その腰痛、仕事の「動き」に答えがある―介護職の腰痛にまず何をするか
第103回医師国家試験 I問題 第53問
国試問題にチャレンジ
26歳の女性。腰痛を主訴に来院した。1年前から介護老人保健施設で介護職として働いていた。3か月前から入所者の介護に際し,腰痛を自覚するようになった。体幹前屈時に腰痛が増強し,脊柱の可動域は制限されている。第3~5腰椎レベルの傍脊柱筋と梨状筋部とに圧痛を認める。Lasègue徴候陰性。深部腱反射と下肢筋力とは正常である。感覚障害を認めない。 まず行うのはどれか。2つ選べ。
- a.退職を勧める。
- b.心理テストを行う。
- c.作業内容を詳細に聴取する。
- d.介護時の姿勢・動作を指導する。
- e.腰痛消失まで安静臥床を指示する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
神経学的異常やレッドフラッグがなく、介護作業に伴って出現した腰痛は、筋・筋膜性の非特異的腰痛、すなわち職業性腰痛と考えます。最初に行うべきは、どの作業をどんな姿勢・頻度で行っているかを詳しく聴取し、腰に負担の少ない姿勢・動作を指導することです。いきなりの退職勧奨は過剰であり、作業の改善、福祉用具の利用、配置の配慮を段階的に検討します。急性腰痛では長期の安静臥床は回復を遅らせるため勧められず、心理社会的因子の評価は慢性化例や所見と訴えが合わない場合に考えます。腰痛は業務上疾病で最も多く、診察室での指導と職場の予防対策をつなげて考える視点は、臨床医にも産業保健にも欠かせません。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・26歳女性、介護職として1年勤務し、3か月前から入所者の介護を行う際に腰痛が出るようになった。仕事の動作と症状の出現が時間的に結びついている。 ・体幹を前に曲げると痛みが強まり、脊柱の動く範囲が狭くなっている。前屈は椎間板や背部の筋・筋膜に負荷をかける動作であり、前屈時痛は筋・筋膜性腰痛や椎間板性腰痛でよくみられる。 ・圧痛は第3~5腰椎レベルの傍脊柱筋(脊柱の両脇を縦に走る脊柱起立筋群など)と梨状筋部(殿部の深層にある股関節外旋筋)に限られる。 ・Lasègue徴候(仰臥位で膝を伸ばしたまま下肢を挙上すると坐骨神経に沿った痛みが誘発される徴候)は陰性で、深部腱反射・下肢筋力・感覚はいずれも正常である。
診断に至る考え方
腰痛の診療では、まず危険な原因を示す徴候(レッドフラッグ)と神経症状の有無を確認する。レッドフラッグとは、発熱、体重減少、がんの既往、安静時や夜間にも続く痛み、外傷歴、膀胱直腸障害などで、感染症・悪性腫瘍・骨折・馬尾障害などを疑わせる所見である。本例にはこれらを示す情報がない。 また、腰椎椎間板ヘルニア(特にL4/5、L5/S1)では神経根が圧迫されてLasègue徴候が陽性となり、支配領域の反射低下・筋力低下・感覚障害を伴うことが多い。本例は神経学的所見がすべて正常であり、神経根障害は考えにくい。腰部脊柱管狭窄症も、年齢が若く間欠跛行や下肢症状がないことから否定的である。 以上から、重篤な疾患や神経障害を伴わない非特異的腰痛であり、介護作業による腰部への繰り返しの負担を背景とした職業性腰痛(筋・筋膜性腰痛)と考えるのが妥当である。
設問への考え方
職業性腰痛の対応では、原因となっている作業上の負担を把握し、それを減らすことが最初の一歩になる。どのような介助をどの程度の頻度で、どのような姿勢で行っているかを詳しく聞き取り、そのうえで腰に負担の少ない姿勢・動作を指導する。仕事を辞めさせる、長期間寝かせるといった過剰な対応や、器質的・作業的な評価を飛ばして心因性を疑う対応は、「まず行う」ものとしては不適切である。
選択肢考察
- ×a. 退職を勧める。
誤り。本例は神経症状のない非特異的腰痛であり、作業方法の改善や負担の軽減で十分対応できる可能性が高い。職業性腰痛への対応は、作業内容の見直し、補助具の活用、必要に応じた一時的な配置転換や業務量の調整などを段階的に検討するのが原則である。最初から退職を勧めることは患者の生活基盤を奪う過剰な対応であり、不適切である。
- ×b. 心理テストを行う。
誤り。心理社会的因子(仕事への不満、ストレス、抑うつなど)は腰痛の慢性化に関わることが知られており、痛みが長引く場合や身体所見と訴えが釣り合わない場合には評価の意義がある。しかし本例は介護作業という明確な身体的負荷があり、前屈時痛や限局した圧痛など身体所見とも整合している。作業内容の把握や姿勢指導より先に心理テストを行う理由はなく、まず行う対応ではない。
- ○c. 作業内容を詳細に聴取する。
正解。腰痛が介護業務の開始後に、しかも介護動作の際に出現していることから、業務上の負担が原因である可能性が高い。移乗介助(ベッドから車椅子への移し替えなど)、体位変換、入浴・排泄介助などのうち何を、どの頻度で、どのような姿勢(中腰、前かがみ、ひねり)で行っているか、一人で抱え上げているか、補助具を使っているかなどを具体的に聞き取ることで、負担の大きい動作を特定できる。これは後の姿勢指導や職場への配慮の依頼の土台となる。
- ○d. 介護時の姿勢・動作を指導する。
正解。介護作業では前かがみ、中腰、体幹のひねり、重量の抱え上げが繰り返され、腰部に大きな負担がかかる。対象者にできるだけ近づく、膝を曲げて腰を落とし背すじを伸ばす、体をひねらず足の向きごと方向を変える、ベッドの高さを調整する、スライディングボードやリフトなどの福祉用具を使う、複数人で介助する、といった具体的な指導は、症状の軽減と再発予防の両方に役立つ。
- ×e. 腰痛消失まで安静臥床を指示する。
誤り。急性・亜急性の非特異的腰痛では、長期の安静臥床は回復を遅らせ、筋力低下や体力低下、慢性化につながることが示されている。現在の診療ガイドラインでは、安静は痛みが強い時期の必要最小限にとどめ、可能な範囲で日常生活の活動を続けることが推奨されている。まして痛みが消えるまで寝ていることを指示するのは過剰であり、不適切である。
職業性腰痛
・業務上疾病(仕事が原因で起こる病気)のなかで腰痛は最も多く、休業4日以上の業務上疾病のおよそ6割を占める。 ・腰痛が起こりやすい作業として、重量物の取り扱い、介護・看護作業、長時間の立ち作業や座り作業、車両運転などが挙げられる。 ・介護作業は腰痛の発生が特に多い分野であり、厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」でも重点的に取り上げられている。同指針では、介護・看護作業において対象者を人力のみで抱え上げることは原則として行わせず、リフトなどの福祉用具を積極的に使用することが求められている。 ・予防対策は、作業管理(作業姿勢・動作の改善、補助機器の使用、作業時間や人員配置の工夫)、作業環境管理(照明、床面、作業空間、温度など)、健康管理(健康診断、腰痛予防体操)、労働衛生教育を組み合わせて行う。
腰痛の初期評価の流れ
1. レッドフラッグ(発熱、体重減少、悪性腫瘍の既往、安静時・夜間痛、外傷、ステロイド使用、膀胱直腸障害、進行する神経脱落症状など)の確認。あれば画像検査などで重篤な疾患を検索する。 2. 神経症状(下肢痛・しびれ、Lasègue徴候、反射・筋力・感覚の異常)の確認。あれば椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などを考える。 3. いずれもなければ非特異的腰痛として扱い、原因となる負荷の把握・軽減、活動性の維持、必要に応じた鎮痛薬などで対応する。
非特異的腰痛の治療の原則
・安静臥床は勧めず、痛みの範囲内で活動を維持する。 ・動作・姿勢の指導、運動療法(慢性例で有効性が高い)を行う。 ・痛みが長引く場合は心理社会的因子(イエローフラッグ)の関与も考慮する。
POINT
・神経学的異常がなく、介護作業に伴って出現した腰痛は職業性の非特異的腰痛と考える。 ・対応の第一歩は、作業内容の具体的な聴取と、腰に負担の少ない姿勢・動作の指導である。 ・急性腰痛で長期の安静臥床は勧めない。活動性を保つことが回復を早める。 ・いきなりの退職勧奨は過剰対応である。作業改善、福祉用具の利用、配置の配慮を段階的に検討する。 ・心理社会的因子の評価は、慢性化例や身体所見と訴えが合わない場合に考慮する。
