「まず、どう受け止めていますか」―進行乳癌の告知で最初にすべきこと
第104回医師国家試験 H問題 第26問
国試問題にチャレンジ
54歳の女性。左乳房のしこりを主訴に来院した。左乳房の上外側領域に4 cm大の可動性のある腫瘤を認める。検査で同側鎖骨上リンパ節転移と転移性肺癌とが見つかった。 結果説明として適切なのはどれか。
- a.まず家族に伝える。
- b.不安を招かないよう肺の炎症として伝える。
- c.患者の感情とは無関係に一方的に事実を伝える。
- d.患者が感情的になったときは即座に説明を中止する。
- e.まず患者の認識や説明に対する希望を確認してから説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
進行癌などの悪い知らせは、判断能力のある患者本人に、真実を伝えることが原則です。家族への先行説明や「炎症」といった虚偽の説明は自己決定権やインフォームド・コンセントを損ない、感情を無視した一方的な説明や、感情的になった途端の説明中止も患者を孤立させます。適切なのは、説明の前に患者の病状認識と「どこまで・どのように知りたいか」を確認することで、これはSPIKESプロトコールのPerceptionとInvitationに当たります。続いて前置きをしてから少しずつ伝え、感情には共感的に応じ、今後の方針をまとめて支援を続ける姿勢を示します。こうしたコミュニケーションの型は、がん告知に限らずあらゆる重大な説明場面で患者との信頼関係を築く土台となります。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
54歳女性の左乳房上外側に4 cm大の腫瘤があり、精査で同側鎖骨上リンパ節転移と肺転移が見つかった。乳癌が肺に遠隔転移した状態(TNM分類でM1、病期IV)であり、根治は難しく、薬物療法を中心とした治療で病勢の制御と生活の質(QOL)の維持を目指す段階である。患者にとっては人生の見通しを大きく変える「悪い知らせ(bad news)」を伝える場面となる。
設問の考え方
本問は診断そのものではなく、悪い知らせの伝え方(告知・病状説明のコミュニケーション)を問うている。基本となる考え方は次のとおりである。 ・病状を知る権利と、治療方針を自ら決める権利をもつのは患者本人であり、説明はまず本人に対して行う(自己決定権の尊重、インフォームド・コンセントの前提)。 ・虚偽の説明はしない。ただし、どこまで・どのように知りたいかは人によって異なるため、患者がすでにどう理解しているか、どの程度詳しく聞きたいかを先に確かめ、それに合わせて伝える。 ・説明中に生じる感情(驚き、否認、怒り、悲しみ)は自然な反応として受け止め、共感的に対応し、見捨てない姿勢を示す。 この手順を体系化したものにSPIKES(スパイクス)プロトコールがあり、「患者の認識(Perception)」と「情報提供への希望(Invitation)」の確認は、実際に知らせを伝える前の段階に位置づけられている。
選択肢考察
- ×a. まず家族に伝える。
適切でない。病状を知り治療を選択する主体は患者本人であり、本人に判断能力がある限り、原則として本人に先に説明する。本人の同意なく家族に先に病状を伝えることは、自己決定権の侵害であるとともに、個人情報(診療情報)の第三者提供として守秘義務の観点からも問題となる。家族の同席を希望するかどうかは本人に確認し、本人の意思に従って家族にも説明する。かつての日本では「まず家族に伝え、本人には伏せる」ことが多かったが、現在は本人への告知が原則である。
- ×b. 不安を招かないよう肺の炎症として伝える。
適切でない。肺転移を「炎症」と説明するのは虚偽であり、患者が自分の病状を正しく理解したうえで治療法を選ぶ機会(インフォームド・コンセント)を奪う。説明と実際の治療内容(抗癌薬、内分泌療法など)が食い違えば医療者への信頼も損なわれ、残された時間の使い方を本人が決めることもできなくなる。不安への配慮は、事実を偽ることではなく、伝え方の工夫と精神的支援によって行うべきである。
- ×c. 患者の感情とは無関係に一方的に事実を伝える。
適切でない。事実を正確に伝えることは必要だが、患者の理解度や心の準備、感情の動きを無視して一方的に伝えると、患者は大きな心理的衝撃を受け、説明内容も十分に理解・記憶できない。前置き(「大切なお話があります」など)をしてから、専門用語を避けて少しずつ伝え、患者の反応を確かめながら進める必要がある。
- ×d. 患者が感情的になったときは即座に説明を中止する。
適切でない。悪い知らせに対して泣く、怒る、黙り込むといった感情反応が起こるのは自然なことである。そこで説明を急に打ち切ると、患者は突き放されたと感じ、かえって不安や孤独感が強まる。まず沈黙を保ったり、感情を言葉にして受け止めたり(「驚かれたことと思います」など)する共感的対応をとり、患者が落ち着いてから続ける。続きを聞く状態にない場合は、次の説明の機会を約束し、支援を続けることを伝える。
- ○e. まず患者の認識や説明に対する希望を確認してから説明する。
適切である。説明の前に「今の状態をどのように受け止めていますか」「検査結果についてどの程度詳しくお聞きになりたいですか」「ご家族の同席を希望されますか」などと尋ね、患者の理解の程度と知りたい情報の範囲・伝え方の希望を把握する。これにより、誤解を修正しながら患者の理解度に合わせた説明ができ、心理的衝撃を和らげつつ真実を伝えることができる。SPIKESプロトコールのP(Perception:認識の確認)とI(Invitation:情報提供への希望の確認)に相当する。
SPIKESプロトコール(悪い知らせを伝える6段階)
・S(Setting):面談の環境設定。プライバシーが守られる静かな部屋、十分な時間、座って目線を合わせる、同席者の確認。 ・P(Perception):患者が病状をどのように理解しているかを確認する。 ・I(Invitation):どの程度の情報を、どのように知りたいかを確認する。 ・K(Knowledge):前置きをしてから、専門用語を避け、少しずつ情報を伝える。理解度をこまめに確認する。 ・E(Emotions / Empathy):患者の感情に気づき、共感的に応答する。 ・S(Strategy and Summary):今後の方針を話し合い、要点をまとめ、支援を続けることを伝える。
日本で用いられるSHAREモデル
日本人のがん患者の意向調査に基づくコミュニケーションの枠組みで、S(Supportive environment:支持的な環境設定)、H(How to deliver the bad news:悪い知らせの伝え方)、A(Additional information:付加的な情報、今後の治療や生活への影響など)、RE(Reassurance and Emotional support:安心感と情緒的サポート)からなる。
告知と医の倫理
・患者の自己決定権の尊重とインフォームド・コンセントのため、本人への真実の告知が原則である。 ・ただし患者には「知りたくない権利」もあり、情報の範囲や伝え方は本人の意向を確認して決める。 ・家族への説明は本人の同意を得て行う(守秘義務・個人情報保護)。
本例の病状について
乳癌の同側鎖骨上リンパ節転移は、現在のTNM分類では領域リンパ節転移(N3)として扱われるが、肺転移は遠隔転移(M1)であり、病期はIVである。治療はサブタイプ(ホルモン受容体、HER2の状態など)に応じた全身薬物療法が中心となる。
POINT
・悪い知らせは原則としてまず本人に、真実を伝える(家族への先行説明や虚偽の説明は不適切)。 ・説明の前に、患者の病状認識と「どこまで・どのように知りたいか」という希望を確認する(SPIKESのP・I)。 ・一方的に伝えず、理解度と感情を確かめながら少しずつ伝える。 ・感情的な反応には説明を打ち切らず、共感的に受け止めて支援を続ける姿勢を示す。
