「監視されている」と語る明るい高齢女性―妄想だけが残る病態、妄想性障害
第104回医師国家試験 E問題 第59問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。言動の変化を心配した家族に伴われて来院した。3年前に夫を亡くしてから,一人暮らしを続けている。これまでに精神症状を呈したことはなかった。3か月前から自宅に閉じこもりがちになったため,心配した長女が様子を見に行ったところ「外に出ると皆が自分の悪口を言っている」,「隣の人がいつも自分を監視している」といった話をし続けたという。診察時には表情が明るく,抑うつ気分は認めない。疎通性も良好である。幻覚は認めず,改訂長谷川式簡易知的機能評価スケールは30点(満点30)であった。 最も考えられるのはどれか。
- a.うつ病
- b.妄想性障害
- c.統合失調症
- d.強迫性障害
- e.社会不安障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者に新たな妄想が出現したときは、まず認知症・せん妄・身体疾患・薬剤などの器質因と、精神病症状を伴ううつ病を除外します。そのうえで幻覚、思考障害、陰性症状を伴わず、まとまった妄想だけが持続し、妄想以外の人格や生活機能が保たれていれば妄想性障害を考えます。妄想性障害は被害型が多く、高齢女性や配偶者との死別・独居・難聴などによる社会的孤立が好発背景です。統合失調症とは幻覚の有無、疎通性、感情表出で、強迫性障害や社交不安障害とは「訂正できない確信か、不合理と自覚しているか」で区別します。病識に乏しい患者では、妄想を否定せず困りごとに寄り添って信頼関係を築くことが治療の第一歩であり、この段階的な鑑別の考え方は高齢者の精神症状全般の診療に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・72歳女性。3年前に夫と死別し独居。これまで精神科的な既往はない(高齢での初発)。 ・3か月前から自宅に閉じこもるようになった。 ・「外に出ると皆が自分の悪口を言っている」「隣の人がいつも自分を監視している」という訴え。周囲の人が自分に害意をもっているという確信であり、被害妄想(関係妄想・注察妄想を含む)と考えられる。 ・診察時は表情が明るく抑うつ気分はない。疎通性(診察者との意思疎通・感情的な通じ合い)は良好である。 ・幻覚はない。改訂長谷川式簡易知的機能評価スケール(HDS-R)は30点満点で、認知機能低下は認めない。
診断へのプロセス
高齢者に新たに妄想が出現したときは、まず器質的・症状性の原因(認知症、せん妄、脳血管障害、薬剤など)と気分障害(精神病症状を伴ううつ病)を考える。本例はHDS-Rが満点で認知症を示唆する所見がなく、意識障害をうかがわせる記載もない。抑うつ気分もないため、妄想を伴ううつ病も考えにくい。 次に統合失調症との区別が問題となる。統合失調症では妄想に加えて幻覚(特に幻聴)、思考の解体、陰性症状(感情の平板化、意欲低下)などがみられ、疎通性が損なわれやすい。本例は幻覚がなく、感情表出も保たれ、疎通性も良好で、妄想の内容以外には人格や社会的機能の崩れが目立たない。 このように、ほかの精神症状を伴わずに比較的まとまった妄想だけが持続し、妄想以外の人格・機能が保たれている病態が妄想性障害である。高齢女性、配偶者との死別後の独居・社会的孤立という背景も、この病態の好発状況に合致する。したがって最も考えられるのは妄想性障害である。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病の中核症状は抑うつ気分と興味・喜びの喪失である。重症例では罪業妄想・貧困妄想・心気妄想といった微小妄想を伴うことがあるが、その場合も背景に明らかな抑うつがある。本例は表情が明るく抑うつ気分を認めないと明記されており、妄想の内容も自責的ではなく他者から害されるという被害的なものであるため、うつ病は考えにくい。閉じこもりは抑うつによる意欲低下ではなく、「外で悪口を言われる」という妄想に基づく回避行動と解釈できる。
- ○b. 妄想性障害
妄想性障害は、1つまたは複数の妄想が持続する一方で、統合失調症の診断基準を満たすような症状(顕著な幻覚、まとまりのない会話・行動、陰性症状など)を欠き、妄想やその影響を除けば機能や行動が著しく障害されていない病態である。中年以降、特に高齢女性に多く、社会的孤立・難聴・独居などが危険因子とされる。本例は、高齢初発、被害妄想のみが3か月持続、幻覚なし、疎通性良好、感情表出も保たれている、認知機能正常、抑うつなし、という点がすべてこの病像に一致する。
- ×c. 統合失調症
統合失調症は多くが思春期から30歳代前半に発症する。40歳以降に発症する例(遅発性)や、60歳以降に初発する例(最遅発性統合失調症様精神病)も存在するため、高齢であることだけで否定はできない。しかし統合失調症では妄想に加えて幻聴などの幻覚、思考のまとまりの障害、感情の平板化・意欲低下などの陰性症状を伴い、疎通性が損なわれることが多い。本例は幻覚がなく、表情が明るく疎通性も良好で、妄想以外の症状を欠くため、統合失調症よりも妄想性障害と考える方が妥当である。
- ×d. 強迫性障害
強迫性障害(DSM-5では強迫症)は、不合理だとわかっていても繰り返し浮かぶ考え(強迫観念)と、それによる不安を打ち消すための反復行為(強迫行為:何度も手を洗う、鍵を何度も確認するなど)が特徴である。多くの患者は自分の考えが過剰・不合理であるという認識(病識)をある程度もつ。本例では強迫観念・強迫行為の記載がなく、「悪口を言われている」「監視されている」という内容を事実として確信しているため、強迫性障害には当たらない。
- ×e. 社会不安障害
社会不安障害(現在の名称は社交不安障害、DSM-5では社交不安症)は、人前で話す・食事をするなど他者から注目される場面で、恥をかくことや否定的に評価されることを強く恐れ、動悸・赤面・振戦などの身体症状やパニック発作様の症状を生じ、その場面を回避する病態である。通常は思春期から若年成人期に発症する。本人は恐怖が過剰だと自覚していることが多く、本例のように「他人が悪口を言っている・監視している」と確信する被害妄想とは異なる。
妄想性障害の概要
・定義(DSM-5の要点):1つ以上の妄想が1か月以上持続する。統合失調症の診断基準Aを満たしたことがない(幻覚があっても顕著ではなく、妄想の主題に関連するもの)。妄想やその派生的影響を除けば、機能は著しく障害されておらず、行動も明らかに奇異ではない。気分エピソードがあっても妄想の期間に比べて短い。物質・身体疾患・他の精神疾患では説明できない。なおICD-10では妄想が3か月以上持続することを求めている。 ・病型:被害型(最も多い)、嫉妬型、被愛型(恋愛妄想)、誇大型、身体型など。 ・疫学:中年以降に多く、高齢発症では女性に多い。難聴・視力障害、社会的孤立、独居、配偶者との死別、猜疑的な病前性格などが関連する。 ・高齢発症で幻覚を伴う妄想状態については、かつて「遅発性パラフレニー」という名称が用いられた。現在は、妄想性障害や最遅発性統合失調症様精神病として整理されることが多い。 ・治療:少量の抗精神病薬が用いられる。病識に乏しく受診・服薬を拒むことが多いため、妄想を頭ごなしに否定せず、不安や生活上の困りごとに焦点を当てて信頼関係を築くことが重要である。孤立の解消(デイサービス等の利用)も有用である。
高齢者の妄想の鑑別
・認知症:アルツハイマー型認知症では物盗られ妄想が典型的。HDS-R(20点以下で認知症を疑う)やMMSEで認知機能を評価する。レビー小体型認知症では鮮明な幻視を伴いやすい。 ・せん妄:意識障害を背景に急性に発症し、症状が日内で変動する。 ・精神病症状を伴ううつ病:抑うつ気分を背景に罪業・貧困・心気妄想がみられる。 ・統合失調症:幻聴、思考障害、陰性症状を伴う。 ・身体疾患・薬剤:脳腫瘍、脳血管障害、甲状腺機能異常、ステロイド・抗パーキンソン病薬などによる精神病症状を除外する。
POINT
・幻覚や思考障害、陰性症状を伴わず、まとまった妄想だけが持続し、人格・社会機能が保たれている → 妄想性障害。 ・高齢女性、死別・独居などの社会的孤立は妄想性障害の好発背景である。 ・高齢者の新規の妄想では、認知症(HDS-R・MMSE)、せん妄、うつ病、身体疾患・薬剤を除外する。本例はHDS-R満点、抑うつなしでこれらが否定的。 ・統合失調症との区別点は、幻覚の有無、疎通性、感情表出、思考のまとまり。
