息は苦しいのに酸素は足りている―過換気症候群の血液ガスで「仲間外れ」を探せ
第104回医師国家試験 H問題 第5問
国試問題にチャレンジ
過換気症候群の動脈血ガス分析(自発呼吸,room air)の所見にあてはまらないのはどれか。
- a.pH 7.523
- b.PaO2 70.2 Torr
- c.PaCO2 24.8 Torr
- d.HCO3- 23.8 mEq/L
- e.BE -1 mEq/L
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
過換気症候群では、過剰な換気によりPaCO2が低下してpHが上昇する急性の呼吸性アルカローシスとなり、腎性代償には数日を要するため、HCO3-とBEはほぼ基準範囲にとどまります。肺胞換気量が増え、肺のガス交換も正常であるため、PaO2は正常から上昇するのが原則であり、室内気でPaO2が低下していれば過換気症候群では説明できません。その場合はA-aDO2の開大を確認し、肺血栓塞栓症、気胸、喘息発作、肺炎、代謝性アシドーシスへの代償性過換気などの器質的疾患を疑う必要があります。治療は安心させてゆっくりした呼吸を促すことが基本で、ペーパーバッグ法は低酸素の危険から現在は推奨されません。過換気症候群を除外診断として扱い、血液ガスを病態生理から読み解く姿勢は、救急外来で重大な疾患を見逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はbです
過換気症候群は、不安や精神的ストレスなどを契機に発作的に呼吸が速く深くなり、必要以上に換気が行われる状態である。肺そのものや心臓には器質的な異常がなく、主として心理的な要因で起こる。
血液ガスの変化を考える手順
1)換気が増えると、二酸化炭素(CO2)が過剰に排出されるため、動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が低下する(基準値 35〜45 Torr)。 2)CO2は血液中で酸として働くため、PaCO2が下がると血液はアルカリ性に傾き、pHが上昇する(基準値 7.35〜7.45)。これが呼吸性アルカローシスである。 3)過換気症候群は数分〜数十分で起こる急性の変化であり、腎臓による代償(重炭酸イオンHCO3-の排泄)が働くには数日を要する。そのためHCO3-(基準値 22〜26 mEq/L)やBE(base excess、塩基過剰。代謝性の酸塩基状態の指標で基準値 −2〜+2 mEq/L)はほぼ基準範囲にとどまる。急性期には血液中の緩衝作用によってHCO3-がわずかに下がる程度である。 4)肺胞の換気量が増えると肺胞内の酸素分圧(PAO2)が上がり、肺でのガス交換に障害がないため、動脈血酸素分圧(PaO2)は基準値(室内気でおよそ80〜100 Torr)の範囲内か、それより高い値となる。 したがって、室内気・自発呼吸下でPaO2が明らかに低下している所見は、純粋な過換気症候群としては説明がつかない。このような場合には、肺血栓塞栓症や気胸、喘息発作、肺炎など、低酸素血症を伴って呼吸が速くなる器質的疾患を疑う必要がある。
選択肢考察
- ×a. pH 7.523
あてはまる。過換気によってPaCO2が低下し、急性の呼吸性アルカローシスとなるため、pHは基準値(7.35〜7.45)を超えて上昇する。腎性代償が働く前の段階なので、pHのアルカリ側への偏りは比較的大きくなりやすい。7.523という値は過換気症候群の所見として矛盾しない。
- ○b. PaO2 70.2 Torr
あてはまらない(正解)。過換気症候群では肺胞換気量が増加するため肺胞気の酸素分圧が上昇し、肺のガス交換機能は正常であるから、PaO2は正常範囲かむしろ上昇する(100 Torrを超えることも多い)。室内気でPaO2 70.2 Torrという低酸素血症は過換気症候群では説明できない。実際、肺胞気式でPAO2を概算すると 150 − 24.8/0.8 ≒ 119 Torr となり、PaO2 70.2 Torrとの差(肺胞気−動脈血酸素分圧較差、A-aDO2)は約49 Torrと大きく開大している(基準はおおむね10〜20 Torr以下)。これは肺でのガス交換障害を意味し、肺血栓塞栓症などの器質的疾患を考えるべき所見である。
- ×c. PaCO2 24.8 Torr
あてはまる。過換気によりCO2の排出が増えるため、PaCO2は基準値(35〜45 Torr)を下回る。PaCO2の低下は過換気症候群の本質的な所見であり、24.8 Torrという値は典型的である。なお、PaCO2の低下に伴う呼吸性アルカローシスは、血中のイオン化カルシウムを減少させ、手指・口周囲のしびれや手足のけいれん(テタニー、助産師手位)の原因となる。
- ×d. HCO3- 23.8 mEq/L
あてはまる。HCO3-は主に腎臓で調節される代謝性の指標であり、腎による代償には数日かかる。急性の過換気発作ではHCO3-は大きく変化せず、基準範囲(22〜26 mEq/L)にとどまるか、血液の緩衝作用によりわずかに低下する程度である。23.8 mEq/Lは基準範囲内であり、所見として矛盾しない。
- ×e. BE -1 mEq/L
あてはまる。BE(塩基過剰)は、呼吸性の影響を除いた代謝性の酸塩基平衡の状態を示す指標で、基準値は −2〜+2 mEq/L 程度である。過換気症候群は純粋な急性呼吸性障害であり、代謝性の変化はほとんど伴わないため、BEは基準範囲内となる。−1 mEq/Lは矛盾しない値である。
過換気症候群の概要
・若年者、特に女性に多く、不安・緊張・精神的ストレスなどが誘因となる。パニック障害(パニック症)の症状として出現することもある。 ・症状:呼吸困難感、動悸、胸部圧迫感、めまい、口周囲や手指のしびれ、手足のけいれん(テタニー、助産師手位)、意識が遠のく感じなど。 ・機序:PaCO2低下による呼吸性アルカローシスで、アルブミンに結合するカルシウムが増えてイオン化カルシウムが減少し、神経・筋の興奮性が高まる。また、PaCO2の低下は脳血管を収縮させ、脳血流を減少させるため、めまいや意識の変容を生じる。 ・治療:まず患者を落ち着かせ、ゆっくりとした呼吸(特に呼気を長く)を促す。必要に応じて抗不安薬を用いる。かつて行われたペーパーバッグ法(紙袋再呼吸法)は、低酸素血症を招く危険があり、また低酸素性の疾患を見逃した場合に危険であるため、現在は推奨されない。 ・診断上の注意:過換気症候群は除外診断である。低酸素血症を伴う場合や胸痛がある場合は、肺血栓塞栓症、気胸、気管支喘息、急性冠症候群、代謝性アシドーシスに対する代償性過換気(糖尿病ケトアシドーシスなど)を必ず鑑別する。
動脈血ガスの主な基準値
・pH 7.35〜7.45 ・PaO2 80〜100 Torr(室内気、若年成人) ・PaCO2 35〜45 Torr ・HCO3- 22〜26 mEq/L ・BE −2〜+2 mEq/L
A-aDO2(肺胞気−動脈血酸素分圧較差)
室内気では PAO2 ≒ 150 − PaCO2/0.8 で肺胞気酸素分圧を概算でき、A-aDO2 = PAO2 − PaO2 となる。基準はおおむね10〜20 Torr以下(加齢で開大)。A-aDO2が正常な低酸素血症は肺胞低換気が原因であり、開大していれば換気血流比不均等・拡散障害・シャントなど肺のガス交換障害を示す。
POINT
・過換気症候群では、PaCO2低下 → pH上昇(急性の呼吸性アルカローシス)となる。 ・急性の変化であり腎性代償が間に合わないため、HCO3-とBEはほぼ基準範囲にとどまる。 ・肺のガス交換は正常であり、PaO2は正常〜上昇する。 ・室内気でPaO2が低下していれば、肺血栓塞栓症など器質的疾患を疑う(A-aDO2の開大に注目)。 ・ペーパーバッグ法は現在推奨されない。
