ボール1球が心臓を止める―心臓震盪と「受攻期」の危険なタイミング
第103回医師国家試験 G問題 第35問
国試問題にチャレンジ
高校生が野球の練習中にボールを胸に受けて意識消失した。 最も考えられるのはどれか。
- a.心静止
- b.洞性徐脈
- c.心室細動
- d.房室ブロック
- e.右脚ブロック
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心疾患のない若年者が前胸部に野球のボールなどの鈍的衝撃を受け、直後に意識を失った場合は心臓震盪を考えます。心臓震盪は胸壁や心臓に器質的損傷がないにもかかわらず、衝撃がT波頂点直前の受攻期に一致することで心室細動が誘発される病態で、有効な拍出が失われるため数秒で意識を失います。心静止は除細動されない心室細動の行き着く先であり、洞性徐脈や房室ブロックは胸部打撲直後の失神の主因としては考えにくく、右脚ブロックは単独で意識消失をきたしません。救命の鍵は、直ちに胸骨圧迫を開始し、AEDで一刻も早く除細動することであり、防具だけでは完全に予防できないため、学校やスポーツ現場でのAED配置と心肺蘇生法の普及が重要です。病態の機序と現場での初期対応を結びつけて理解しておくことは、医師としてだけでなく、一人のバイスタンダーとしても命を救う力になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・若年者(高校生)で、基礎心疾患の存在は示されていない。 ・野球の練習中に、ボールが前胸部に当たった直後に意識を失っている。 ・前胸部への比較的軽い鈍的外力が引き金となっている。
診断へのプロセス
健康な若年者が、前胸部に野球のボールなどの鈍的な衝撃を受けた直後に突然倒れる場合、まず考えるべきは心臓震盪(commotio cordis)である。心臓震盪は、胸骨・肋骨や心臓自体に構造的な損傷がないにもかかわらず、胸部への衝撃が心電図上の特定のタイミングに重なることで致死的不整脈が誘発され、心停止に陥る病態である。 誘発される不整脈の主体は心室細動(VF:ventricular fibrillation)である。心室の電気的な興奮の回復過程にあたるT波の頂点直前の時相(受攻期)に衝撃が加わると、機械的刺激によって心筋のイオンチャネル(伸展活性化チャネルなど)が開き、異常な興奮が生じてVFへ移行すると考えられている。VFでは心室が無秩序に細かく震えるだけで有効な拍出ができないため、脳血流が途絶して数秒で意識を失う。
設問の考え方
「胸部への衝撃」と「突然の意識消失」を結ぶ機序として最も頻度が高く、かつ直ちに除細動で救命しうる不整脈を選べばよい。徐脈性不整脈や伝導障害は、若年健常者への胸部打撲後の意識消失を説明する主因としては考えにくい。
選択肢考察
- ×a. 心静止
心静止(asystole)は心臓の電気活動が消失した状態で、意識消失の原因にはなりうる。しかし心臓震盪で最初に生じるのは心室細動であり、心静止は心室細動が除細動されないまま時間が経過した結果として移行する二次的な状態と考えるのが妥当である。衝撃直後の意識消失の原因として最も考えられるものではない。
- ×b. 洞性徐脈
洞性徐脈(洞結節からの規則正しい興奮だが心拍数が低下した状態)は、極端に高度であれば脳血流低下により意識を失うこと(Adams-Stokes発作)もありうる。しかし、若年健常者が胸部にボールを受けた直後に高度の洞性徐脈を生じて失神することは考えにくく、最も考えられる病態ではない。
- ○c. 心室細動
健康な若年者が前胸部に鈍的衝撃を受け、直後に意識を失う病態は心臓震盪であり、その本態は衝撃が心周期の受攻期(T波頂点直前)に一致したことで誘発される心室細動である。心室細動では有効な心拍出が失われ、数秒で意識消失、放置すれば数分で死に至る。直ちに胸骨圧迫を開始し、AED(自動体外式除細動器)による電気ショックを行えば救命が期待できる。
- ×d. 房室ブロック
房室ブロックは心房から心室への興奮伝導が障害される状態で、III度(完全)房室ブロックなど高度のものでは著明な徐脈によりAdams-Stokes発作として意識を失うことがある。しかし、健常な高校生が胸部にボールを受けたことで房室ブロックが生じて失神するという経過は考えにくい。
- ×e. 右脚ブロック
右脚ブロックは右脚の伝導遅延・途絶により心電図でQRS幅の延長などを示すが、心室は左脚側から伝わる興奮によって収縮するため、血行動態への影響はほとんどない。右脚ブロック単独で意識消失をきたすことはなく、健常者にもしばしば認められる所見である。
心臓震盪(commotio cordis)の概要
・定義:心疾患のない人の前胸部に比較的軽い鈍的外力が加わり、胸壁や心臓に器質的損傷がないにもかかわらず心停止に陥る病態。 ・好発:18歳以下の若年者がほとんどで、小中学生にも多い。若年者は胸郭が柔らかく、衝撃が心臓に伝わりやすいことが一因とされる。 ・原因となる外力:野球・ソフトボールのボール、ホッケーのパック、空手などの格闘技の打撃、他者との接触など。 ・機序:衝撃が心周期のT波頂点の直前(受攻期)に一致すると、心筋が機械的に伸展されてイオンチャネルが活性化し、心室細動が誘発される。胸の中央、心臓の直上に当たることが条件の一つとされる。
対応
・倒れた人を認めたら、反応と呼吸を確認し、反応がなく普段どおりの呼吸がなければ(死戦期呼吸を含む)、直ちに119番通報とAEDの手配を行い、胸骨圧迫を開始する。 ・AEDが到着したら速やかに解析・電気ショックを行う。心室細動は除細動までの時間が1分遅れるごとに救命率が大きく低下するため、現場のバイスタンダー(居合わせた人)による迅速な対応が転帰を左右する。 ・スポーツの現場や学校にAEDを配置すること、指導者や生徒が心肺蘇生法を習得しておくことが重要である。
予防
胸部プロテクターの着用や、柔らかいボールの使用などが検討されているが、防具で完全に予防できるわけではないため、AEDによる早期除細動の体制整備が最も重要である。
鑑別として押さえたい病態
・心挫傷:強い外力による心筋の器質的損傷で、心筋逸脱酵素の上昇や心電図変化を伴う。心臓震盪は器質的損傷がない点で異なる。 ・若年者の運動中突然死の原因としては、肥大型心筋症、冠動脈起始異常、QT延長症候群などの基礎疾患によるものもある。
POINT
・若年健常者が前胸部に鈍的衝撃を受けて直後に倒れたら心臓震盪を考える ・心臓震盪の本態は、受攻期(T波頂点直前)への衝撃で誘発される心室細動 ・胸壁・心臓に器質的損傷はない ・救命の鍵は、直ちに胸骨圧迫を開始し、AEDで早期に除細動すること
