「診断」ではなく「治療を決める」検査は何か―Marfan症候群で見るべきは心臓と眼
第103回医師国家試験 B問題 第61問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,59~61の問いに答えよ。 10歳の男児。高身長と心音異常とを主訴に来院した。 現病歴:生来健康で,日常生活も普通に送っていた。学校の健康診断で高身長と心音異常とを指摘された。 既往歴:在胎39週2日,正常分娩で出生。出生体重2,960g,Apgarスコア9点(1分)。4か月で首がすわり,7か月でお座り,10か月で這い這いをした。1歳4か月で意味のある単語を話し,1歳11か月で二語文を話した。2歳1か月で独りで歩いた。入院歴はない。薬物・食物アレルギーはない。 家族歴:父親は,身長190cm,体重69kg。やせ形で手足や指が長い。20歳代に自然気胸の既往がある。母親は身長163cm,体重54kg。1歳から3歳の間に3回の熱性けいれんの既往がある。 現症:意識は清明。身長158cm,体重38kg。体温36.2℃。脈拍76/分,整。血圧126/78mmHg。顔貌に特徴はない。中等度の漏斗胸を認める。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。脊柱側彎を認める。四肢・指が長い。浮腫を認めない。
治療方針の決定に有用なのはどれか。2つ選べ。
- a.染色体検査
- b.頭部MRI
- c.眼科検査
- d.心エコー検査
- e.手根骨エックス線撮影
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Marfan症候群はFBN1遺伝子変異による常染色体優性遺伝の結合組織疾患で、高身長、くも状指、漏斗胸、脊柱側彎などの骨格所見に加え、心血管と眼に重要な病変を生じます。根本治療はないため、管理の要は大動脈基部拡張や弁膜症を評価する心エコー検査と、水晶体亜脱臼や強度近視を評価する眼科検査であり、その結果によってβ遮断薬・ARB、運動制限、予防的大動脈基部置換術、屈折矯正や弱視治療、水晶体摘出術などを決めます。一方、FBN1の点変異は通常の染色体検査では検出できず、頭部MRIは下垂体性巨人症、手根骨エックス線は骨年齢の評価に用いる高身長の鑑別用の検査です。設問が「診断」と「治療方針の決定」のどちらを問うかを読み分け、治療を左右する臓器病変に目を向けることは、慢性の遺伝性疾患を長期に管理する臨床の考え方そのものです。
解答・解説
正解はc, dです
症例の整理と診断
10歳男児。身長158cmの高身長でやせ形、四肢・指が長く(くも状指)、漏斗胸と脊柱側彎を認め、学校健診で心音異常を指摘されている。父親も高身長・やせ形で手足や指が長く、自然気胸の既往がある。骨格・心血管・肺(気胸)にわたる結合組織の異常と、常染色体優性遺伝に合う家族歴から、Marfan症候群と考えられる。
設問の考え方
本問が問うのは「診断に有用な検査」ではなく「治療方針の決定に有用な検査」である点に注意する。Marfan症候群には原因そのものを治す治療はなく、治療の中心は重大な合併症を早期に見つけ、進行を抑え、適切な時期に介入することである。したがって、治療や管理を左右する臓器病変を評価する検査を選べばよい。 ・心血管系: 大動脈基部拡張、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁逸脱・閉鎖不全の有無と程度は、β遮断薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)による薬物療法の開始、運動制限の程度、大動脈基部置換術などの予防的手術の時期を決める。これを評価する基本検査が心エコー検査である。 ・眼: 水晶体亜脱臼や強度近視の有無・程度は、眼鏡・コンタクトレンズによる矯正、弱視予防、水晶体摘出術などの判断に直結する。これを評価するのが細隙灯顕微鏡検査などの眼科検査である。 一方、染色体検査、頭部MRI、手根骨エックス線撮影は、Marfan症候群の病変評価や治療方針の決定には寄与しない。
選択肢考察
- ×a. 染色体検査
Marfan症候群は15番染色体長腕にあるFBN1遺伝子の変異(点変異など)による単一遺伝子疾患であり、染色体の数や大きな構造の異常を調べる通常の染色体検査(核型分析)では異常が検出されない。確定には遺伝子検査が用いられることがあるが、それも主に診断や家族の評価のためであり、治療方針は臓器病変の評価で決まる。高身長の鑑別としてKlinefelter症候群(47,XXY)を考える場合には染色体検査を行うが、本例の所見はMarfan症候群に合致しており、治療方針の決定には役立たない。
- ×b. 頭部MRI
Marfan症候群では治療方針に関わるような特徴的な頭蓋内病変はない。高身長の鑑別で成長ホルモン産生下垂体腺腫による下垂体性巨人症を疑う場合には頭部(下垂体)MRIを行うが、本例はその状況ではない。なおMarfan症候群でみられる硬膜拡張は主に腰仙部に生じるため、評価するなら腰椎MRIであり頭部MRIではない。
- ○c. 眼科検査
Marfan症候群では毛様小帯(Zinn小帯)の脆弱化により水晶体亜脱臼(多くは上耳側へ偏位)が高頻度にみられ、強度近視、網膜剥離、緑内障、白内障の早期発症も起こりうる。小児期には屈折異常から弱視に至るおそれがあるため、細隙灯顕微鏡検査(散瞳下)などで水晶体の位置と屈折を評価し、眼鏡矯正、弱視治療、水晶体摘出術の要否を判断する。治療方針の決定に直結する検査である。
- ○d. 心エコー検査
心エコー検査では大動脈基部(Valsalva洞)径、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁逸脱・閉鎖不全の有無と程度を評価できる。大動脈基部拡張の程度はβ遮断薬やARBの投与、激しい運動や競技スポーツの制限、予防的大動脈基部置換術の時期の判断に用いられ、生命予後を左右する大動脈解離の予防に直結する。本例は心音異常を指摘されており、前問で考えた僧帽弁逸脱症の確認にも必要である。定期的に経過を追う検査として最も重要である。
- ×e. 手根骨エックス線撮影
手根骨エックス線撮影は骨年齢(骨成熟度)の評価に用いる。思春期早発症(骨年齢が暦年齢より進む)、成長ホルモン分泌不全性低身長症(骨年齢の遅れ)、甲状腺機能低下症などの成長障害の鑑別や最終身長の予測に役立つが、Marfan症候群の合併症評価や治療方針の決定には関係しない。
Marfan症候群の概要
フィブリリン1をコードするFBN1遺伝子の変異による常染色体優性遺伝の結合組織疾患で、約25%は新生突然変異である。フィブリリン1の異常は、結合組織の弾性線維の構造的な弱さに加え、TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)シグナルの過剰な活性化を介して病変を進行させると考えられている。
主な病変
・骨格: 高身長、指極が身長より長い、くも状指(手首徴候・母指徴候陽性)、漏斗胸・鳩胸、脊柱側彎、関節の過伸展、扁平足 ・眼: 水晶体亜脱臼、強度近視、網膜剥離 ・心血管: 大動脈基部拡張、大動脈解離、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁逸脱症 ・その他: 自然気胸、腰仙部の硬膜拡張、皮膚線条
診断
改訂Ghent基準(2010年)では、大動脈基部拡張(Zスコア2以上)と水晶体偏位を二本柱とし、FBN1変異、家族歴、骨格などの全身所見のスコア(systemic score)を組み合わせて診断する。家族歴がある場合、水晶体偏位、全身所見スコア7点以上、大動脈基部拡張のいずれかがあれば診断できる。すなわち診断においても心エコーと眼科検査が中心的役割を担う。
治療・管理
・薬物療法: β遮断薬(心拍数と血圧を下げ大動脈壁へのずり応力を減らす)、ARB(ロサルタンなど。TGF-βシグナルの抑制も期待される) ・生活指導: 等尺性運動や接触を伴う競技、激しい運動を避ける ・外科治療: 大動脈基部径がおおむね5.0cmに達した場合(大動脈解離の家族歴や急速な拡大があればより小さい径)に予防的大動脈基部置換術(自己弁温存術やBentall手術)を考慮する ・定期的な心エコー・眼科診察、妊娠時の厳重な管理、家族のスクリーニング
高身長の鑑別と検査
・Klinefelter症候群: 染色体検査(47,XXY) ・ホモシスチン尿症: 血中・尿中ホモシスチン(知的障害、血栓症、水晶体の下方偏位がMarfan症候群との鑑別点) ・下垂体性巨人症: 血中GH・IGF-1、頭部MRI ・思春期早発症: 性ホルモン、手根骨エックス線による骨年齢
POINT
・「治療方針の決定に有用」か「診断に有用」かを区別する。 ・Marfan症候群の管理で定期的に評価すべきは心血管(心エコー)と眼(眼科検査)。 ・大動脈基部拡張→β遮断薬・ARB、運動制限、予防的大動脈基部置換術。 ・水晶体亜脱臼(上耳側偏位)、強度近視→矯正・弱視予防・手術適応の判断。 ・MarfanはFBN1の遺伝子変異で、通常の染色体検査では異常が出ない。 ・骨年齢(手根骨)は思春期早発症や成長障害の評価、頭部MRIは下垂体性巨人症の評価に用いる。
