StudyMed医師国家試験

冷えた心臓は「遅く、長く」なる―低体温症の心電図で浮かぶOsborn波と、ありえない「短縮」

第104回医師国家試験 B問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第104回 B問題 第9問

偶発性低体温(症)の心電図所見でないのはどれか。

  1. a.PQ間隔の短縮
  2. b.心房細動
  3. c.陰性T波
  4. d.洞性徐脈
  5. e.J 波

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は偶発性低体温症の心電図変化について、「みられないもの」を一つ選ぶ問題だ。丸暗記で挑むと迷いやすいけれど、「冷えると心臓の電気活動はどうなるか」という原理から考えれば、自然に答えが見えてくるよ。まず、偶発性低体温症の定義は言えるかな。
医学生医学生
意図せずに深部体温が35℃以下に下がった状態、でしたよね。救急医学の講義で、冬の泥酔や山岳遭難が例に出ていました。
ドクタードクター
その通り。手術中などに意図的に下げる治療的低体温とは区別する。ほかにも、暖房が不十分な家で暮らす高齢者が、低栄養や甲状腺機能低下症、脳卒中などを背景に屋内で発症することも多いんだ。では本題。体温が下がると、心筋細胞の中では何が起きると思う?
医学生医学生
代謝が落ちて、イオンチャネルの動きも鈍くなりそうです。全部がスローモーションになるようなイメージでしょうか。
ドクタードクター
いいイメージだね。洞結節の自動能も、刺激伝導系の伝導速度も、再分極もすべて遅くなる。だから心電図の変化は基本的に「遅くなる・延びる」方向になる。これを軸に各選択肢を見ていこう。まず洞性徐脈はどうかな。
医学生医学生
自動能が落ちるので心拍数は減りますね。これは所見としてありそうです。
ドクタードクター
正しい。体温の低下とともに心拍数は減っていく。代謝需要の低下に見合った反応という側面もあるので、アトロピンへの反応は乏しいことが多い。では、伝導が遅くなると心電図のどこに出る?
医学生医学生
房室伝導が遅れるならPQ間隔が延びて、心室内伝導が遅れるならQRSが広がります。……あ、ということは「PQ間隔の短縮」は逆向きですね。
ドクタードクター
そこが今回の答えだ。低体温ではPQ間隔は短縮ではなく延長し、進行すれば房室ブロックもみられる。PQ短縮といえば、どんな病態を思い浮かべるかな。
医学生医学生
循環器の講義で習ったWPW症候群です。副伝導路を通って心室が早く興奮するので、PQが短くなってデルタ波が出ます。
ドクタードクター
よく覚えているね。PQ短縮は副伝導路症候群や房室接合部調律などで生じる所見で、低体温症とは結びつかない。次は再分極の遅れ。陰性T波はどう考える?
医学生医学生
再分極が遅れるならQT延長ですよね。T波が陰性になるのは少しピンときません。
ドクタードクター
再分極は遅れるだけでなく、部位によって不均一になるんだ。その結果、QT延長とともにT波の平低化や陰転化がみられる。だから陰性T波は低体温症の所見として正しい。そして低体温症の代名詞といえるのがJ波だ。
医学生医学生
Osborn波ですね。CBTの問題集で「低体温といえばJ波」とセットで覚えました。でも、どんな波形なのかまでは自信がありません。
ドクタードクター
QRS波の終わりとSTの接合部、つまりJ点に現れるドーム状・こぶ状の上向きの振れだよ。おおむね32℃前後以下で出やすく、体温が低いほど大きくなる傾向がある。心外膜側の一過性外向き電流が強まり、心内膜側との間に電位差が生じるのが成因と考えられている。ただし低体温症に特有ではなく、高カルシウム血症やくも膜下出血などでもみられることがあるから注意してね。
医学生医学生
最後に心房細動ですが、これは「遅くなる」とは別の話ですか。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。低体温では興奮性や不応期が不均一になり、心筋が電気的に不安定になる。そのため中等度の低体温では心房細動や心房粗動がよくみられ、多くは復温で洞調律に戻る。さらに28℃未満の高度低体温では心室細動や心静止のリスクが高まるんだ。
医学生医学生
まとめると、徐脈・PQ延長・QRS拡大・QT延長・T波の変化・J波・心房細動が低体温の所見で、PQ短縮だけが方向が逆、ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。臨床での注意点もいくつか押さえておこう。まず、シバリングがあると筋電図のアーチファクトで基線が揺れて、心房細動や心房粗動と見誤ることがある。それから、高度低体温の心臓はとても刺激に敏感で、体位変換や乱暴な搬送だけで心室細動を起こしうるので、水平に保って愛護的に扱うことが大切だ。
医学生医学生
復温は、とにかく早く体表を温めればいいわけではないんでしょうか。
ドクタードクター
軽症なら毛布や加温ブランケットによる体表復温で十分なことが多い。でも重症例で体表だけを急に温めると、末梢血管が開いて冷たい血液が中枢に戻り、深部体温がさらに下がるアフタードロップや、血圧低下を招くことがある。だから中等度以上では加温輸液などの深部加温を併用し、循環が不安定な例や心停止例ではECMOなどの体外循環による復温が最も有効とされる。
医学生医学生
心停止していても、すぐに蘇生をやめてはいけないと聞いたことがあります。
ドクタードクター
そう、「温めてから死亡と判断せよ」という格言がある。低体温下では長時間の心停止後でも神経学的に良好な回復例があるからね。一方で冷えた心筋には除細動や薬物が効きにくいので、30℃未満では除細動を数回までにとどめ、薬物投与も控えめにしながら復温を急ぐ。心電図の理解は、こうした治療判断にも直結しているんだ。

まとめ

偶発性低体温症では、洞結節の自動能、刺激伝導系の伝導速度、心室の再分極がいずれも低下するため、心電図は「遅くなる・延びる」方向に変化します。具体的には洞性徐脈、PQ延長(房室ブロック)、QRS拡大、QT延長、T波の平低化・陰転化がみられ、特徴的なのはJ点のこぶ状の振れであるJ波(Osborn波)です。また心筋の電気的不安定性から心房細動・粗動が生じ、高度低体温では心室細動や心静止に至ります。PQ間隔の短縮はWPW症候群などでみられる所見で、低体温症とは方向が逆です。重症例では愛護的な取り扱いと深部加温・体外循環による復温が重要で、病態生理から心電図を理解しておくことが救急現場での的確な判断につながります。

解答・解説

正解はaです

偶発性低体温症で出現する心電図変化について、「みられないもの」を一つ選ぶ問題である。

偶発性低体温症とは

寒冷への曝露などにより、意図せず深部体温(直腸温・膀胱温・食道温など)が35℃以下に低下した状態をいう。手術中などに意図的に体温を下げる治療的低体温とは区別される。山岳遭難、冬季の屋外での泥酔・転倒、溺水、高齢者の屋内発症(暖房が不十分な住居での低栄養・内分泌疾患・脳卒中などを背景とするもの)などが原因となる。

心電図変化の考え方

低体温では心筋細胞の代謝やイオンチャネルの働きが全体的に遅くなり、洞結節の自動能と刺激伝導系の伝導速度がともに低下する。そのため心電図では「遅くなる・延びる」方向の変化が基本となる。 ・自動能低下 → 洞性徐脈 ・伝導遅延 → PQ間隔延長(房室ブロック)、QRS幅拡大 ・再分極遅延 → QT間隔延長、T波の平低化・陰転化 ・特徴的所見 → J波(Osborn波) ・心筋の電気的不安定性 → 心房細動・心房粗動、さらに重症では心室細動・心静止 したがって、「短縮」を示す PQ間隔の短縮は低体温症の所見として当てはまらない。これが本問の正解(所見でないもの)である。

選択肢考察

  1. ○a.  PQ間隔の短縮

    低体温では房室結節を含む刺激伝導系の伝導速度が低下するため、PQ間隔は短縮ではなく延長する。進行すれば各度の房室ブロックもみられる。PQ間隔の短縮は、WPW症候群などの副伝導路症候群や、房室接合部調律などで生じる所見であり、低体温症の心電図所見ではない。よって本問で選ぶべき選択肢である。

  2. ×b.  心房細動

    低体温では心筋の興奮性と不応期が不均一になり、電気的に不安定になるため不整脈が起こりやすい。心房細動や心房粗動は中等度の低体温(おおむね32℃以下)でよくみられる不整脈であり、多くは復温とともに自然に洞調律へ戻る。低体温症の所見として正しい。

  3. ×c.  陰性T波

    低体温では心室の再分極が遅れ、かつ不均一になるため、QT間隔の延長とともにT波の平低化や陰転化(陰性T波)がみられる。低体温症の所見として正しい。

  4. ×d.  洞性徐脈

    体温低下により洞結節の自動能が抑制されるため、心拍数は体温の低下とともに減少し、洞性徐脈を呈する。これは代謝需要の低下に見合った生理的な反応の側面もあり、アトロピンなどの薬物への反応は乏しい。低体温症の所見として正しい。

  5. ×e.  J 波

    J波(Osborn波)は、QRS波の終末部とST部分の接合点(J点)に生じるドーム状・こぶ状の上向きの振れで、低体温症の代表的な心電図所見である。おおむね32℃前後以下で出現しやすく、体温が低いほど振幅が大きくなる傾向があり、胸部誘導(V2〜V5付近)や II 誘導で目立つ。心外膜側心筋の一過性外向き電流(Ito)が強まり、心内膜側との間に電位差が生じることが成因と考えられている。低体温症に特有ではなく、高カルシウム血症やくも膜下出血などでもみられることがある。低体温症の所見として正しい。

重症度分類(深部体温による目安)

・軽度(32〜35℃):シバリング(ふるえ)が盛ん、頻脈・血圧上昇、判断力の低下や構音障害。 ・中等度(28〜32℃):シバリングが消失し、意識レベルが低下。徐脈、心房細動、J波が目立つ。 ・高度(28℃未満):昏睡、瞳孔散大、対光反射減弱。心室細動を起こしやすく、さらに低下すると心静止に至る。 ※現場で体温が測れない場合は、意識状態とシバリングの有無で重症度を推定するスイス分類も用いられる。

その他の心電図上の注意点

シバリングがあると筋電図由来の基線の揺れ(アーチファクト)が入り、心房細動や心房粗動と見誤ることがある。

初期対応と治療の要点

・愛護的な取り扱い:重度低体温の心筋は刺激に過敏で、体位変換や乱暴な搬送が心室細動の引き金となるため、体を水平に保ち静かに扱う。 ・保温と復温:濡れた衣服を除き、さらなる熱喪失を防ぐ。軽症では毛布などによる受動的復温や、加温ブランケットなどによる能動的体表復温を行う。中等度以上では加温輸液(40℃前後)や加温加湿酸素の吸入などの体腔内(深部)加温を併用し、循環が不安定な高度低体温や心停止例では体外循環(ECMO や人工心肺)による復温が最も有効である。 ・体表だけを急速に温めると、末梢血管が拡張して冷たい血液が中枢に戻り深部体温がさらに下がる現象(アフタードロップ)や、血圧低下・アシドーシスの増悪(復温ショック)を招くことがあるため、重症例では深部加温を優先する。 ・心停止時の対応:心肺蘇生は継続するが、低体温の心筋では除細動や抗不整脈薬・血管収縮薬の効果が乏しい。30℃未満では除細動を数回までにとどめ、薬物投与は控えるか間隔を延ばし、復温を急ぐ。 ・「温めてから死亡と判断せよ(No one is dead until warm and dead)」という格言があるように、低体温下では長時間の心停止後でも神経学的に良好な回復例があるため、安易に蘇生を中止しない。

POINT

・偶発性低体温症の定義:意図しない深部体温35℃以下。 ・心電図は「遅くなる・延びる」:洞性徐脈、PQ延長(房室ブロック)、QRS拡大、QT延長、T波平低化・陰転化。 ・特徴的所見はJ波(Osborn波)。体温が低いほど目立つ。 ・不整脈:心房細動・粗動、高度低体温では心室細動・心静止。 ・PQ間隔の短縮はみられない(WPW症候群などの所見)。 ・重症例は愛護的に扱い、深部加温・体外循環で復温を急ぐ。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。