酒と空腹が脳の真ん中を傷つける―FLAIR像で読み解くWernicke脳症
第103回医師国家試験 I問題 第52問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。建設作業に従事している。朝から意味不明なことを言い,暴れるようになったため搬入された。日本酒で晩酌を20年間。1年前から食事を十分にとらず,酒量も増えて1升(1.8L)/日になった。昨夜も飲酒していた。頭部単純MRIのFLAIR像(A)(B)を別に示す。 診断はどれか。

- a.ペラグラ
- b.低血糖発作
- c.Wernicke脳症
- d.一酸化炭素中毒
- e.シンナー(トルエン)中毒
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
長期の大量飲酒に低栄養が重なった人の急性の意識障害では、ビタミンB1(チアミン)欠乏によるWernicke脳症を必ず考えます。MRIのFLAIR像で第三脳室・中脳水道周囲、視床内側、乳頭体に左右対称の高信号がみられるのが特徴で、意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調の三主徴がそろわない例も多くあります。鑑別では、淡蒼球病変の一酸化炭素中毒、白質病変のトルエン中毒、皮膚炎と下痢を伴うペラグラ、皮質や海馬などに病変がみられる低血糖脳症を、病歴と病変分布で見分けます。治療は検査結果を待たずにチアミンを静注することで、ブドウ糖はチアミンの後か同時に投与します。治療が遅れるとKorsakoff症候群に移行するため、「疑ったらすぐチアミン」という判断は救急・病棟のどこでも役立つ基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・53歳男性、建設作業員。朝から意味の通らないことを言い、暴れるようになった。急性の意識障害(せん妄)である。 ・日本酒の晩酌を20年続け、1年前からは食事を十分にとらずに1日1升(1.8L)を飲んでいる。長期の大量飲酒に、低栄養が重なっている。 ・頭部MRIのFLAIR像: A(中脳~第三脳室底の高さ)では、第三脳室の底部周囲(視床下部・乳頭体付近)と、中脳水道周囲から中脳被蓋(四丘体)にかけて、左右対称の高信号がある。 B(視床の高さ)では、第三脳室を左右から挟む視床の内側部に、左右対称の高信号がある。
診断へのプロセス
慢性的に大量飲酒を続ける人に急な精神症状や意識障害が出たときは、次のようなものを鑑別する。 ・酩酊そのもの(急性アルコール中毒) ・アルコール離脱せん妄(振戦せん妄。最後の飲酒から48~96時間ごろに起こりやすい) ・代謝性脳症(低血糖、肝性脳症、低Na血症など) ・頭部外傷(慢性硬膜下血腫など) ・栄養欠乏による脳症(Wernicke脳症、ペラグラ脳症) 本例は昨夜も飲酒しているため、離脱せん妄の典型的な時期には当たらない。「長期の大量飲酒」と「食事をとっていない」という背景は、ビタミンB1(チアミン)欠乏をもたらす典型的な状況である。さらにMRIで、第三脳室・中脳水道の周囲、視床内側、乳頭体といった「脳室を取り囲む正中部」に左右対称の病変がある。これはWernicke脳症に特徴的な分布である。病歴と画像を合わせてWernicke脳症と診断できる。
臨床上の注意
Wernicke脳症の古典的な三主徴は「意識障害(精神症状)・眼球運動障害・小脳性運動失調」だが、三つすべてがそろう例は少数である。本例のように意識障害だけで受診することも多い。治療の遅れは不可逆的な記憶障害(Korsakoff症候群)や死亡につながるため、疑った時点で検査結果を待たずにチアミンを静注する。
選択肢考察
- ×a. ペラグラ
ペラグラはナイアシン(ニコチン酸)の欠乏症で、アルコール依存症の人にもみられる。皮膚炎(Dermatitis:日光の当たる部位の対称性の紅斑・色素沈着)、下痢(Diarrhea)、認知症・精神症状(Dementia)の「3D」を特徴とし、進行すると死に至る(Death)。精神症状は起こりうるが、本例には皮膚症状や下痢の記載がない。また、第三脳室・中脳水道周囲に左右対称の病変をつくるMRI像はペラグラに特徴的なものではない。
- ×b. 低血糖発作
飲酒と低栄養は、肝臓での糖新生を抑えて低血糖の原因となる。低血糖でも異常行動や意識障害が起こるので、アルコール多飲者の意識障害では必ず血糖を測定する。しかし、低血糖脳症でMRI異常が出るときは、大脳皮質・海馬・基底核・内包などに病変がみられるのが一般的である。第三脳室・中脳水道周囲や視床内側、乳頭体に対称性の病変をつくる本例の画像とは分布が異なる。なお、アルコール多飲者にブドウ糖を投与する場合は、チアミンを先に(少なくとも同時に)投与する。チアミンがないままブドウ糖を代謝させると、Wernicke脳症を誘発・悪化させるおそれがあるためである。
- ○c. Wernicke脳症
チアミン(ビタミンB1)は、ピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素などの補酵素として糖代謝に必須である。長期の大量飲酒は、食事量の低下、腸管での吸収障害、肝臓での貯蔵低下などによってチアミン欠乏を招く。欠乏するとエネルギー需要の高い脳室周囲の灰白質が障害される。本例は長年の大量飲酒と1年にわたる低栄養という背景に急性の意識障害を呈した。MRIのFLAIR像では、第三脳室周囲(視床内側・視床下部・乳頭体)と中脳水道周囲に左右対称の高信号がみられる。これらはWernicke脳症に特徴的な所見であり、診断は確定的である。
- ×d. 一酸化炭素中毒
一酸化炭素中毒は、不完全燃焼(練炭、室内での暖房器具など)の状況で起こる。一酸化炭素はヘモグロビンとの結合力が酸素よりはるかに強く、組織が低酸素状態になって意識障害を起こす。MRIでは両側淡蒼球の対称性病変が特徴的である。回復して数日~数週後に、大脳白質の脱髄による間欠型(遅発性)の脳症を起こすことがある。本例には一酸化炭素にさらされたという病歴がなく、病変の分布も異なる。
- ×e. シンナー(トルエン)中毒
トルエンは脂溶性が高く、長期に吸入すると大脳白質のびまん性萎縮・T2強調像での高信号や、基底核・視床のT2強調像での低信号を起こし、認知機能障害・小脳失調・視神経障害などが現れる。急性中毒では酩酊状態、幻覚、意識障害を起こす。本例にはシンナーを吸入した病歴がなく、画像も脳室周囲の正中部に限られた対称性病変であり、合わない。
Wernicke脳症の要点
・原因:チアミン(ビタミンB1)欠乏。背景として、アルコール依存症が最も多い。ほかに妊娠悪阻、神経性やせ症(神経性食思不振症)、消化管の手術後(肥満外科手術を含む)、長期の絶食、チアミンを含まない高カロリー輸液、悪性腫瘍、透析などがある。 ・三主徴:意識障害(見当識障害、無関心、せん妄など)、眼球運動障害(眼振、外転神経麻痺、注視麻痺)、小脳性運動失調(主に体幹・歩行の失調)。三つそろうのは一部の例のみである。 ・病理:乳頭体、第三脳室壁、視床背内側核、中脳水道周囲灰白質、第四脳室底、小脳虫部に、左右対称の点状出血・壊死・毛細血管の増生がみられる。 ・MRI:上記の部位がT2強調像・FLAIR像で高信号となり、急性期には拡散強調像でも高信号を示すことがある。慢性期には乳頭体の萎縮が残る。MRIが正常でも診断は否定できない。 ・治療:疑った段階でただちにチアミンを大量に静注する。ブドウ糖はチアミンの後、または同時に投与する。マグネシウム欠乏があれば補正する(チアミンが働くのに必要)。 ・経過:眼球運動障害は治療に比較的よく反応するが、治療が遅れるとKorsakoff症候群(前向性健忘・逆向性健忘・見当識障害・作話を特徴とする健忘症候群)に移行する。両者をまとめてWernicke-Korsakoff症候群と呼ぶ。
アルコール関連の精神神経障害の整理
・急性アルコール中毒:単純酩酊、異常酩酊(複雑酩酊、病的酩酊)。アルコールが体から抜ければ元に戻る。 ・離脱症候群:早期(断酒後数時間~2日)の振戦・発汗・不眠・けいれん発作、後期(2~4日)の振戦せん妄(幻視・自律神経症状の亢進)。 ・慢性期の障害:アルコール幻覚症、アルコール嫉妬妄想、Korsakoff症候群、アルコール性認知症。 ・その他の神経障害:Wernicke脳症、Marchiafava-Bignami病(脳梁の脱髄・壊死)、浸透圧性脱髄症候群(低Na血症を急に補正したとき)、小脳変性症、多発ニューロパチー、ペラグラ脳症。
画像で病変部位から考える鑑別
・第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体、視床内側:Wernicke脳症 ・両側淡蒼球:一酸化炭素中毒 ・大脳白質のびまん性病変・萎縮:トルエン中毒 ・脳梁:Marchiafava-Bignami病 ・橋中心部:浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症) ・大脳皮質・海馬・基底核:低血糖脳症、低酸素脳症
POINT
・長期の大量飲酒と低栄養がある人に急性の意識障害が起これば、Wernicke脳症(ビタミンB1欠乏)を必ず考える。 ・三主徴は、意識障害・眼球運動障害・運動失調。三つそろわないことが多い。 ・MRIでは、第三脳室・中脳水道周囲、視床内側、乳頭体に左右対称のT2強調像・FLAIR像の高信号がみられる。 ・治療はチアミンの即時静注。ブドウ糖を先に単独で投与すると悪化しうる。 ・治療が遅れるとKorsakoff症候群(健忘・作話)に移行する。 ・画像の鑑別:淡蒼球→一酸化炭素中毒、白質→トルエン中毒。
