消えた義歯は誰が報告する?―「原因と対策」の書式が示す医療安全管理室の役割
第104回医師国家試験 H問題 第27問
国試問題にチャレンジ
病院運営委員会での報告内容を以下に示す。 80歳の男性。脳梗塞後遺症のために入院中であった。上顎の義歯は装着できなくなり使用中止としていた。夕食後に口腔ケアを行ってから,下顎ブリッジ義歯を装着した。翌朝の食事介助時に義歯がないことに看護師が気付き,頸部エックス線写真と単純CTで食道部に義歯を確認し,手術室で全身麻酔下に喉頭鏡を用いて摘出した。 原因 ① 食事以外で誤嚥する可能性を予測していなかった。 ② 義歯に緩みがあった。 対策 ① 自己管理できない患者の義歯は訪室時毎回チェックする。状況によっては食事中のみの装着とし, その情報を共有する。 ② 定期的な口腔ケアを実施する。 このような報告を行う組織〈チーム〉はどれか。
- a.手術部
- b.医療安全管理室
- c.感染対策チーム
- d.栄養サポートチーム
- e.光学診療部〈内視鏡室〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
入院中に患者に被害が生じた事故について、経緯・原因分析・再発防止策をまとめて院内で報告・共有するのは医療安全管理室(医療安全管理部門)の役割です。医療事故は過失の有無を問わず医療の全過程で生じる人身事故すべてを指し、そのうち過失によるものが医療過誤、被害に至らなかったものがインシデント(ヒヤリ・ハット)です。報告の目的は責任追及ではなくシステム改善と再発防止であり、ICTは院内感染対策、NSTは栄養管理と、院内チームの役割を区別しておくことが求められます。また、自己管理が難しい高齢者の義歯は誤飲・誤嚥の危険があるため、医療者による装着状況の管理が欠かせません。病院がどのような仕組みで安全を守っているかを理解することは、実習や研修で自ら報告に関わるうえでの基盤になります。
解答・解説
正解はbです
報告内容の整理
・事例:脳梗塞後遺症で入院中の80歳男性。夕食後の口腔ケアの後に下顎ブリッジ義歯を装着したところ、翌朝までに義歯が消失し、頸部エックス線写真と単純CTで食道内に義歯が見つかった。全身麻酔下に喉頭鏡を用いて摘出した。 ・入院中に、療養上の世話(口腔ケア・義歯管理)の過程で患者に身体的な被害が生じ、全身麻酔下の処置という追加の治療を要した事例であり、医療従事者の過失の有無を問わず「医療事故(アクシデント)」に該当する。 ・報告には「原因(①食事以外の時間帯での誤飲・誤嚥のリスクを予測していなかった、②義歯の緩み)」と「対策(①自己管理困難な患者の義歯を訪室ごとに確認し、必要時は食事中のみの装着とし情報を共有する、②定期的な口腔ケア)」がまとめられている。
設問の考え方
この報告は、発生した事故の経緯を把握し、根本原因を分析し、再発防止策を立案して院内で共有するという、医療安全管理の一連のプロセス(事例報告 → 原因分析 → 対策立案 → 周知・評価)そのものである。このような事故・インシデントの報告の収集と分析、再発防止策の策定、職員への周知・教育を担い、病院の管理運営を審議する委員会へ報告する役割を持つのは医療安全管理部門(医療安全管理室)である。 口腔ケア、手術室での摘出、食道という部位など、他の選択肢を連想させる語句が含まれているが、報告の目的が「事故の原因分析と再発防止」であることに着目すれば判断できる。 なお、義歯は食道内で見つかっているため、医学的には気道に入る「誤嚥」ではなく消化管に入る「誤飲」である。報告中の原因①では「誤嚥」の語が用いられているが、口腔内の異物が気道・消化管のどちらにも入りうる危険を想定していなかったことを指すと理解すればよい。
選択肢考察
- ×a. 手術部
誤り。手術部は、各診療科が共同で利用する手術室を運営する中央診療部門であり、手術の実施、手術室の運用・器材管理、周術期の安全確保などを担う。本事例では義歯の摘出が手術室で行われたが、報告の中心は病棟での義歯管理や口腔ケアの問題点と再発防止策であり、手術部が病院全体に向けて作成・報告する内容ではない。
- ○b. 医療安全管理室
正しい。医療安全管理室(医療安全管理部門)は、医療安全管理者(リスクマネジャー)を中心に、インシデント・アクシデント報告の収集と分析、事故原因の調査、再発防止策の立案と院内への周知、職員研修、院内巡回などを行う部署である。本報告は、病棟で発生した義歯誤飲という医療事故について、原因の分析と具体的な再発防止策をまとめ、病院運営委員会に報告したものであり、まさに医療安全管理室の業務に当たる。
- ×c. 感染対策チーム
誤り。感染対策チーム(ICT:infection control team)は、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師などからなる多職種チームで、院内感染の監視(サーベイランス)、アウトブレイク発生時の対応、抗菌薬の適正使用の推進、手指衛生などの感染対策の指導・教育を行う。本事例は感染症や院内感染とは関係がなく、ICTが扱う内容ではない。
- ×d. 栄養サポートチーム
誤り。栄養サポートチーム(NST:nutrition support team)は、医師、管理栄養士、看護師、薬剤師、言語聴覚士、歯科医師・歯科衛生士などが協働し、低栄養患者などの栄養状態を評価して、経口・経腸・静脈栄養の適切な選択と管理を提案するチームである。摂食嚥下や口腔の問題に関わることはあるが、本報告は栄養管理ではなく事故の原因と再発防止策を扱っており、NSTの報告ではない。
- ×e. 光学診療部〈内視鏡室〉
誤り。光学医療診療部(内視鏡室)は、上部・下部消化管内視鏡や気管支鏡などを用いた検査と治療を担当する部門である。食道異物は一般に内視鏡的に摘出されることが多いが、本例は喉頭鏡を用いて手術室で摘出されており、報告の内容も事故の原因分析と再発防止策であるため、内視鏡部門の報告ではない。
医療事故とインシデント
・医療事故(アクシデント):医療に関わる場所で、医療の全過程において発生する人身事故の一切を含み、医療従事者の過誤・過失の有無を問わない。患者だけでなく医療従事者が被害を受けた場合(針刺し事故など)や、廊下での転倒など医療行為と直接関係しない事故も含む。 ・医療過誤:医療事故のうち、医療従事者の過失によって生じたもの。 ・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤った医療行為などが患者に実施される前に発見された事例、あるいは実施されても患者に被害が及ばなかった事例。
病院における医療安全管理体制(医療法に基づく)
病院などの管理者は、医療安全管理指針の整備、医療安全管理委員会の開催、職員研修の実施、事故報告など院内における医療安全確保のための改善方策を講じることが義務づけられている。特定機能病院などでは専従の医療安全管理者を配置した医療安全管理部門の設置が求められている。 ・インシデント・アクシデント報告は、個人の責任追及ではなく、システムの改善と再発防止を目的として行う。 ・原因分析にはRCA(根本原因分析)などの手法が用いられる。 ・ハインリッヒの法則:1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故、300件のヒヤリ・ハットがあるとされ、ヒヤリ・ハットの段階で報告・対策を行う意義を示している。 ・医療事故調査制度(2015年施行):医療に起因する予期しない死亡が発生した場合、医療機関は医療事故調査・支援センターへの報告と院内調査を行う。
院内の主な多職種チーム
・ICT(感染対策チーム):院内感染対策。 ・NST(栄養サポートチーム):栄養管理。 ・緩和ケアチーム:がんなどの患者の身体的・精神的苦痛の緩和。 ・RST(呼吸ケアサポートチーム):人工呼吸器装着患者の管理、離脱支援。 ・褥瘡対策チーム:褥瘡の予防と治療。
高齢者の義歯と誤飲・誤嚥
脳血管障害後遺症や認知機能低下のある高齢者では、口腔内の感覚低下や嚥下機能障害のため、緩んだ義歯や部分床義歯・ブリッジを誤飲・誤嚥しやすい。部分義歯は鉤(クラスプ)などの金属部分があり、食道に嵌頓すると穿孔の危険がある。自己管理が難しい患者では、義歯の着脱と保管を医療者が管理し、適合状態を定期的に確認する。
POINT
・入院中に患者に被害が生じた事故の経緯、原因分析、再発防止策を院内で報告・共有するのは医療安全管理室(医療安全管理部門)である。 ・医療事故は過失の有無を問わず、医療の全過程で発生する人身事故すべてを含む。過失によるものが医療過誤。 ・インシデント・アクシデント報告の目的は責任追及ではなく、システム改善と再発防止である。 ・ICT=院内感染対策、NST=栄養管理と、院内チームの役割を区別しておく。 ・自己管理困難な高齢者の義歯は、誤飲・誤嚥防止のため医療者が装着状況を管理する。
