締めつけられた心臓は「速く」打つ―心タンポナーデの所見を病態から導く
第103回医師国家試験 A問題 第17問
国試問題にチャレンジ
心タンポナーデにみられないのはどれか。
- a.徐脈
- b.脈圧減少
- c.呼吸困難
- d.心音微弱
- e.頸静脈怒張
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心タンポナーデは、心膜腔に貯留した液体によって心膜腔内圧が上昇し、主に右心系が拡張できなくなる病態です。静脈還流が障害されて頸静脈怒張が生じ、一回拍出量の低下から血圧低下・脈圧減少を来し、心嚢液が音を遮るため心音が微弱になります(Beckの三徴)。一回拍出量の低下を補うために交感神経が緊張して頻脈となるため、徐脈は典型的な所見ではなく、末期の循環破綻でみられるにすぎません。奇脈や心エコーでの右心系の拡張期虚脱が診断の手がかりとなり、治療は心嚢穿刺で、利尿薬や血管拡張薬は前負荷を下げるため避けます。「拡張障害による入口の閉塞」という病態から所見と治療を導く考え方は、ショックの鑑別や救急対応の基礎となります。
解答・解説
正解はaです
心タンポナーデの病態生理から、どのような身体所見が生じるかを考える問題である。「みられないのはどれか」を選ぶ点に注意する。 心タンポナーデとは、心膜腔(心臓を包む心膜と心臓表面の間のすき間)に液体(心嚢液、血液、膿など)が貯留し、心膜腔内圧が上昇して心臓、特に壁の薄い右心房・右心室が外から圧迫され、拡張できなくなった状態である。心臓が十分に広がれないため静脈血が心臓に戻れず(静脈還流障害)、心室に入る血液量(前負荷)が減って一回拍出量が低下する。 この結果として、 ・静脈側:血液がせき止められて静脈圧が上昇 → 頸静脈怒張 ・動脈側:一回拍出量の低下 → 血圧低下、脈圧減少、ショック ・代償反応:交感神経の緊張 → 頻脈 ・心嚢液による音の遮断 → 心音微弱 が生じる。血圧低下・頸静脈怒張・心音微弱の3つをBeck(ベック)の三徴という。 一回拍出量が減った分を心拍数で補おうとするため、脈は速くなる(頻脈)のが原則であり、徐脈は典型的な所見ではない。
選択肢考察
- ○a. 徐脈
心タンポナーデでは拡張障害により一回拍出量が低下するため、心拍出量(=一回拍出量 × 心拍数)を保とうとして交感神経が緊張し、頻脈となる。脈は速く弱い(頻数・微弱)のが典型であり、徐脈は「みられない」所見である。なお、高度な徐脈の原因としては房室ブロックや洞不全症候群が代表的で、ほかに甲状腺機能低下症、頭蓋内圧亢進(Cushing現象)、閉塞性黄疸、腸チフス(比較的徐脈)などがある。心タンポナーデでも心停止直前の末期には徐脈や無脈性電気活動(PEA)となることがあるが、それは循環破綻の最終段階であり、本症の特徴的所見とはいえない。
- ×b. 脈圧減少
心タンポナーデでみられる。一回拍出量が低下すると収縮期血圧が下がる一方、末梢血管の収縮により拡張期血圧は比較的保たれるため、両者の差である脈圧(収縮期血圧 − 拡張期血圧)は小さくなる。また、吸気時に収縮期血圧が10 mmHgを超えて低下する奇脈(pulsus paradoxus)も心タンポナーデの重要な所見である。これは、吸気時に右心への静脈還流が増えて右室が拡張しようとするが、心膜腔内で逃げ場がないため心室中隔が左室側へ押され、左室の充満と拍出が減少するためである。
- ×c. 呼吸困難
心タンポナーデでみられる。心拍出量の低下により組織への酸素供給が不足すること、右心への還流障害で肺への血流が減ること、大量の心嚢液が周囲の肺や気管支を圧迫することなどにより、息切れ・呼吸困難(特に労作時)を訴える。頻呼吸もよくみられる。左心不全とは異なり、心タンポナーデ単独では典型的な肺うっ血(肺水腫)は目立たず、胸部聴診でcrackleを聴取しないことが多い点が鑑別のポイントとなる。急性心膜炎が原因の場合は、吸気や臥位で増強し前かがみの座位で軽くなる胸痛を伴うことがある。
- ×d. 心音微弱
心タンポナーデでみられる。心臓と胸壁の間に液体が介在するため、心音が胸壁に伝わりにくくなり、遠く小さく聴こえる(distant heart sounds)。心尖拍動も触れにくくなる。Beckの三徴の一つである。心電図では同じ理由で低電位(QRS波の振幅の低下)がみられ、心臓が心嚢液の中で振り子のように揺れるため、QRS波の高さが1拍ごとに変化する電気的交互脈(electrical alternans)を認めることもある。
- ×e. 頸静脈怒張
心タンポナーデでみられる。心膜腔内圧の上昇により右心房・右心室が拡張できず、上下大静脈から右心への血液の流入が妨げられるため、中心静脈圧が上昇して頸静脈が怒張する。Beckの三徴の一つである。頸静脈波形ではy谷(三尖弁が開いて右室へ血液が流れ込む時相の下降)が消失・減弱するのが特徴である。なお、吸気時に頸静脈怒張がかえって増強するKussmaul(クスマウル)徴候は、収縮性心膜炎で典型的にみられる所見であり、心タンポナーデではむしろまれとされる。
心タンポナーデの概要
・原因:悪性腫瘍の心膜転移(肺癌・乳癌など)、急性心膜炎(ウイルス性、結核性)、尿毒症、心筋梗塞後の自由壁破裂、急性大動脈解離(Stanford A型)の心膜腔への破裂、胸部外傷、心臓手術・カテーテル手技後、甲状腺機能低下症、膠原病など ・重症度を決めるのは貯留量そのものより貯留速度である。心膜は急には伸びないため、急速な出血ではわずか100〜200 mL程度でも発症しうる。一方、ゆっくり貯留すれば1 L以上たまっても症状が軽いことがある
主な所見
・Beckの三徴:血圧低下、頸静脈怒張(静脈圧上昇)、心音微弱 ・奇脈(吸気時に収縮期血圧が10 mmHgを超えて低下) ・頻脈、脈圧減少、呼吸困難、ショック ・心電図:低電位、電気的交互脈、洞性頻脈 ・胸部X線:心陰影の拡大(慢性・大量貯留では「水瓶型」)。急性発症では目立たないこともある ・心エコー:心嚢液の貯留、拡張期の右心房・右心室の虚脱(collapse)、下大静脈の拡張と呼吸性変動の消失。診断に最も有用
治療
・心嚢穿刺(剣状突起下などからエコーガイド下に行う)による排液が根本治療 ・穿刺までの間は輸液で前負荷を保つ。利尿薬や血管拡張薬は前負荷をさらに下げて病態を悪化させるため禁忌 ・陽圧換気も静脈還流を減らすため注意が必要 ・大動脈解離や心破裂による血性タンポナーデでは外科的処置を要する
収縮性心膜炎との違い
・収縮性心膜炎:Kussmaul徴候、心膜ノック音、頸静脈波のy谷の急峻な下降、心膜の石灰化 ・心タンポナーデ:奇脈が目立ち、y谷は消失・減弱する
POINT
・心タンポナーデ=心膜腔内圧上昇による拡張障害 → 静脈還流障害と心拍出量低下 ・Beckの三徴:血圧低下、頸静脈怒張、心音微弱 ・奇脈、脈圧減少、頻脈(代償性)がみられる。徐脈は典型ではない ・心エコーで右心系の拡張期虚脱を確認し、心嚢穿刺で治療する ・利尿薬・血管拡張薬は禁忌 ・Kussmaul徴候は収縮性心膜炎で典型的
