背中の激痛と二つに裂けた大動脈―「どこが裂けたか」で決まる合併症の地図
第104回医師国家試験 A問題 第23問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。突然の背部痛を主訴に来院した。高血圧のため投薬を受けている。胸部造影CTを別に示す。 合併する病態として考えにくいのはどれか。

- a.喀血
- b.腸管壊死
- c.急性腎不全
- d.下肢急性虚血
- e.大動脈弁閉鎖不全
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高血圧のある高齢者の突然の背部痛では急性大動脈解離を疑い、造影CTで上行大動脈に解離があればStanford A型、なければB型と分類します。合併症は「破裂」「分枝の灌流障害」「大動脈基部の障害」の3つの機序で整理でき、B型でも破裂による喀血や血胸、腹腔動脈・上腸間膜動脈・腎動脈・腸骨動脈の閉塞による腸管壊死、急性腎不全、下肢急性虚血、肋間動脈閉塞による対麻痺は起こりえます。一方、大動脈弁閉鎖不全、冠動脈閉塞による心筋梗塞、心タンポナーデは大動脈基部に解離が及ぶA型の合併症であり、B型では考えにくいです。A型は原則緊急手術、B型は降圧を中心とした内科治療が基本ですが、破裂や臓器虚血を伴えばステントグラフト内挿術などを検討します。解離の範囲から合併症を予測する考え方は、救急での迅速な治療判断に直結します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・75歳女性、高血圧で治療中 → 大動脈疾患の最大の危険因子である高血圧を持つ高齢者 ・突然発症の背部痛 → 急性大動脈解離、急性心筋梗塞、大動脈瘤破裂、肺塞栓症など「見逃すと致死的な胸背部痛」をまず考える ・胸部造影CT → 下行大動脈の内腔が内膜フラップ(剥がれた内膜)で真腔と偽腔の二腔に分かれている。一方、上行大動脈には解離所見がない。
診断
突然の背部痛(解離が下行大動脈に生じると、痛みは前胸部よりも背部・肩甲骨間に出やすい)と、造影CTで下行大動脈に限局した二腔構造を認めることから、Stanford B型の急性大動脈解離と診断できる。Stanford分類では、上行大動脈に解離が及ぶものをA型、及ばないものをB型とする。急性心筋梗塞は心電図のST上昇や異常Q波、心筋トロポニン・CKなど心筋逸脱酵素の上昇で診断されるが、本例は造影CTで診断が確定している。
設問の考え方
大動脈解離の合併症は大きく次の3つの機序で整理できる。 1. 破裂:偽腔の外壁は中膜の外側部分と外膜だけで薄く、破れやすい。破れた部位によって心タンポナーデ、血胸、縦隔血腫、肺・気管支への穿破(喀血)などが起こる。 2. 分枝の灌流障害(malperfusion):偽腔が真腔を圧排したり、解離が分枝の起始部に及んだりして、その分枝の血流が途絶える。 3. 大動脈基部の障害:解離が大動脈基部に及ぶと、大動脈弁の支持が失われて大動脈弁閉鎖不全が生じたり、冠動脈の起始部が閉塞したりする。 B型解離は下行大動脈より末梢の病変であるため、1と2(下行大動脈以下から出る分枝の虚血)は起こりうるが、3の上行大動脈・大動脈基部に由来する合併症は理論上起こらない。したがって「考えにくい」のは大動脈弁閉鎖不全である。
選択肢考察
- ×a. 喀血
胸部下行大動脈は左肺や気管支に接して走行している。解離した下行大動脈が破裂して肺実質内へ出血したり、気管支と交通(大動脈気管支瘻)したりすると喀血をきたす。B型解離でも起こりうる合併症であり、しかも致死的な徴候であるため誤り(考えうる病態)である。
- ×b. 腸管壊死
B型解離はしばしば腹部大動脈まで進展する。腹腔動脈や上腸間膜動脈の起始部が偽腔に圧排されたり、解離が分枝内へ及んだりすると腸管虚血を生じ、進行すれば腸管壊死に至る。腹痛、乳酸値上昇、代謝性アシドーシスなどで疑い、造影CTで評価する。起こりうる合併症であるため誤り。
- ×c. 急性腎不全
解離が腎動脈の起始部まで進展し、腎動脈が偽腔から血流を受けたり真腔の圧排で閉塞したりすると、腎梗塞・腎虚血から急性腎不全(急性腎障害)となる。腎灌流の低下はレニン分泌を促して高血圧を悪化させることもある。B型解離で起こりうるため誤り。
- ×d. 下肢急性虚血
解離が腹部大動脈末端から総腸骨動脈に及び、偽腔が真腔を圧排・閉塞すると、下肢の急性動脈閉塞をきたす。下肢の疼痛、蒼白、脈拍消失、知覚・運動障害などが出現する。B型解離で起こりうるため誤り。
- ○e. 大動脈弁閉鎖不全
大動脈弁閉鎖不全は、解離が上行大動脈の基部(大動脈弁輪~バルサルバ洞)に及び、弁尖を支える交連部が剥がれて弁が落ち込む(逸脱する)ことや、弁輪が拡大することで生じる。したがって上行大動脈に解離が及ぶStanford A型解離の合併症である。本例は上行大動脈に解離のないB型解離であり、解離によって大動脈弁閉鎖不全が新たに生じることは考えにくい。よってこれが正解である。
大動脈解離の分類
・Stanford分類(治療方針に直結する) A型:上行大動脈に解離がある(入口部の位置を問わない)→ 原則として緊急手術 B型:上行大動脈に解離がない → 合併症のないものは降圧・安静・鎮痛を中心とした内科治療が基本。破裂や臓器灌流障害などを伴う場合(complicated B型)は、ステントグラフト内挿術(TEVAR)などの侵襲的治療を考慮する。 ・DeBakey分類(入口部の位置と解離の範囲による) I型:上行大動脈に入口部があり、弓部より末梢まで及ぶ II型:上行大動脈に限局 III型:下行大動脈に入口部があり、IIIaは胸部に限局、IIIbは腹部まで及ぶ
解離の部位と合併症
・A型で特有に起こりうるもの:大動脈弁閉鎖不全、冠動脈閉塞による心筋梗塞(右冠動脈に多い)、心タンポナーデ(心膜腔内への破裂)、弓部分枝の閉塞による脳梗塞・上肢虚血(血圧の左右差) ・A型・B型のいずれでも起こりうるもの:肋間動脈(前脊髄動脈へ血流を送るAdamkiewicz動脈を含む)の閉塞による対麻痺、腹腔動脈・上腸間膜動脈の閉塞による腸管虚血・壊死、腎動脈閉塞による腎不全、腸骨動脈閉塞による下肢虚血、破裂による血胸・喀血など
診断
造影CTが第一選択であり、内膜フラップ、真腔と偽腔、偽腔の血流の有無(偽腔開存型か偽腔閉塞型か)、分枝への進展、破裂の有無を一度に評価できる。心エコーは、大動脈弁閉鎖不全や心嚢液の評価に有用である。
POINT
・Stanford A型=上行大動脈に解離あり、B型=上行大動脈に解離なし。 ・大動脈弁閉鎖不全、冠動脈閉塞(心筋梗塞)、心タンポナーデは大動脈基部に解離が及ぶA型の合併症であり、B型では起こらない。 ・B型でも、下行大動脈以下の分枝の閉塞(対麻痺、腸管壊死、腎不全、下肢虚血)や破裂(血胸、喀血)は起こりうる。 ・合併症は「破裂」「分枝の灌流障害」「大動脈基部の障害」の3つの機序に分けて考えると整理しやすい。
