散瞳?縮瞳?エタノール?メタノール?―取り違えを誘う中毒物質と標的臓器の組合せ
第103回医師国家試験 E問題 第5問
国試問題にチャレンジ
組合せで正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.ヒ素 ―― 心筋障害
- b.有機リン ―― 散瞳
- c.パラコート ―― 肺障害
- d.カドミウム ―― 腎障害
- e.エタノール ―― 視神経障害
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
中毒物質は「作用機序→標的臓器→特徴的症候→治療」をひとまとまりで整理することが大切です。パラコートは活性酸素の産生と肺への選択的蓄積により致死的な肺線維症をきたし、高濃度酸素は障害を悪化させるため酸素投与は原則控えます。カドミウムは近位尿細管を障害してβ2-ミクログロブリン尿などを生じ、骨軟化症を伴うイタイイタイ病の原因となります。有機リンはコリンエステラーゼ阻害により縮瞳をきたし(治療はアトロピンとPAM)、視神経障害を起こすのはエタノールではなくメタノール(ギ酸)、ヒ素の代表的障害は皮膚・末梢神経・呼吸器です。似た名前や正反対の症候を取り違えないことが、試験だけでなく救急での中毒診療にも直結します。
解答・解説
正解はc, dです
本問は、代表的な中毒物質とその主な標的臓器・特徴的症候の対応を問う知識問題である。中毒の学習では「物質 → 作用機序 → 標的臓器 → 特徴的症候 → 治療(拮抗薬など)」をひとまとまりで覚えると整理しやすい。 各物質の要点は次のとおりである。 ・ヒ素:皮膚(色素沈着、角化症、Bowen病)、末梢神経(多発神経炎)、呼吸器(鼻中隔穿孔、肺癌)が代表的な標的である。 ・有機リン:コリンエステラーゼ阻害によりアセチルコリンが蓄積し、ムスカリン様作用として縮瞳が出る。 ・パラコート:除草剤。活性酸素を産生して肺に選択的に蓄積し、致死的な肺線維症をきたす。 ・カドミウム:近位尿細管障害を主とする腎障害と骨軟化症。イタイイタイ病の原因である。 ・エタノール:中枢神経抑制が主体。視神経障害を起こす代表的なアルコールはメタノールである。 したがって正しい組合せは「パラコート―肺障害」と「カドミウム―腎障害」である。似た名前の物質(エタノールとメタノール)や、正反対の症状(散瞳と縮瞳)を入れ替えた選択肢に注意する。
選択肢考察
- ×a. ヒ素 ―― 心筋障害
誤りである。ヒ素(代表的な化合物は亜ヒ酸=三酸化ヒ素)は、SH基をもつ酵素に結合して細胞の代謝を障害する。慢性中毒で特徴的なのは、皮膚症状(ヒ素黒皮症と呼ばれる色素沈着、手掌・足底の角化症、Bowen病や皮膚癌)、神経症状(手袋・靴下型の感覚優位の多発神経炎)、呼吸器症状(鼻中隔穿孔、肺癌)である。爪に白い横線(Mees線)がみられることもある。急性中毒では激しい嘔吐・下痢(コレラ様)や循環不全が主体となる。急性中毒や治療薬としての三酸化ヒ素でQT延長などの不整脈がみられることはあるが、ヒ素の代表的な標的臓器として心筋障害を挙げるのは適切ではない。
- ×b. 有機リン ―― 散瞳
誤りである。有機リン(パラチオン、ダイアジノン、DDVPなど)は殺虫剤・農薬として使われ、アセチルコリンエステラーゼを不可逆的に阻害してアセチルコリンを蓄積させる。その結果、ムスカリン様作用(縮瞳、流涎、流涙、発汗、気道分泌亢進、気管支収縮、徐脈、下痢・嘔吐など)とニコチン様作用(筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺など)、中枢神経症状(意識障害、痙攣)が現れる。瞳孔は著明な縮瞳を示すのが特徴であり、散瞳ではない。血清コリンエステラーゼ値の低下が診断に有用で、治療にはアトロピン(ムスカリン受容体遮断)とプラリドキシム(PAM、酵素の再賦活)を用いる。
- ○c. パラコート ―― 肺障害
正しい。パラコートは除草剤で、体内で酸化還元反応を繰り返して活性酸素(スーパーオキシドなど)を大量に生じ、細胞を傷害する。肺胞上皮細胞にはポリアミン取り込み系を介してパラコートが能動的に取り込まれ蓄積するため、肺が最も重要な標的臓器となる。急性期には肺水腫や間質性肺炎を、その後数日~数週で進行性の肺線維症を生じ、呼吸不全で死亡することが多い。高濃度酸素の投与は活性酸素の産生を助長し肺障害を悪化させるため、低酸素血症が高度になるまで酸素投与は控えるのが原則である。肺以外に、腎障害(急性尿細管壊死による乏尿・蛋白尿・血尿)、肝障害(黄疸)、消化管粘膜のびらんもみられる。
- ○d. カドミウム ―― 腎障害
正しい。カドミウムは体内でメタロチオネインと結合して腎に蓄積し、特に近位尿細管を障害する。そのため、低分子蛋白尿(β2-ミクログロブリン尿)、糖尿、アミノ酸尿、リン酸尿などのFanconi症候群様の所見が現れる。尿細管障害によるリン・カルシウムの喪失やビタミンD活性化の障害から骨軟化症を生じ、多発骨折と激しい疼痛を特徴とするイタイイタイ病(富山県神通川流域)の原因となった。このほか、吸入曝露による肺気腫・肺障害、歯の黄色環(カドミウム環)も知られている。
- ×e. エタノール ―― 視神経障害
誤りである。急性エタノール中毒の主体は中枢神経抑制で、血中濃度の上昇に伴い酩酊、運動失調、構音障害、意識障害、呼吸抑制へと進む。低血糖や低体温、嘔吐物の誤嚥も問題になる。視神経障害を起こす代表的なアルコールはメタノールであり、体内でアルコール脱水素酵素により代謝されて生じるギ酸が網膜・視神経を傷害し、失明に至ることがある(アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスも伴う)。名称の似たエタノールとメタノールを取り違えないことが要点である。なお、慢性のアルコール多飲者に栄養障害(ビタミンB群欠乏)を背景とした視神経症がみられることはあるが、エタノールの直接の毒性による典型的な障害とはいえない。
主な中毒物質と標的臓器・症候の整理
・ヒ素:皮膚(黒皮症、角化症、Bowen病)、多発神経炎、鼻中隔穿孔、肺癌、Mees線。急性ではコレラ様の下痢。治療はジメルカプロール(BAL)などのキレート剤。 ・水銀:有機水銀(メチル水銀)は水俣病(求心性視野狭窄、小脳失調、感覚障害など)。無機水銀は腎障害。 ・カドミウム:近位尿細管障害(β2-ミクログロブリン尿)、骨軟化症(イタイイタイ病)、肺気腫。 ・鉛:貧血(ヘム合成阻害、好塩基性斑点)、腹痛(鉛疝痛)、末梢神経障害(橈骨神経麻痺による下垂手)、歯肉の鉛縁。 ・有機リン:縮瞳、流涎、徐脈、筋線維束攣縮、血清コリンエステラーゼ低下。治療はアトロピン、PAM。 ・パラコート:肺線維症、腎・肝障害、口腔・食道のびらん。酸素投与は原則控える。 ・メタノール:視神経障害(失明)、代謝性アシドーシス。治療はホメピゾール(またはエタノール)でアルコール脱水素酵素を競合阻害し、血液透析も考慮する。 ・エタノール:中枢神経抑制、呼吸抑制、低血糖、低体温。 ・一酸化炭素:組織低酸素、遅発性の神経障害(間欠型CO中毒)。治療は高濃度酸素・高気圧酸素療法。
瞳孔所見で覚える中毒
・縮瞳:有機リン、カーバメート、オピオイド(モルヒネなど) ・散瞳:アトロピンなどの抗コリン薬、覚醒剤、コカイン、三環系抗うつ薬
POINT
・パラコートは活性酸素により肺に選択的に蓄積・障害し、肺線維症をきたす(酸素投与は原則控える)。 ・カドミウムは近位尿細管障害(β2-ミクログロブリン尿)と骨軟化症を起こし、イタイイタイ病の原因となる。 ・有機リン中毒は縮瞳(散瞳ではない)。治療はアトロピンとPAM。 ・視神経障害はメタノール(ギ酸)によるもので、エタノールではない。 ・ヒ素の代表的障害は皮膚・末梢神経・呼吸器(鼻中隔穿孔、肺癌)。
