StudyMed医師国家試験

大声は逆効果?―老人性難聴の「聞こえ方」から考える正しい話しかけ方

第103回医師国家試験 E問題 第4問

国試問題にチャレンジ

第103回 E問題 第4問

老人性難聴の患者への対応として適切なのはどれか。2つ選べ。

  1. a.近づいて普通の大きさの声で話す。
  2. b.補聴器のボリュームをできるだけ上げる。
  3. c.患者の興味のある話題を選んで話しかける。
  4. d.高い音のチャイムで食事の時間を知らせる。
  5. e.音声を介したコミュニケーションを避ける。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、老人性難聴の患者さんとどうコミュニケーションをとるかを問う問題だ。ポイントは「どの高さの音が」「どんなふうに」聞こえにくいのか、という病態の理解。そこがわかれば、適切な対応は自然に導けるよ。まず、老人性難聴はどんな種類の難聴だったかな。
医学生医学生
加齢による両側性の感音難聴ですよね。だから、とにかく大きな声でゆっくり話せばいいのかなと思っていました。
ドクタードクター
多くの人がそう考えがちなんだけど、実は大声は逆効果になりうるんだ。障害の主座は内耳の蝸牛で、内耳性難聴には補充現象、いわゆるリクルートメント現象がある。小さい音は聞こえにくいのに、ある大きさを超えると急に正常耳と同じか、それ以上にうるさく感じてしまう。
医学生医学生
耳鼻科の講義で習いました。聞こえ始める音と不快に感じる音の差、ダイナミックレンジが狭くなるんですよね。
ドクタードクター
その通り。だから大声で話すと「うるさい」「響く」と感じるうえに、音がひずんで言葉の聞き取りはむしろ悪くなる。そこで有効なのが、近づいて普通の大きさの声で話すこと。距離が近いほど耳に届く音は大きくなり、周囲の雑音の影響も相対的に減るから、声を張り上げなくても伝わりやすいんだ。
医学生医学生
なるほど、音量を上げるのではなく距離を縮めるわけですね。同じ理屈で、補聴器のボリュームをできるだけ上げるのもよくないということですか。
ドクタードクター
まさにそう。快適に使える音量の幅が狭いから、最大近くまで上げると不快感や耳の痛み、ピーピーというハウリングが起きて、語音の明瞭さも落ちる。補聴器は聴力に合わせて周波数ごとの増幅量や最大出力を調整する、フィッティングをしたうえで適正な音量で使うのが大切なんだ。
医学生医学生
では、高い音のチャイムで食事の時間を知らせるのはどうでしょう。高い音は通りがよさそうな気もします。
ドクタードクター
そこが二つ目の落とし穴。蝸牛の基底回転は高い周波数を担当していて、老人性難聴はここから障害が進む。オージオグラムでは高い周波数ほど閾値が上がる高音漸傾型になるんだ。つまり高い音のチャイムは、むしろ一番気づきにくい合図ということになる。
医学生医学生
言われてみれば、病院の電子音に気づかない高齢の患者さんを病棟実習で見かけました。サ行やカ行の聞き間違いが多いのも、子音に高い周波数の成分が多いからですか。
ドクタードクター
よく結びつけたね。合図には低めの音を使う、直接声をかける、光や表示を使うといった工夫が向いている。さて、もう一つの特徴が語音明瞭度の低下だ。老人性難聴では聴覚中枢の処理能力も落ちるから、純音の聴力のわりに言葉の聞き取りが悪い。「音は聞こえるけど何を言っているかわからない」状態になりやすいんだ。
医学生医学生
それで、患者さんの興味のある話題を選ぶのが有効なんですね。文脈がわかれば、聞き取れなかった部分を推測できるから。
ドクタードクター
そういうこと。人は聞き取れない部分を話の流れや予備知識で補っている。関心があって内容を予測しやすい話題なら理解度が上がるし、会話が弾めばコミュニケーションへの意欲も保てる。逆に、唐突な話題転換は理解されにくいから、何の話をするのか先に示すのもコツだよ。
医学生医学生
聞こえにくいなら、いっそ音声での会話を避けて筆談にしたほうが確実では、とも思ったのですが。
ドクタードクター
筆談や身ぶりを補助として併用するのはとても有用。でも音声の会話そのものをやめてしまうと、聴覚への刺激が減って聞き取りの力がさらに衰えるおそれがあるし、社会的孤立や意欲低下、抑うつにもつながりやすい。難聴は認知機能低下の危険因子の一つとも考えられているから、音声での会話は続けることが大事なんだ。
医学生医学生
OSCEの医療面接の練習でも、高齢の模擬患者さんには正面から口元を見せてゆっくり話すように指導されました。全部病態に裏づけがあったんですね。
ドクタードクター
その通り。最後に臨床での工夫をまとめておこう。静かな環境を選び、正面から顔を見せて、近くで普通の声でゆっくり区切って話す。聞き返されたら同じ言葉を繰り返すより、別の言い方に言い換えたほうが伝わりやすい。補聴器は装用初期にうるさく感じやすいので小さめの音量から慣らし、高度から重度に進んだ例では人工内耳が検討されることもある。
医学生医学生
「大きく」ではなく「近く・はっきり・わかりやすく」ですね。病態の3つの特徴と対応がセットで覚えられました。

まとめ

老人性難聴は加齢に伴う両側対称性の感音難聴で、高音域から障害される高音漸傾型の聴力像、内耳性要素による補充現象、中枢性要素による語音明瞭度の低下という3つの特徴をもちます。補充現象でダイナミックレンジが狭いため、大声や補聴器の過大な音量はかえって不快感と聞き取りの悪化を招き、近くで普通の大きさの声で、正面からゆっくりはっきり話すのが基本です。高い音の合図は気づかれにくく、低めの音や光・表示などの工夫が望まれます。また、関心のある話題や文脈のわかりやすい話し方は理解を助け、筆談などを補助にしつつ音声での会話を続けることが、孤立や認知機能低下の予防にもつながります。病態の理解から対応を導く姿勢は、高齢者診療におけるコミュニケーション全般の土台となります。

解答・解説

正解はa, cです

老人性難聴(加齢性難聴)は、加齢に伴って両側対称性に進行する感音難聴である。障害の主座は内耳の蝸牛(特に基底回転の有毛細胞)にあり、加えてラセン神経節から聴覚中枢までの神経系にも加齢変化が及ぶ。このため、次の3つの特徴を踏まえて対応を考える必要がある。 【1】高音域から聞こえが悪くなる 蝸牛の基底回転は高い周波数の音を担当しており、ここから障害が進むため、オージオグラムでは高音漸傾型(高い周波数ほど閾値が上昇する型)を示す。子音(サ行・カ行・タ行など)は高周波成分が多いため聞き分けにくくなり、電子音やチャイムなど高い音にも気づきにくい。 【2】補充現象(リクルートメント現象)がある 内耳性難聴では、小さい音は聞こえにくいのに、ある程度以上の大きさになると急に正常耳と同じくらい、あるいはそれ以上にうるさく感じる。つまり「聞こえ始める音の大きさ」と「不快に感じる音の大きさ」の間(ダイナミックレンジ)が狭い。したがって大声で話したり、補聴器の音量を上げすぎたりすると、不快感が強まるうえ音がひずんでかえって言葉が聞き取りにくくなる。 【3】語音明瞭度が低い(中枢性要素) 聴覚中枢の処理能力も低下するため、純音の聴力レベルのわりに言葉の聞き取り(語音弁別能)が悪い。「音は聞こえるが何を言っているかわからない」状態になりやすく、話の流れや文脈の手がかりが理解を大きく助ける。 以上から、適切な対応は「大声ではなく、近くで、普通の大きさの声で、ゆっくり、はっきり話す」「理解しやすく関心の持てる話題で、文脈から推測しやすくする」ことである。逆に、音量を上げればよいという発想、高い音による合図、音声コミュニケーションそのものを避けることは不適切である。

選択肢考察

  1. ○a.  近づいて普通の大きさの声で話す。

    適切である。話者と聞き手の距離が近いほど耳に届く音は大きく、周囲の雑音の影響も相対的に小さくなるため、声を張り上げなくても聞き取りやすくなる。一方、老人性難聴では補充現象によってダイナミックレンジが狭く、必要以上の大声は「うるさい」「響く」という不快感を生むだけで、音がひずんで語音の了解度はむしろ下がる。したがって、近づいたうえで普通の大きさの声で、ゆっくりはっきり話すのがよい。口元が見えるよう正面から話すと、読話(口の動きからの読み取り)の手がかりも得られる。

  2. ×b.  補聴器のボリュームをできるだけ上げる。

    不適切である。補充現象があるため、聞こえ始める音圧と不快に感じる音圧の差が小さく、補聴器が快適に使える音量の幅は狭い。音量を最大近くまで上げると、不快感や耳の痛み、ハウリング(ピーピー音)が生じ、音のひずみで語音明瞭度もかえって低下する。補聴器は、個々の聴力に合わせて周波数ごとの増幅量や最大出力を調整(フィッティング)した適正な音量で使うことが大切である。

  3. ○c.  患者の興味のある話題を選んで話しかける。

    適切である。老人性難聴では聴覚中枢の処理能力の低下を伴い、音が聞こえても言葉として認識しにくい。人は聞き取れなかった部分を話の流れや予備知識から補って理解しているため、関心があり内容を予測しやすい話題では理解度が上がる。反対に、興味のない話題や唐突な話題は文脈の手がかりが少なく、理解されにくい。また関心のある話題で会話が弾めば、コミュニケーション意欲の維持にもつながる。

  4. ×d.  高い音のチャイムで食事の時間を知らせる。

    不適切である。老人性難聴は蝸牛の基底回転から障害が始まり、高い周波数の音ほど聞こえにくい(高音漸傾型の聴力像)。高い音のチャイムは最も気づきにくい合図であり、食事の時間を知らせる手段として不向きである。低めの音を用いる、直接声をかける、光や表示、時間を決めた習慣づけなど、聴覚以外の手段も組み合わせる工夫が望ましい。

  5. ×e.  音声を介したコミュニケーションを避ける。

    不適切である。聞こえにくいからといって音声での会話をやめてしまうと、聴覚中枢への刺激が減って聞き取りの能力がさらに衰えるおそれがあるうえ、社会的孤立や意欲低下、抑うつを招きやすい。難聴は認知機能低下の危険因子の一つとも考えられている。筆談や身ぶりなどを補助的に併用することは有用だが、あくまで音声による会話を続けることが、生活意欲の維持と聴覚のリハビリテーションの点から重要である。

老人性難聴(加齢性難聴)の概要

・加齢に伴う両側対称性の感音難聴で、耳鳴を伴うことも多い。 ・病変は内耳(蝸牛有毛細胞、血管条)、ラセン神経節・蝸牛神経、さらに聴覚中枢に及ぶ。内耳性と後迷路性(神経・中枢性)の要素が混在する。 ・聴力像は高音漸傾型が典型で、4kHz、8kHzなど高い周波数から閾値が上昇し、次第に会話音域(おおむね500~2000Hz)へ広がる。

臨床的特徴

・補充現象陽性:小さな音は聞こえにくいが、大きな音はうるさく感じる。快適に聞ける音圧の幅が狭い。 ・語音明瞭度の低下:純音聴力のわりに言葉の聞き分けが悪い。雑音下や早口での聞き取りが特に苦手になる。 ・子音(特に高周波成分を含むサ行・カ行・タ行など)の聞き誤りが多い。

対応・コミュニケーションの工夫

・静かな環境で、正面から顔(口元)を見せて、近くで話す。 ・普通の大きさの声で、ゆっくり、区切ってはっきり話す。大声は逆効果になりうる。 ・聞き返されたら、同じ言葉を繰り返すより別の言い方に言い換える。 ・話題を明示し、関心のある内容や文脈がわかりやすい話し方をする。 ・筆談・身ぶり・表示などは補助として併用するが、音声による会話は続ける。

補聴器

・老人性難聴は補聴器のよい適応であり、聴力に合わせた調整が必須である。 ・装用初期は音がうるさく感じやすいため、小さめの音量から慣らしていく。 ・語音明瞭度が低い例では、補聴器で音を大きくしても言葉の理解が十分に改善しないことがある。高度~重度に進んだ場合は人工内耳が検討されることもある。

POINT

・老人性難聴は高音域から障害される感音難聴で、高い音の合図は聞こえにくい。 ・内耳性の要素により補充現象が陽性で、ダイナミックレンジが狭い。大声や補聴器の過大な音量はかえって聞き取りを悪くする。 ・中枢性の要素により語音明瞭度が低く、文脈や関心のある話題が理解を助ける。 ・対応の基本は「近くで・普通の声で・ゆっくりはっきり・正面から」。音声での会話は避けずに続ける。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。