「社会のため」は免罪符にならない―医の倫理を支える国際宣言を読み解く
第102回医師国家試験 H問題 第1問
国試問題にチャレンジ
医の倫理として誤っているのはどれか。
- a.医学研究の科学的および社会的利益は被験者の福利よりも優先される。
- b.人類の健康を向上させるために医師の知識と良心を捧げる。
- c.患者は宗教的支援を受ける権利,拒絶する権利を有する。
- d.医学研究においては被験者の自発的同意が必須である。
- e.社会制度が違っても基本的人権を守る。
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
人を対象とする医学研究では、どれほど科学的・社会的意義が大きくても、被験者一人ひとりの福利が最優先されるというのがヘルシンキ宣言の根本原則であり、これを逆転させた記述は医の倫理に反します。被験者の自発的同意の必須性はニュルンベルク綱領に始まりヘルシンキ宣言に受け継がれ、患者が宗教的支援を受ける・断る権利はリスボン宣言、人類への奉仕の誓いはジュネーブ宣言、拷問への関与禁止は東京宣言にまとめられています。これらの宣言は戦時中の人体実験への反省から生まれたもので、自律尊重・善行・無危害・正義という生命倫理の4原則とあわせて理解すると整理しやすくなります。国内では倫理指針やGCPに基づき、倫理審査やインフォームド・コンセントが求められます。各宣言の役割を押さえることは、試験対策にとどまらず、将来臨床や研究に携わる医師としての判断の軸になります。
解答・解説
正解はaです
テーマ
医の倫理に関する基本的な考え方を問う問題である。「誤っているのはどれか」と問われているので、医の倫理に反する記述を一つ選ぶ。
押さえるべき国際的な宣言・綱領
医の倫理は、第二次世界大戦中の非人道的な人体実験への反省から、国際的な宣言や綱領として明文化されてきた。 ・ニュルンベルク綱領(1947年):ナチス・ドイツの医師による人体実験を裁いた裁判を受けて作られた、人を対象とする研究の倫理原則。被験者の自発的同意が絶対に不可欠であると最初に掲げた。 ・ジュネーブ宣言(1948年、世界医師会〈WMA〉):ヒポクラテスの誓いを現代的に表した医師の誓い。人類への奉仕に生涯を捧げること、患者の健康を第一に考えること、脅迫されても人権を侵すために医学知識を使わないことなどを誓う。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会):人間を対象とする医学研究の倫理原則。被験者個人の権利と利益は、研究による新しい知識の獲得や社会の利益よりも優先されると明記している。改訂が重ねられている。 ・リスボン宣言(1981年、世界医師会):患者の権利に関する宣言。良質な医療を受ける権利、選択の自由、自己決定権、情報を得る権利、守秘義務、尊厳を得る権利、宗教的支援を受ける(または断る)権利などを掲げる。
正解を導く考え方
人を対象とする医学研究では、どれほど科学的・社会的な意義が大きくても、被験者一人ひとりの福利(健康・安全・権利・利益)が最優先される。これは研究倫理の最も根本的な原則であり、選択肢aはこれを逆転させた記述なので誤りである。
選択肢考察
- ○a. 医学研究の科学的および社会的利益は被験者の福利よりも優先される。
医の倫理に反する記述であり、本問の正解である。ヘルシンキ宣言は、医学研究の主な目的は新しい知識を生み出すことであるが、その目的が個々の被験者の権利と利益に優先することは決してあってはならない、と定めている。社会全体の利益を理由に個人を犠牲にすることを許すと、戦時中の人体実験のような人権侵害につながる。この反省が現代の研究倫理の出発点である。
- ×b. 人類の健康を向上させるために医師の知識と良心を捧げる。
医の倫理として正しい記述である。ジュネーブ宣言では、医師が人類への奉仕に生涯を捧げることを誓い、ヘルシンキ宣言でも、医師の知識と良心は人々の健康を増進し守るために捧げられる、と述べられている。医師の知識・技術は、病む人のケアと人類の健康の維持・向上のために使われるべきものである。
- ×c. 患者は宗教的支援を受ける権利,拒絶する権利を有する。
医の倫理として正しい記述である。リスボン宣言は、患者が自分の選んだ宗教の聖職者による支援を含め、精神的・道徳的な慰めを受ける権利と、それを断る権利の両方を持つと定めている。どちらを選ぶかは患者本人の自由であり、医療者は患者の信仰や価値観を尊重しなければならない。
- ×d. 医学研究においては被験者の自発的同意が必須である。
医の倫理として正しい記述である。ニュルンベルク綱領の第一原則は、被験者の自発的な同意が絶対に不可欠であるというものであり、ヘルシンキ宣言にも受け継がれている。研究の目的・方法・予想される利益と危険・いつでも不利益なく参加を取りやめられることなどを十分に説明し、強制のない状況で本人の自由意思による同意(インフォームド・コンセント)を得なければならない。判断能力が十分でない人が対象となる場合には、法的な代理人の同意などの特別な保護が求められる。
- ×e. 社会制度が違っても基本的人権を守る。
医の倫理として正しい記述である。基本的人権は国や政治体制、社会制度の違いにかかわらず全ての人に保障されるべきものであり、世界人権宣言(1948年、国連総会)で強調されている。医の倫理においても、ジュネーブ宣言で医師は脅迫を受けても人権と市民の自由を侵すために医学知識を使わないと誓っている。また東京宣言(1975年、世界医師会)では、拷問など非人道的な行為に医師が関与することを禁じている。
医の倫理の広がり
医の倫理は、もともと医師の職業倫理(ヒポクラテスの誓いに代表される)として始まったが、現在では看護師など医療職全体の職業倫理、生命倫理(生殖医療・移植・終末期医療など)、臨床の場での倫理的判断(臨床倫理)、研究倫理などを広く含む考え方になっている。
生命倫理の4原則
臨床や研究での倫理的判断の枠組みとして、次の4原則がよく用いられる。 ・自律尊重:患者が自分で判断し決定することを尊重する(インフォームド・コンセントの基盤)。 ・善行(仁恵):患者の利益になることを行う。 ・無危害:患者に害を与えない。 ・正義(公正):医療資源や負担・利益を公平に配分する。
研究倫理の実際
日本では、人を対象とする研究は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」などに沿って行われ、倫理審査委員会による審査、インフォームド・コンセントの取得、個人情報の保護などが求められる。医薬品の治験は、GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)という法令に基づく基準に従う。
主な宣言の要点
・ニュルンベルク綱領(1947年):被験者の自発的同意は絶対不可欠。 ・ジュネーブ宣言(1948年):医師の誓い。 ・ヘルシンキ宣言(1964年):人を対象とする医学研究の倫理。被験者の利益が科学・社会の利益に優先。 ・東京宣言(1975年):拷問などへの医師の関与の禁止。 ・リスボン宣言(1981年):患者の権利。
POINT
・人を対象とする医学研究では、被験者の福利が科学的・社会的利益よりも常に優先される(ヘルシンキ宣言)。 ・被験者の自発的同意は研究の必須条件(ニュルンベルク綱領、ヘルシンキ宣言)。 ・患者の権利(宗教的支援を受ける・断る権利など)はリスボン宣言にまとめられている。 ・医師の誓いはジュネーブ宣言、拷問への関与禁止は東京宣言。
