無症状でも見逃さない―マンモグラムのスピキュラが導く乳癌の治療方針
第103回医師国家試験 D問題 第29問
国試問題にチャレンジ
55歳の女性。マンモグラフィで異常を指摘され来院した。自覚症状はない。マンモグラムを別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.経過観察
- b.抗菌薬投与
- c.副腎皮質ステロイド投与
- d.手術
- e.放射線治療
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
自覚症状がなくても、マンモグラフィで左右差のある高濃度・辺縁不整でスピキュラを伴う腫瘤を認めれば乳癌を強く疑い、超音波と針生検で確定診断したうえでMRIやCTで広がりと転移を評価します。遠隔転移のない乳癌では、乳房部分切除術または乳房全切除術とセンチネルリンパ節生検を組み合わせた手術が根治的治療の中心です。放射線治療は温存術後照射や転移巣の緩和などの補助的役割で、抗菌薬は急性化膿性乳腺炎などの感染症、副腎皮質ステロイドは乳癌の治療薬ではなく、乳癌のホルモン療法は抗エストロゲン薬やアロマターゼ阻害薬が担います。組織のホルモン受容体やHER2によるサブタイプ分類が薬物療法の選択を左右する点も重要です。画像所見から良悪性を見極めて適切な治療段階を選ぶ考え方は、検診で見つかった病変を確実に治療へつなげる臨床判断の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
55歳の女性で、自覚症状はなく、マンモグラフィ(乳房X線撮影)で異常を指摘されて受診した。つまり、しこりや乳頭分泌、皮膚の発赤・痛みといった症状がないまま、画像で初めて見つかった病変である。
マンモグラムの読み方
示されているのは左右の乳房の内外斜位方向(mediolateral oblique:MLO)撮影である。右乳房に比べ左乳房の下方に、周囲の乳腺より濃度の高い不整形の陰影があり、辺縁は滑らかではなく、周囲に向かって線状に引き込まれるような構造(スピキュラ)を伴っている。左右差のある、辺縁不整でスピキュラを伴う高濃度腫瘤は、乳癌を強く疑う所見である。一方、線維腺腫などの良性腫瘍では、辺縁が平滑で境界明瞭な円形〜楕円形の腫瘤として描出されることが多い。
診断へのプロセス
・年齢:乳癌は40歳代後半と60歳前後に罹患のピークがあり、55歳は好発年齢にあたる。 ・無症状:検診マンモグラフィでは、触知できない小さな癌や微細石灰化のみの癌が発見されることが多く、自覚症状がないことは癌を否定する根拠にならない。 ・発赤・疼痛・発熱がないため炎症性疾患(乳腺炎・乳輪下膿瘍)は考えにくい。 したがって左乳癌を最も疑う。実際の診療では、超音波検査を追加し、針生検(コア針生検や吸引式組織生検)で病理学的に確定診断したうえで、造影MRIやCTで病変の広がりと転移の有無を評価する。
設問の考え方
本例では遠隔転移を示唆する情報はなく、検診で見つかった早期の乳癌と考えられる。早期乳癌に対する根治的治療の中心は手術(乳房部分切除術または乳房全切除術と、センチネルリンパ節生検による腋窩リンパ節の評価)であり、これが「対応として適切なもの」となる。
選択肢考察
- ×a. 経過観察
経過観察が許されるのは、辺縁平滑な線維腺腫や乳腺症など良性と判断できる病変、あるいは良悪性の判断がつかず短期間で再検査する場合である。本例は辺縁不整でスピキュラを伴う悪性を強く疑う腫瘤であり、放置すれば進行して根治の機会を失うおそれがあるため、経過観察は不適切である。
- ×b. 抗菌薬投与
抗菌薬は、授乳期に多い急性化膿性乳腺炎(主に黄色ブドウ球菌による感染)や乳輪下膿瘍など、細菌感染による炎症性疾患に用いる。これらは乳房の発赤・腫脹・疼痛・発熱を伴うのが普通であり、無症状の本例には当てはまらない。
- ×c. 副腎皮質ステロイド投与
副腎皮質ステロイドは、肉芽腫性乳腺炎など一部の非感染性炎症性疾患や自己免疫疾患に用いることはあるが、乳癌の治療薬ではない。乳癌の薬物療法で用いるホルモン(内分泌)療法は、抗エストロゲン薬(タモキシフェン)やアロマターゼ阻害薬、LH-RHアゴニストなどであり、ステロイドとは異なる。
- ○d. 手術
転移を示唆する所見がない早期乳癌では、手術による原発巣の切除が根治的治療の基本である。腫瘍の大きさや広がりに応じて乳房部分切除術(乳房温存手術)または乳房全切除術を選び、臨床的に腋窩リンパ節転移がなければセンチネルリンパ節生検を行って腋窩郭清の要否を決める。術前には針生検による組織診断と、画像による広がり診断を行う。
- ×e. 放射線治療
乳癌における放射線治療は、乳房部分切除術後の温存乳房に照射して局所再発率を下げる目的や、リンパ節転移が多い場合の乳房全切除術後の照射、骨転移・脳転移の症状緩和などに用いる補助的・局所的な治療である。早期乳癌の初期治療として、手術の代わりに放射線治療単独を選ぶことはない。
乳癌の疫学
日本人女性で罹患数が最も多い癌であり、罹患率は40歳代後半と60歳前後にピークがある。危険因子として、初経が早い・閉経が遅い・出産歴がない・初産年齢が高い・授乳歴がないなどエストロゲンにさらされる期間が長いこと、閉経後の肥満、飲酒、乳癌の家族歴(BRCA1/2遺伝子の病的変異など)が挙げられる。好発部位は乳房の外側上部(C領域)である。
マンモグラフィで悪性を示唆する所見
・腫瘤:形状不整、辺縁の微細分葉状・スピキュラ(棘状突起)、高濃度 ・石灰化:微小円形・淡く不明瞭・多形性・微細線状や分枝状で、区域性・線状に分布するもの ・構築の乱れ(乳腺の正常構造が一点に向かって引き込まれるもの)、局所的非対称性陰影 良性所見の代表は、辺縁平滑な円形〜楕円形腫瘤(線維腺腫など)や、粗大な石灰化(ポップコーン状など)である。
乳癌の診断の流れ
視触診・マンモグラフィ・超音波で病変を見つけ、穿刺吸引細胞診や針生検で組織学的に確定する。組織ではホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)、Ki-67を調べ、サブタイプを決めて治療方針に反映させる。広がりはMRI、転移検索はCT・骨シンチグラフィなどで評価する。
治療の概要
・手術:乳房部分切除術(術後に温存乳房への放射線照射を行うのが原則)または乳房全切除術。腋窩はセンチネルリンパ節生検で評価し、転移の程度により腋窩郭清を検討する。 ・薬物療法:ホルモン受容体陽性ではホルモン療法(閉経前はタモキシフェン±LH-RHアゴニスト、閉経後はアロマターゼ阻害薬など)、HER2陽性では抗HER2薬(トラスツズマブなど)と化学療法、再発リスクが高い場合は化学療法。 ・放射線治療:温存術後照射、乳房全切除術後の胸壁・領域リンパ節照射、転移巣の緩和照射。
鑑別すべき乳房疾患
・線維腺腫:10〜30歳代に多い。可動性良好で弾性硬の境界明瞭な腫瘤。 ・乳腺症:30〜40歳代に多く、月経周期に伴う痛みや硬結。 ・急性化膿性乳腺炎:授乳期に多く、発赤・疼痛・発熱を伴う。抗菌薬と排膿で治療。
POINT
・無症状でも検診マンモグラフィで辺縁不整・スピキュラを伴う腫瘤や悪性を疑う石灰化があれば乳癌を考え、針生検で確定診断する。 ・遠隔転移のない乳癌の根治治療の中心は手術(乳房部分切除術または全切除術+センチネルリンパ節生検)。 ・乳房部分切除術後は温存乳房への放射線照射が原則。 ・乳癌の内分泌療法は抗エストロゲン薬・アロマターゼ阻害薬などで、副腎皮質ステロイドではない。 ・抗菌薬の適応は急性化膿性乳腺炎など感染性疾患。
