頬の傷を縫う前に―咬筋の上を横切る「Stenon管」を忘れるな
第103回医師国家試験 D問題 第8問
国試問題にチャレンジ
右頬部の筋肉に達する裂創の図を示す。 損傷されている可能性が高いのはどれか。

- a.舌咽神経
- b.顔面神経側頭枝
- c.顔面神経下顎縁枝
- d.耳下腺管(Stenon管)
- e.顎下腺管(Wharton管)
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
頬部中央、咬筋に達する深さの裂創では、咬筋表面を水平に横切る耳下腺管(Stenon管)の損傷をまず疑います。耳下腺管は耳珠と、鼻翼下端と上唇赤唇縁の中点を結ぶ線の中央3分の1に投影され、咬筋前縁で頬筋を貫いて上顎第2大臼歯に対する頬粘膜に開口します。顔面神経は枝ごとに走る高さが異なり、側頭枝は頬骨弓より上、下顎縁枝は下顎下縁に沿うため、この部位で傷つきやすいのは頬筋枝や頬骨枝です。舌咽神経は深部を走り、顎下腺管(Wharton管)は口腔底を通って舌下小丘に開くため、頬の傷とは関係しません。耳下腺管損傷を見逃すと唾液瘻や唾液嚢腫を生じるため、顔面外傷の初期診療では表情筋の評価と導管損傷の確認を必ず行うことが重要です。
解答・解説
正解はdです
図の読み取り
図の裂創は、右耳の前方で頬骨弓より下、口角よりも後方にあたる頬部の中央に位置し、斜めに走っている。深さは筋肉(位置からみて咬筋と考えられる)に達している。この深さと位置で傷つきうる構造を、頬部の局所解剖から考える問題である。
頬部の中央を横切る構造
耳の前方から頬部中央にかけての皮下には、耳下腺とその前縁から出る耳下腺管(Stenon管)、および耳下腺内で分かれた顔面神経の枝が走る。耳下腺管は咬筋の表面を前方へ水平に横切り、咬筋の前縁で内側へ折れて頬筋を貫き、口腔内に開口する。体表では、耳珠(外耳孔の前にある軟骨の突起)と、鼻翼下端と上唇赤唇縁の中点とを結ぶ線の中央1/3に相当する。図の裂創はちょうどこの線を斜めに横切る位置にあり、咬筋の表面まで達する深さがあるため、耳下腺管が切断されている可能性が高い。
顔面神経の枝との位置関係
顔面神経は茎乳突孔から出て耳下腺内で分枝し、側頭枝・頬骨枝・頬筋枝・下顎縁枝・頸枝の5枝となって扇状に広がる。この位置の裂創で同時に傷つきうるのは、耳下腺管とほぼ並行して走る頬筋枝(および頬骨枝)であり、上方へ向かう側頭枝や下顎の下縁に沿う下顎縁枝はこの裂創の範囲から外れている。「頬の外傷=顔面神経損傷」とだけ覚えていると、枝の名前で迷わされる。選択肢に頬筋枝がないため、答えは耳下腺管となる。
選択肢考察
- ×a. 舌咽神経
舌咽神経(第IX脳神経)は頸静脈孔から頭蓋外に出て、茎突咽頭筋の後方を下行し、咽頭・舌の後方1/3・扁桃・頸動脈洞などに分布する深部の神経である。耳下腺の分泌を支配する副交感線維は舌咽神経由来(小錐体神経→耳神経節→耳介側頭神経)だが、これも頬部の皮下や咬筋表面を走るわけではない。頬部の浅い裂創で損傷されることはない。
- ×b. 顔面神経側頭枝
側頭枝は耳下腺の上端から出て、頬骨弓の表面を越えて上方の側頭部・前額部へ向かい、前頭筋や眼輪筋の上部などを支配する。走行は耳の前上方から眉の外側上方にかけてであり、頬骨弓より下の頬部中央にある図の裂創とは位置が離れている。損傷すると患側の額のしわ寄せができなくなる。
- ×c. 顔面神経下顎縁枝
下顎縁枝は耳下腺の下端から出て、下顎骨の下縁に沿って前方へ進み、口角下制筋・下唇下制筋などの下唇周囲の筋を支配する。図の裂創は下顎縁より上方の頬部中央にあり、この枝の走行とは重ならない。下顎縁枝は顎下部の手術(顎下腺摘出など)や下顎縁付近の外傷で損傷されやすく、損傷すると下唇の運動が障害され口角が非対称になる。
- ○d. 耳下腺管(Stenon管)
耳下腺管は耳下腺の前縁から出て、頬骨弓の約1横指下を咬筋の表面に沿って前方へ水平に走り、咬筋の前縁で内側に曲がって頬脂肪体と頬筋を貫き、上顎第2大臼歯に向かい合う頬粘膜(耳下腺乳頭)に開口する。長さは約5〜6cmである。体表投影は耳珠と、鼻翼下端・上唇赤唇縁の中点とを結ぶ線の中央1/3であり、図の裂創はこの線を横切っている。咬筋に達する深さの裂創では切断されている可能性が高い。見逃すと唾液が皮下や皮膚に漏れて唾液瘻・唾液嚢腫をつくるため、口腔内の開口部から細い管(涙管ブジーや留置カテーテルなど)を入れて断端を確認し、端々吻合などで修復する。
- ×e. 顎下腺管(Wharton管)
顎下腺は下顎骨の下縁より下の顎下三角にある。その導管である顎下腺管は顎舌骨筋の後縁を回り込んで口腔底に入り、舌下腺の内側を前方へ走って舌小帯の両脇にある舌下小丘に開口する。走行はすべて口腔底と顎下部であり、頬部は通らない。唾石症の好発部位として重要である。
三大唾液腺と導管
耳下腺:最大の唾液腺で漿液性。導管は耳下腺管(Stenon管)で、上顎第2大臼歯に対する頬粘膜に開口する。分泌の副交感支配は舌咽神経(小錐体神経→耳神経節→耳介側頭神経)。 顎下腺:混合腺(漿液性優位)。導管は顎下腺管(Wharton管)で、舌下小丘に開口する。副交感支配は顔面神経(鼓索神経→顎下神経節)。唾石の約8割以上がここに生じる。 舌下腺:混合腺(粘液性優位)。多数の小舌下腺管が舌下ひだに、一部は大舌下腺管として舌下小丘に開口する。副交感支配は顔面神経(鼓索神経)。
顔面神経の頭蓋外走行
茎乳突孔を出た顔面神経は耳下腺内に入り、腺を浅葉と深葉に分けるように走りながら分枝する(耳下腺神経叢)。そこから側頭枝・頬骨枝・頬筋枝・下顎縁枝・頸枝の5枝が扇状に出て表情筋を支配する。頬筋枝は耳下腺管とほぼ並んで走るため、頬部の深い裂創では耳下腺管とともに損傷されやすい。
頬部外傷の診察で確認すること
・表情筋の運動(額のしわ寄せ、閉眼、口笛・頬のふくらまし、口角の挙上・下制)を分枝ごとに確認し、顔面神経損傷の有無と部位を評価する。神経断裂が疑われれば、断端の同定と縫合を早期(受傷後数日以内が望ましい)に行う。 ・創内に透明な液体(唾液)が流出しないか、口腔内の耳下腺乳頭から造影剤や色素を注入して創内に漏れないかで耳下腺管損傷を確認する。 ・耳下腺管損傷を放置すると唾液瘻や唾液嚢腫を生じる。
POINT
・耳下腺管(Stenon管)は咬筋表面を横切り、頬筋を貫いて上顎第2大臼歯に対する頬粘膜に開口する。 ・体表投影は「耳珠」と「鼻翼下端と上唇赤唇縁の中点」を結ぶ線の中央1/3。頬部中央の深い裂創では損傷を疑う。 ・同じ部位で損傷されやすい神経は顔面神経頬筋枝(頬骨枝)であり、側頭枝・下顎縁枝ではない。 ・顎下腺管(Wharton管)は舌下小丘に開口し、頬部は通らない。
