気泡を縮め、酸素を溶かし込む―高圧酸素療法が効く病態を物理法則から読み解く
第101回医師国家試験 B問題 第119問
国試問題にチャレンジ
高圧酸素療法の適応はどれか。
- a.気胸
- b.高山病
- c.重金属中毒
- d.有機リン中毒
- e.減圧症〈潜函病〉
対話形式の解説
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医学生まとめ
高圧酸素療法は、加圧環境で高濃度酸素を吸入させる治療で、ボイルの法則による気泡の縮小と、ヘンリーの法則による血漿溶解酸素の増加が主な作用機序です。そのため代表的な適応は、窒素の気泡が原因となる減圧症や動脈ガス塞栓症と、組織への酸素供給が障害される一酸化炭素中毒やガス壊疽などです。一方、未処置の気胸は減圧時の空気膨張で緊張性気胸を起こしうる絶対的禁忌であり、高山病は下山と酸素吸入、有機リン中毒はアトロピンとPAM、重金属中毒はキレート剤がそれぞれ治療の中心です。副作用として中耳・副鼻腔の圧外傷や酸素中毒にも注意が必要です。物理法則から作用を理解しておくと、適応と禁忌の両方を理屈で整理でき、救急や環境医学の場面で迷わず判断できるようになります。
解答・解説
正解はeです
高圧酸素療法(HBO: hyperbaric oxygen therapy)は、患者を高気圧治療室(チャンバー)に入れ、大気圧より高い圧(一般に2〜3気圧程度)の環境で高濃度酸素を吸入させる治療である。効果の機序は大きく2つに分けて考えるとわかりやすい。 1) 圧による物理的効果: ボイルの法則(温度一定で気体の体積は圧力に反比例する)により、体内にできた気泡を縮小させる。 2) 酸素分圧上昇による効果: ヘンリーの法則(液体に溶ける気体の量はその気体の分圧に比例する)により、血漿に物理的に溶け込む酸素量が大きく増え、ヘモグロビンに依存しない酸素運搬が可能になる。さらに組織の窒素と酸素の分圧差が大きくなるため、気泡中の窒素の排出(洗い出し)も促進される。 したがって、HBOの代表的な適応は「体内に気泡が生じた病態」と「組織の酸素供給が障害された病態」である。前者の典型が減圧症と動脈ガス塞栓症、後者の典型が一酸化炭素中毒、ガス壊疽(嫌気性菌感染)などである。選択肢の中から、この機序で治療効果が得られる病態を選べばよい。一方、各選択肢の病態にはそれぞれ標準的な治療があり、それを思い浮かべると除外も容易である。
選択肢考察
- ×a. 気胸
誤り。気胸は胸腔内に空気が漏れて肺が虚脱した状態で、治療は軽症なら安静・経過観察、中等症以上では胸腔穿刺による脱気や胸腔ドレーン留置、再発例や持続的な空気漏れでは胸腔鏡下手術などである。むしろ未処置の気胸はHBOの絶対的禁忌とされる。チャンバー内で加圧・減圧を行うと、減圧時に胸腔内の空気がボイルの法則に従って膨張し、緊張性気胸を起こす危険があるためである。
- ×b. 高山病
誤り。高山病(急性高山病、高地肺水腫、高地脳浮腫)は、高所の低い気圧による低酸素が原因である。治療の基本は、速やかに低い高度へ下山すること、安静・保温、酸素吸入であり、薬物としてアセタゾラミドやデキサメタゾン(高地脳浮腫)、ニフェジピン(高地肺水腫)が用いられる。下山できない現場では携帯型の加圧バッグで一時的に気圧を上げる方法もあるが、これは下山の代わりとなる応急処置であり、病院で行う高圧酸素療法の適応疾患には含まれない。
- ×c. 重金属中毒
誤り。鉛、水銀、ヒ素などの重金属中毒の治療は、曝露からの離脱、対症療法、そしてキレート剤(ジメルカプロール〈BAL〉、エデト酸カルシウム二ナトリウム〈CaNa2EDTA〉、D-ペニシラミンなど)による排泄促進が中心である。重金属は酵素のSH基などに結合して毒性を発揮するもので、酸素供給の不足が主病態ではないため、HBOの効果は期待できない。
- ×d. 有機リン中毒
誤り。有機リン系農薬(殺虫剤)はアセチルコリンエステラーゼを阻害し、アセチルコリンが過剰に蓄積してムスカリン様症状(縮瞳、流涎、気道分泌亢進、徐脈)やニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下)を起こす。治療は気道確保・呼吸管理、除染、ムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピンの投与、コリンエステラーゼ再賦活薬であるプラリドキシムヨウ化物(PAM)の投与である。HBOの適応ではない。
- ○e. 減圧症〈潜函病〉
正解。減圧症は、潜水や潜函(水中・地下の高圧環境での作業)から急に減圧した際、高圧下で組織・血液に溶け込んでいた窒素が気泡となり、関節痛(ベンズ)、皮膚症状、呼吸困難(チョークス)、脊髄障害などの神経症状を起こす病態である。HBOで再加圧すると、ボイルの法則により気泡が縮小し、同時に高濃度酸素の吸入で窒素の洗い出しが進んで気泡の消失が促される。また血漿に溶け込む酸素が増えるため、気泡で血流が途絶えた組織の低酸素も改善する。減圧症はHBOの第一選択となる代表的な適応疾患である。
高圧酸素療法の主な適応
・気泡が原因となる病態: 減圧症、動脈ガス塞栓症(空気塞栓症) ・中毒: 一酸化炭素中毒(COをヘモグロビンから解離させる作用が高まり、COHbの半減期が短縮する。遅発性脳症の予防も期待される)、シアン中毒・硫化水素中毒(補助的) ・感染症: ガス壊疽などのクロストリジウム感染(嫌気性菌の増殖を抑制)、壊死性軟部組織感染症 ・循環障害・創傷: 急性末梢血管障害(コンパートメント症候群、挫滅創)、網膜中心動脈閉塞症、難治性潰瘍、放射線障害(放射線性骨壊死など) ・その他: 突発性難聴、腸閉塞(腸管内ガスの縮小)など
禁忌・副作用
・絶対的禁忌: 未処置の気胸 ・注意を要する状態: 上気道感染や耳管狭窄(中耳の圧外傷を起こしやすい)、慢性閉塞性肺疾患の嚢胞性病変、けいれん性疾患、閉所恐怖症など ・副作用: 中耳・副鼻腔の圧外傷、酸素中毒(中枢神経型ではけいれん、肺型では肺障害)
減圧症の予防
・潜水・潜函作業後は時間をかけて段階的に減圧する。 ・潜水後すぐに航空機に搭乗したり高所へ移動したりすると、周囲の気圧がさらに低下して発症の誘因となる。
POINT
・高圧酸素療法の機序は、気泡の縮小(ボイルの法則)と溶解酸素量の増加(ヘンリーの法則)である。 ・代表的適応は減圧症、動脈ガス塞栓症、一酸化炭素中毒、ガス壊疽である。 ・未処置の気胸は高圧酸素療法の絶対的禁忌である。 ・高山病は下山と酸素吸入、重金属中毒はキレート剤、有機リン中毒はアトロピンとPAMが治療の中心である。
