StudyMed医師国家試験

キーボードの高さが肩を壊す―VDT作業者の頸肩腕症候群と産業医の処方箋

第103回医師国家試験 I問題 第54問

国試問題にチャレンジ

第103回 I問題 第54問

50歳の女性。頸肩腕部の痛みとしびれ感とを主訴に職場の産業医を受診した。職場で端末キーボードからデータを入力する作業を行っている。2週前から残業時間が長くなり,1週前から症状が強くなった。糖尿病と高血圧症との既往はない。左右の上肢とも関節に変形,圧痛および可動域制限はなく,腱反射と徒手筋力テストとは正常である。  産業医の指導として適切でないのはどれか。

  1. a.残業を中止する。
  2. b.一連続作業時間を短縮する。
  3. c.キーボードを肘よりも高い位置に置く。
  4. d.他の作業とのローテーションを導入する。
  5. e.空調の冷気が頸肩腕部に直接当たらないようにする。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、データ入力作業をしている人の首・肩・腕の痛みとしびれに対して、産業医がどんな指導をするかを問う問題だ。病名を当てるだけでなく「職場の何を変えれば症状が良くなるか」を考えるのがポイント。まず、この症状の原因として何を考えるかな。
医学生医学生
しびれがあるので、最初は頸椎症性神経根症や手根管症候群を思い浮かべました。
ドクタードクター
鑑別としては正しい発想だね。ただ、神経根症なら腱反射の低下や筋力低下、デルマトームに沿った感覚障害を伴いやすい。関節リウマチなら関節の変形や圧痛が出るし、糖尿病があれば末梢神経障害も考える。今回はそうした器質的な異常を示す所見がそろって陰性なんだ。
医学生医学生
そうすると、残業が増えてから悪化しているという時間経過のほうが大事なんですね。
ドクタードクター
その通り。長時間のキーボード入力で頸肩部を同じ姿勢に保ち、上肢を反復して使い続けたことで起こる頸肩腕症候群、つまりVDT作業による頸肩腕障害と考えられる。作業量の増加と症状の悪化がきれいに対応しているのが決め手だ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で「VDT作業」という言葉は聞きましたが、今は名前が変わったと習った気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。厚生労働省のガイドラインは2019年に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に改められた。さて、対策の基本は原因となる作業負担を減らすこと。今回は「適切でない」指導を選ぶ問題だから、かえって負担を増やすものを探せばいい。
医学生医学生
残業の中止は、まさに作業時間を減らす対策なので適切ですよね。
ドクタードクター
そう。残業が増えた後に症状が強くなっているから、総作業時間を減らして経過を見るのは妥当な作業管理だ。連続作業時間の短縮も同じ考え方で、ガイドラインでは一連続作業時間を1時間以内にして、次の作業までに10〜15分の休止を入れ、途中にも1〜2回の小休止をとることが勧められている。
医学生医学生
同じ姿勢が続くと筋肉が緊張しっぱなしで血流が落ちるから、こまめに休むわけですね。他の作業とのローテーションも負担の分散になりそうです。
ドクタードクター
そうだね。使う筋肉や姿勢の違う業務と交互に行えば、特定の筋群に負担が集中するのを避けられる。それから空調の冷気も見逃せない。冷気が直接当たると局所の血管が収縮して血流が落ち、筋がこわばって痛みやしびれが悪化しやすいから、吹き出し口の向きや座席を調整するのは作業環境管理として適切だ。
医学生医学生
残るのはキーボードを肘より高く置くという指導ですね。腕を持ち上げ続けることになるので、むしろ肩がつらくなりそうです。
ドクタードクター
正解。キーボードが肘より高いと、腕を浮かせるために肩をすくめる姿勢になり、僧帽筋など肩周りの筋の持続的な収縮が増える。さらに手首が反り返った背屈位を強いられて、前腕の筋・腱や手根管への負担も大きくなる。これが今回の「適切でない」指導だ。
医学生医学生
では、正しい高さはどのくらいなんでしょうか。
ドクタードクター
上腕を体の横に自然に下ろし、肘を90度以上に曲げたときに、キーボードが肘の高さかやや低い位置にあって、手首がまっすぐに近い状態を保てる配置がよい。ディスプレイは画面の上端が眼の高さとほぼ同じかやや下、視距離はおおむね40cm以上が目安だ。
医学生医学生
臨床実習の合間に電子カルテを長時間打っていると肩が凝るのも、同じ理屈なんですね。自分の机も見直してみます。
ドクタードクター
ぜひそうしてほしい。発展として、情報機器作業の健康影響は筋骨格系だけでなく、眼精疲労やドライアイなどの眼の症状、頭痛や不眠などの精神神経系の症状にも及ぶ。照明も大事で、画面上の照度は500ルクス以下、書類やキーボード上は300ルクス以上としてグレアを防ぐ。健康管理としては配置前と1年以内ごとの定期健康診断で、業務歴や自覚症状、眼科学的検査、筋骨格系の検査を行う。
医学生医学生
作業時間・作業環境・健康管理と、労働衛生の管理の考え方そのものですね。
ドクタードクター
その通り。そして臨床で注意したいのは、頸肩腕症候群は器質的異常が見つからないことが多いぶん、他疾患の除外が前提になるという点だ。反射低下や筋力低下、デルマトームに一致する感覚障害が出てきたら、作業の問題と決めつけずに整形外科的・神経学的な精査を考えよう。

まとめ

キーボード入力などの情報機器作業に従事する人が、作業時間の増加とともに頸肩腕部の痛みやしびれを訴え、関節所見や神経学的所見に異常がなければ、頸肩腕症候群を考えます。対策の基本は作業負担の軽減で、残業の制限、一連続作業1時間以内と10〜15分の休止、他業務とのローテーション、冷気を避ける環境調整などが適切です。キーボードは肘の高さかやや低い位置に置くのが原則で、肘より高いと肩の挙上と手首の背屈を強いられ、症状を悪化させるため不適切です。ガイドラインは2019年に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に改められ、照度や視距離、健康診断の内容も定められています。症状を病名で終わらせず、作業管理・作業環境管理・健康管理の視点から職場を改善する考え方は、産業医学の基本として臨床でも役立ちます。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・50歳女性。頸部から肩、腕にかけての痛みとしびれ感を訴えて産業医を受診した。 ・業務はキーボードによるデータ入力、すなわちVDT作業(Visual Display Terminals:ディスプレイ・キーボードなどを用いる作業。現在は「情報機器作業」と呼ばれる)である。 ・2週前から残業が増え、その1週後から症状が悪化しており、作業量の増加と症状の増悪が時間的に対応している。 ・糖尿病・高血圧症の既往はなく、糖尿病性末梢神経障害などを考える根拠に乏しい。 ・上肢の関節に変形・圧痛・可動域制限はなく、腱反射・徒手筋力テスト(MMT)も正常である。

診断に至る考え方

頸肩腕部の痛み・しびれでは、頸椎症性神経根症や頸椎椎間板ヘルニア(反射低下・筋力低下・デルマトームに沿った感覚障害を伴いやすい)、手根管症候群などの絞扼性末梢神経障害、関節リウマチなどの関節疾患、糖尿病性ニューロパチーなどを鑑別する。本例では関節所見・神経学的所見に異常がなく、これらを積極的に疑う所見はない。長時間のキーボード入力という上肢と頸肩部を同じ姿勢に保つ反復作業に従事し、作業時間の増加に伴って症状が悪化していることから、VDT作業による頸肩腕症候群(頸肩腕障害)と考えられる。

設問への考え方

頸肩腕症候群への対応の基本は、原因となる作業負担を減らすことである。具体的には、作業時間の管理(残業の制限、連続作業時間の短縮と休止の確保)、作業内容の分散(他の作業との組み合わせ)、作業姿勢・機器配置の適正化、作業環境(冷気・照明など)の調整を行う。本問は「適切でないもの」を選ぶ問題であり、頸肩腕部の負担をかえって増やす指導を探せばよい。

選択肢考察

  1. ×a.  残業を中止する。

    適切な指導である。残業時間が延びた後に症状が強くなっており、作業時間の増加が症状悪化の誘因と考えられる。残業を中止(制限)して総作業時間を減らし、症状の経過を観察することは、作業管理として妥当な対応である。

  2. ×b.  一連続作業時間を短縮する。

    適切な指導である。同じ姿勢での入力作業が長く続くと、頸部・肩周囲の筋に持続的な緊張がかかり、血流低下や疲労の蓄積が起こる。厚生労働省のガイドラインでは、一連続作業時間が1時間を超えないようにし、次の連続作業までに10~15分の作業休止時間を設け、さらに連続作業の途中にも1~2回程度の小休止をとることが推奨されている。連続作業時間を短くすることは筋の疲労回復に役立つ。

  3. ○c.  キーボードを肘よりも高い位置に置く。

    適切でない指導であり、これが正解である。キーボードが肘より高い位置にあると、腕を持ち上げた状態を保つために肩をすくめるような姿勢となり、僧帽筋など肩周囲の筋や上腕の筋の持続的な収縮が増す。さらに手首が反り返る(背屈する)姿勢を強いられ、前腕の筋・腱や手根管への負担も大きくなる。その結果、頸肩腕部の症状はむしろ悪化する。適切な配置は、上腕を体の横に自然に下ろして肘を約90度以上に曲げたとき、キーボードが肘の高さかそれよりやや低い位置にあり、手首がまっすぐに近い状態に保てる配置である。

  4. ×d.  他の作業とのローテーションを導入する。

    適切な指導である。キーボード入力のみを長時間続けると、特定の筋群に負担が集中する。姿勢や使う筋肉の異なる別の業務と交互に行う(ローテーションする)ことで、負担を分散させ、同一姿勢の持続を避けることができる。職場の実情に応じて導入可能であれば有効な対策である。

  5. ×e.  空調の冷気が頸肩腕部に直接当たらないようにする。

    適切な指導である。冷気に直接さらされると、局所の血管が収縮して血流が低下し、筋が硬くこわばって、こり・痛み・しびれが悪化しやすい。空調の吹き出し口の向きや座席の位置を調整し、頸肩腕部を冷やさないようにすることは作業環境管理として妥当である。

頸肩腕症候群(頸肩腕障害)

・頸部、肩、上腕、前腕、手指の一部またはすべてに、こり・痛み・しびれ・だるさなどを生じる状態の総称である。 ・キーボード入力、流れ作業、レジ作業など、上肢を反復して使い、頸肩部を同じ姿勢で保ち続ける作業で起こりやすい。 ・器質的な異常(神経根障害、関節疾患など)が明らかでないことが多く、他疾患の除外が重要である。 ・対策は、作業時間・作業量の調整、作業姿勢や機器配置の改善、休止・ストレッチ、環境調整などである。

VDT作業(情報機器作業)による健康影響

・眼の症状:眼精疲労、ドライアイ、視力低下感など ・筋骨格系の症状:頸肩腕部のこり・痛み、腰痛など ・精神神経系の症状:疲労感、頭痛、いらいら、不眠など

厚生労働省のガイドラインの主な内容

・2002年に「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が示され、2019年に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」へと改められた。 ・作業時間:一連続作業時間は1時間を超えないようにし、次の連続作業までに10~15分の作業休止時間を設ける。一連続作業時間内にも1~2回程度の小休止を設ける。 ・作業姿勢・機器:椅子に深く腰掛け、足裏全体が床に接する。上腕は自然に下ろし、キーボードは肘の高さか少し低めに置く。ディスプレイは画面上端が眼の高さとほぼ同じかやや下になるようにし、視距離はおおむね40cm以上を確保する。 ・照明:ディスプレイ画面上の照度は500ルクス以下、書類上とキーボード上の照度は300ルクス以上とし、グレア(まぶしさ、映り込み)を防ぐ。 ・健康管理:配置前および定期(1年以内ごとに1回)の健康診断、業務歴・自覚症状の調査、眼科学的検査、筋骨格系の検査などを行う。

POINT

・キーボード入力作業者の頸肩腕部の痛み・しびれで、神経学的・関節の所見が正常なら、VDT作業による頸肩腕症候群を考える。 ・対策は作業時間の管理(残業制限、連続作業1時間以内・10~15分の休止)、作業の分散(ローテーション)、姿勢・機器配置の改善、冷気など環境の調整である。 ・キーボードは肘の高さかやや低い位置に置く。肘より高いと肩・前腕・手関節の負担が増え不適切である。 ・VDT作業ガイドラインは2019年に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に改められた。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。