか」で痛みの出やすさを整理できる。では、選択肢の中で痛みが出にくいのはどれだと思う?
医学生医学生
直腸脱でしょうか。脱出しているのは直腸の壁なので、痛覚に乏しい部分ですよね。
ドクタードクター
正解。直腸脱は直腸壁の全層が肛門から反転して脱出する病態で、主な症状は排便時の脱出感、手で戻さないといけないこと、便失禁、粘液や血液の付着などだ。通常は痛みを伴わない。背景には骨盤底筋群や肛門括約筋の脆弱化があって、多産歴のある高齢女性に多い。
医学生医学生
でも、あんなに大きく飛び出していたら痛そうな気がします。
ドクタードクター
見た目のインパクトとは裏腹なんだよね。ただし、嵌頓したり、うっ血が続いて潰瘍ができたりすると出血や疼痛を生じることもある。あくまで選択肢の中で最も痛みをきたしにくい、という位置づけだ。では残りを確認しよう。肛門周囲膿瘍はどうかな。
医学生医学生
消化器外科の実習で、ズキズキ痛くて座れないと受診した患者さんを見ました。切開排膿したら楽になったそうです。
ドクタードクター
いい経験をしたね。歯状線にある肛門小窩から細菌が肛門腺に入り込み、周囲に膿瘍を作る。膿で内圧が上がるから、持続する強い痛みと発熱、発赤や腫脹をきたす。ただ深部の膿瘍では外見の変化が乏しく、発熱や深部痛が主体になることもあるので注意が必要だ。
医学生医学生
痔瘻は、膿瘍が破れたり切開されたりした後に瘻管が残ったものでしたよね。膿が出ていれば痛みは軽そうですが。
ドクタードクター
鋭いね。排膿が続いている間は痛みが軽いこともある。でも二次口が塞がったり再感染して膿瘍ができたりすると、腫脹と疼痛を繰り返す。長く続く例では痔瘻癌の発生にも注意が必要だし、クローン病に合併する複雑痔瘻も知っておきたい。
医学生医学生
痔核は、内痔核は痛くなくて外痔核は痛い、と覚えていました。これも歯状線で説明できますね。
ドクタードクター
そういうこと。外痔核は痛覚の鋭い肛門上皮に覆われているから痛みやすく、特に血栓性外痔核では肛門縁に急に有痛性の硬いしこりが現れる。内痔核は粘膜に覆われているので出血や脱出が主で、ふつうは痛まない。ただし脱出した内痔核が括約筋に締めつけられて戻らない嵌頓痔核になると激痛になる。
医学生医学生
肛門癌は、癌なので初期は痛くないイメージがありますが。
ドクタードクター
癌一般としてはそうだけれど、肛門癌は痛覚の鋭い肛門上皮や括約筋周囲に浸潤したり潰瘍を作ったりすると痛みが出る。出血や腫瘤、排便時痛も主な症状だ。痔核と誤認されやすいので、治りにくい痛みや出血では必ず鑑別に挙げること。組織型は欧米ではHPVと関連する扁平上皮癌が多いが、日本では腺癌の割合も高い。
医学生医学生
直腸脱と脱出した内痔核の見分け方も、OSCEの診察で役立ちそうです。
ドクタードクター
そこも押さえておこう。直腸脱では脱出した粘膜が同心円状のひだを示し、痔核の脱出は放射状の溝で区切られた塊になる。それから選択肢にはないけれど、排便時と排便後に鋭い痛みと少量の鮮血をきたす裂肛も、歯状線より下の病変として痛む代表例だ。神経支配という基礎知識が、問診や視診の解釈にそのままつながるんだよ。

まとめ

肛門痛の有無は、歯状線を境にした神経支配で整理できます。歯状線より口側の直腸粘膜は自律神経支配で痛覚に乏しく、肛門側の肛門上皮・肛門周囲皮膚は陰部神経による体性神経支配で痛覚が鋭敏です。そのため肛門周囲膿瘍、痔瘻の再燃、血栓性外痔核、嵌頓痔核、裂肛、浸潤した肛門癌は痛みを生じやすい一方、痛覚の乏しい直腸壁が脱出する直腸脱は、脱出感や便失禁、粘液漏出が主体で通常は痛みを伴いません。直腸脱は多産歴のある高齢女性に多く、同心円状のひだで痔核脱出と区別します。解剖学の基礎知識から症状を予測する考え方は、暗記に頼らず肛門疾患全体を理解するための土台になります。

解答・解説

正解はdです

肛門痛の原因を考えるときは、痛みを感じる部位の神経支配を押さえておくと整理しやすい。肛門管は歯状線(肛門の上皮と直腸粘膜の境界線)を境に神経支配が異なる。歯状線より口側の直腸粘膜は自律神経(内臓神経)支配で痛覚に乏しく、切ったり縫ったりしても強い痛みは生じにくい。一方、歯状線より肛門側の肛門上皮(肛門皮膚)は体性神経(陰部神経の枝)支配で、痛覚が非常に鋭敏である。 したがって、肛門上皮や肛門周囲の皮膚・皮下に炎症、血栓、腫瘍浸潤などが及ぶ病態は強い痛みを起こしやすい。肛門周囲膿瘍(化膿性炎症)、痔瘻(膿瘍の再燃時)、外痔核(特に血栓性外痔核)、肛門癌(浸潤・潰瘍形成時)はいずれもこれに当てはまる。 これに対して直腸脱は、直腸壁が肛門から反転して脱出する病態で、脱出するのは主に痛覚の乏しい直腸粘膜・直腸壁である。主訴は脱出感、排便困難、便失禁、粘液の漏出などで、通常は疼痛を伴わない。以上から、肛門痛をきたしにくいのは直腸脱である。

選択肢考察

  1. ×a.  肛門周囲膿瘍

    歯状線にある肛門小窩(肛門陰窩)から細菌が肛門腺に侵入し、肛門周囲の組織に化膿性炎症と膿瘍を形成した状態である(crypt-glandular infection説)。男性に多い。膿がたまって内圧が上がるため、ズキズキする持続的な強い肛門痛と発熱、局所の発赤・腫脹・圧痛をきたす。膿瘍の位置(皮下、坐骨直腸窩、骨盤直腸窩など)によって痛みの程度や範囲はさまざまで、深部の膿瘍では外見上の変化が乏しく、発熱や深部痛が主体となることもある。治療は切開排膿である。肛門痛をきたす代表的疾患であり、誤りである。

  2. ×b.  痔瘻

    肛門周囲膿瘍が自潰または切開排膿された後、原発口(肛門小窩側)と二次口(肛門周囲皮膚側)を結ぶ瘻管が残ったものである。膿瘍と同様に男性に多い。瘻管から膿が排出されている間は痛みが軽いこともあるが、二次口が閉塞したり瘻管内に再び感染が起こって膿瘍を形成したりすると疼痛や腫脹が出現する。膿の排出による下着の汚れ、かゆみ、繰り返す腫脹・疼痛が典型的な症状である。長期経過例では痔瘻癌の発生にも注意が必要で、クローン病に合併する複雑痔瘻もよく知られている。疼痛をきたしうる疾患であり、誤りである。

  3. ×c.  外痔核

    痔核は肛門管の血管叢(静脈叢)がうっ血・拡張し、支持組織が緩んで腫大したものである。歯状線より口側に発生するものを内痔核、肛門側に発生するものを外痔核と呼ぶ。外痔核は痛覚の鋭敏な肛門上皮に覆われているため、痛みを生じやすい。特に、いきみや長時間の座位などを契機に静脈叢内に血栓ができる血栓性外痔核では、肛門縁に急に有痛性の硬い腫瘤が出現する。これに対し内痔核は痛覚に乏しい粘膜に覆われているため、出血や脱出が主症状で通常は痛まない。ただし、脱出した内痔核が肛門括約筋で締めつけられて戻らなくなる嵌頓痔核では、浮腫・血栓形成を伴って激痛となる。外痔核は肛門痛をきたしやすく、誤りである。

  4. ○d.  直腸脱

    直腸壁の全層が肛門から反転して体外へ脱出する疾患である。骨盤底筋群や肛門括約筋の脆弱化、直腸の固定不良などが背景にあり、高齢女性(特に多産歴のある者)に多い。慢性便秘や強いいきみも誘因となる。脱出するのは痛覚に乏しい直腸壁であるため、主症状は排便時の脱出感、用手的な還納の必要、便失禁、粘液・血液の付着などで、通常は疼痛を伴わない。脱出した直腸粘膜は同心円状のひだを呈し、放射状の溝をもつ痔核脱出と区別される。診断は怒責時の視診で脱出を確認するのが基本で、必要に応じて排便造影(defecography)で脱出を確認する。うっ血が長く続いたり潰瘍を形成したりした場合、あるいは嵌頓した場合には出血や疼痛が生じることもあるが、選択肢の中では最も肛門痛をきたしにくい。よって正解である。治療は経会陰的手術(Gant-三輪法、Delorme法、Altemeier法など)や経腹的直腸固定術である。

  5. ×e.  肛門癌

    肛門管や肛門周囲皮膚に発生する悪性腫瘍である。組織型は、肛門上皮由来の扁平上皮癌のほか、直腸型の腺癌や肛門腺・痔瘻由来の腺癌などがある(欧米では扁平上皮癌が多く、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染との関連が知られている)。痛覚の鋭敏な肛門上皮やその周囲の括約筋・組織に浸潤したり潰瘍を形成したりすると、肛門痛が生じる。出血、腫瘤触知、排便時痛、便通異常なども主な症状である。痔核などの良性疾患と誤認されやすく、治りにくい肛門痛や出血では肛門癌を鑑別に挙げる必要がある。肛門痛をきたしうる疾患であり、誤りである。

歯状線と肛門の神経支配

歯状線より口側(直腸粘膜): 自律神経支配。痛覚に乏しい。静脈は主に上直腸静脈から門脈系へ還流する。 歯状線より肛門側(肛門上皮・肛門周囲皮膚): 体性神経(陰部神経)支配。痛覚が鋭敏である。静脈は中・下直腸静脈から体循環系(内腸骨静脈)へ還流する。 この違いが、内痔核は痛まず外痔核は痛む、直腸脱は痛みが乏しい、といった臨床的特徴の根拠となる。

肛門痛をきたす主な疾患

・肛門周囲膿瘍: 持続する拍動性の痛み、発熱、腫脹 ・痔瘻(再燃時): 腫脹と疼痛の反復、排膿 ・血栓性外痔核: 急に出現する有痛性の硬い腫瘤 ・嵌頓痔核: 脱出した内痔核が戻らず浮腫・血栓を伴い激痛 ・裂肛(切れ痔): 排便時および排便後の鋭い痛み、少量の鮮血 ・肛門癌: 浸潤・潰瘍形成に伴う痛み、出血

肛門痛をきたしにくい主な疾患

・内痔核(嵌頓しない限り): 出血と脱出が主症状 ・直腸脱: 脱出感、便失禁、粘液漏出が主症状 ・直腸ポリープ、直腸癌(肛門管に浸潤しない限り)

内痔核の程度分類

内痔核の脱出の程度はGoligher分類で評価する。第1度は脱出なし、第2度は排便時に脱出し自然に戻る、第3度は脱出して用手的な還納が必要、第4度は常に脱出し還納できない、である。

直腸脱と痔核脱出の見分け方

直腸脱では脱出部の粘膜が同心円状(輪状)のひだを示すのに対し、痔核の脱出では放射状の溝で区切られた塊状の突出となる。

POINT

・歯状線より口側(直腸粘膜)は自律神経支配で痛覚に乏しく、肛門側(肛門上皮)は体性神経支配で痛覚が鋭敏である。 ・肛門周囲膿瘍、痔瘻の再燃、血栓性外痔核、嵌頓痔核、裂肛、肛門癌は肛門痛をきたす。 ・直腸脱と内痔核は、嵌頓や潰瘍を伴わなければ通常は痛まない。 ・直腸脱は高齢女性(多産歴)に多く、症状は脱出感・便失禁・粘液漏出が主体である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。