荷物は「へその下」にぴったりと―てこの原理で読み解く腰痛予防の姿勢
第102回医師国家試験 H問題 第2問
国試問題にチャレンジ
重量物を取り扱う姿勢で,腰部への負荷が少ないのはどれか。
- a.背を少し曲げて荷物を運ぶ。
- b.腰をひねって荷物を移動させる。
- c.体幹からできるだけ離して荷物を持つ。
- d.膝を伸ばしたまま床面の荷物を持ち上げる。
- e.荷物をへその下にぴったりとつけて持ち運ぶ。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
重量物を扱う際の腰部負荷は、腰椎を支点としたてこの原理で理解でき、荷物が体から離れるほど背筋の張力と椎間板への圧迫力が増大します。そのため、荷物をへその下あたりに密着させて運ぶ姿勢が最も負荷が少なく、前屈(中腰)、体幹のひねり、膝を伸ばしたままの持ち上げ、体から離した保持はいずれも負荷を増やします。椎間板内圧は仰臥位で最も低く、坐位は立位より高く、前屈位での重量物保持で最大となることも押さえておきたい知識です。厚生労働省の腰痛予防対策指針では、機械・台車の活用、重量の目安、介護での人力による抱え上げの原則回避などが示されています。職業性腰痛は業務上疾病で最も多いため、力学的な理屈とともに姿勢指導を理解することは、産業保健や日常診療での予防指導に直結します。
解答・解説
正解はeです
テーマ
重量物取扱い作業での腰痛予防、つまり腰椎(とくに椎間板と、背部の筋・椎間関節)に加わる負荷をどう減らすかが問われている。職業性腰痛は業務上疾病のなかで最も多く、作業姿勢の指導は産業保健の基本事項である。
考え方:てこの原理で理解する
腰椎を支点と考えると、荷物の重さによって体幹を前に倒そうとする力のモーメント(回転させる力)は「荷物の重さ × 腰椎から荷物までの水平距離(モーメントアーム)」で決まる。これにつり合うように、背筋(脊柱起立筋)が腰椎のすぐ後ろで強く収縮する。背筋の付着点は腰椎から数cmしか離れていないため、荷物が体から離れるほど背筋は何倍もの張力を出さなければならず、その反力が椎間板への圧迫力として加わる。 したがって負荷を減らす原則は次のとおりである。 1. 荷物を体幹に密着させ、モーメントアームを最小にする。 2. 背を丸めず(前屈させず)、腰椎の自然な弯曲を保つ。 3. 体幹をひねらず、向きを変えるときは足の位置を動かして体ごと向きを変える。 4. 床の荷物は膝を曲げて腰を落とし、下肢の筋力で持ち上げる。 これらを満たす姿勢を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 背を少し曲げて荷物を運ぶ。
体幹を前屈させると上半身の重心と荷物がともに腰椎より前方に移動し、背筋がこれを支えるために強く働く。さらに前屈位では椎間板の前方が圧迫され、椎間板内圧は直立位より高くなる。わずかな前屈でも、その姿勢を保ったまま運搬を続ければ負荷が持続するため、腰部への負担は大きい。背筋は伸ばしたまま運ぶのが原則である。
- ×b. 腰をひねって荷物を移動させる。
体幹の回旋(ひねり)は椎間板の線維輪にねじれのストレスを与え、椎間関節(上下の椎骨の関節突起どうしがつくる関節)にも負担をかける。荷物を持った状態での回旋は、前屈と組み合わさるとぎっくり腰(急性腰痛)や椎間板ヘルニアの誘因となりやすい。向きを変える際は足を踏みかえて体全体で方向転換すべきである。
- ×c. 体幹からできるだけ離して荷物を持つ。
荷物が体から離れるほど腰椎から荷物までの水平距離(モーメントアーム)が長くなり、同じ重さでも腰椎を前に曲げようとするモーメントが増す。これに対抗して背筋が大きな張力を発揮しなければならず、その分だけ椎間板への圧迫力も増大する。また体の重心が前方に移動するため姿勢も不安定になる。腰部への負担を増やす持ち方である。
- ×d. 膝を伸ばしたまま床面の荷物を持ち上げる。
膝を伸ばしたまま床の物を持ち上げると、必然的に深い前屈(中腰)姿勢となり、上半身と荷物の重さを腰部だけで持ち上げることになる。椎間板内圧が最も高くなる動作の一つであり、腰痛の典型的な発症動作である。床面の荷物は、片足を少し前に出して膝を曲げ、腰を落として荷物に体を近づけ、背を伸ばしたまま膝を伸ばす力(大腿四頭筋など下肢の筋力)で持ち上げるのが正しい。
- ○e. 荷物をへその下にぴったりとつけて持ち運ぶ。
荷物を体幹に密着させることでモーメントアームが最小となり、背筋に必要な張力と椎間板への圧迫力がともに小さくなる。へその下あたりは体の重心(仙骨のやや前方、骨盤内)に近い高さであり、荷物を含めた全体の重心が支持基底面の上に収まりやすく、姿勢も安定する。前屈や反り返りを伴わずに運べるため、選択肢のなかで最も腰部への負荷が少ない。
姿勢と椎間板内圧
第3腰椎椎間板の内圧を測定した古典的研究(Nachemson)では、直立位を100とすると、仰臥位は約25と最も低く、側臥位、立位、坐位の順に高くなり、坐位での前屈、さらに前屈位で荷物を持つ動作では直立位の2倍以上に達する。つまり、坐位は立位より腰部の負荷が大きく、前屈(中腰)で物を持つ姿勢が最も大きい。
職場における腰痛予防対策指針(厚生労働省)の要点
・重量物取扱い作業では、できるだけ機械・台車などを用い、人力のみに頼らない。 ・人力で扱う重量の目安は、満18歳以上の男性で体重のおおむね40%以下、女性はさらにその60%位までとされる。 ・荷物は身体に近づけて持ち、重心を低くする。床の物は膝を曲げて腰を下ろしてから持ち上げる。 ・前屈、中腰、ひねり、後屈ねん転などの不自然な姿勢をとらない。 ・作業前の体操(ストレッチ)、適切な休憩、作業台の高さの調整なども有効である。
職業性腰痛の位置づけ
休業4日以上の業務上疾病のうち、災害性腰痛を中心とする腰痛が最も多く、介護・看護、運輸、製造業などで多発する。介護作業では、人力による抱え上げを原則として行わず、リフトなどの福祉用具を活用することが指針で求められている。
POINT
・荷物は体幹(へその下あたり)に密着させて持つ。体から離すほど腰部の負荷は増す。 ・前屈(中腰)、体幹のひねりは腰部負荷を増大させる。 ・床の荷物は膝を曲げて腰を落とし、下肢の力で持ち上げる。 ・椎間板内圧は仰臥位<立位<坐位<前屈位(中腰)<前屈位での重量物保持の順に大きい。
