肺が「明るい」のはなぜか―心タンポナーデにない所見を病態から見抜く
第102回医師国家試験 G問題 第1問
国試問題にチャレンジ
心タンポナーデでみられないのはどれか。
- a.奇脈
- b.頻脈
- c.脈圧低下
- d.肺うっ血
- e.頸静脈怒張
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心タンポナーデは心膜腔内圧の上昇で心臓の拡張が妨げられる病態で、静脈還流障害による頸静脈怒張、低拍出による血圧低下・脈圧低下とその代償としての頻脈、さらに奇脈がみられます。一方、右心系への流入そのものが減るため肺血流は少なく、左心不全の所見である肺うっ血は通常起こらず、胸部エックス線では心陰影拡大に対し肺野が明るいのが特徴です。Beckの三徴(血圧低下・静脈圧上昇・心音減弱)や心エコーでの右房・右室の虚脱は診断の要となり、治療は心膜穿刺で、利尿薬や血管拡張薬は血圧を下げるため避けます。Kussmaul徴候は収縮性心膜炎に特徴的な所見として区別しておきましょう。病態を血液の流れに沿って理解すれば、暗記に頼らず所見の有無を判断でき、救急の現場での迅速な対応にもつながります。
解答・解説
正解はdです
心タンポナーデとは、心膜腔(心臓を包む心膜と心臓表面との間のすき間)に液体や血液が急速に、あるいは大量にたまり、心膜腔内圧が上がって心臓が外から圧迫され、拡張が妨げられた状態である。心臓が十分に広がれないため、静脈から戻ってくる血液を心室が受け入れられず、1回拍出量が減る。 この病態から生じる所見は、大きく次の3系統に整理できる。 1. 心臓へ戻れない血液が体静脈側にたまる → 中心静脈圧上昇、頸静脈怒張、肝腫大など(右心不全に似た所見) 2. 1回拍出量が減る → 収縮期血圧低下、脈圧低下、それを代償する頻脈、最終的にはショック 3. 呼吸による心室充満の変動が強調される → 奇脈 一方、心タンポナーデでは右心系への静脈還流が妨げられるため、右心室から肺へ送られる血液そのものが減る。このため肺血流は少なく、胸部エックス線写真では心陰影が拡大しているのに肺野はむしろ明るく見えるのが特徴である。左心不全のように肺に血液がうっ滞して肺水腫を起こす所見(肺うっ血)は通常みられない。 したがって「みられないもの」を選ぶ本問では、左心不全の所見である肺うっ血が正解となる。
選択肢考察
- ×a. 奇脈
奇脈(paradoxical pulse)は、吸気時に収縮期血圧が10 mmHgを超えて低下する現象である(正常でも吸気時にわずかに低下するが、その程度が異常に大きい)。心タンポナーデでは心臓全体の容積が固定されているため、吸気で右心室への静脈還流が増えると心室中隔が左心室側へ押され、左心室の充満が減って拍出量が低下する。これが奇脈の機序であり、心タンポナーデの代表的な所見である。収縮性心膜炎や重症の気管支喘息発作などでもみられることがある。心タンポナーデでみられる所見なので誤り。
- ×b. 頻脈
拡張障害によって1回拍出量が減少すると、交感神経が活性化し、心拍数を上げることで心拍出量(1回拍出量×心拍数)を保とうとする。この代償性の頻脈は心タンポナーデでほぼ必発の所見である。病状が極めて進行すると代償が破綻し、徐脈や無脈性電気活動(PEA:心電図上は電気活動があるが脈が触れない状態)に移行することもある。心タンポナーデでみられる所見なので誤り。
- ×c. 脈圧低下
脈圧とは収縮期血圧と拡張期血圧の差である。心タンポナーデでは1回拍出量が減るため収縮期血圧が低下する。一方、拡張期血圧は末梢血管の収縮(代償機構)などにより比較的保たれるため、両者の差である脈圧は小さくなる。心膜腔内圧がさらに上昇すると血圧全体が下がり、ショックに陥る。心タンポナーデでみられる所見なので誤り。
- ○d. 肺うっ血
肺うっ血は、左心室が血液を十分に送り出せず、左心房から肺静脈、肺毛細血管へと血液がうっ滞する状態で、左心不全の代表的所見である。心タンポナーデでは、心臓への静脈還流そのものが妨げられ、右心室から肺へ送り出される血液量が減るため、肺に血液がたまることはない。胸部エックス線写真では、心陰影が左右対称に大きく広がる(いわゆる水瓶型・氷嚢型)一方で、肺血管陰影は目立たず肺野は明るいのが特徴である。したがって、心タンポナーデでみられない所見であり、これが正解である。
- ×e. 頸静脈怒張
心臓が拡張できないため、上大静脈・下大静脈から右心房へ戻る血液が滞り、中心静脈圧が上昇する。その結果、頸静脈が怒張する。頸静脈怒張(静脈圧上昇)は、血圧低下・心音減弱とともにBeckの三徴の一つに数えられる。なお、吸気時に頸静脈圧がかえって上昇するKussmaul(クスマウル)徴候は収縮性心膜炎に特徴的な所見であり、心タンポナーデでは通常みられない点に注意する。頸静脈怒張自体は心タンポナーデでみられる所見なので誤り。
心タンポナーデの原因
悪性腫瘍の心膜転移、急性心膜炎(ウイルス性、結核性など)、心臓手術後、急性心筋梗塞後の心破裂、急性大動脈解離(Stanford A型)の心膜腔への破裂、胸部外傷、尿毒症、甲状腺機能低下症などがある。心膜腔にたまる液体の量よりも、たまる速度が重要である。急速にたまれば100〜200 mL程度でもタンポナーデとなるが、ゆっくりたまれば心膜が伸展し、1 Lを超えても症状が乏しいことがある。
Beckの三徴
1. 血圧低下 2. 静脈圧上昇(頸静脈怒張) 3. 心音減弱(心膜液が音を遮るため)
検査所見
・心エコー:心膜液貯留が心臓周囲のエコーフリースペース(無エコー域)として描出される。拡張期に右心房・右心室が内側へ押しつぶされる所見(虚脱)はタンポナーデを強く示唆する。下大静脈は拡張し、呼吸による径の変動が乏しくなる。 ・心電図:低電位、電気的交互脈(心臓が心膜液の中で揺れ、QRS波の高さが1拍ごとに変わる)。 ・胸部エックス線:心陰影拡大(水瓶型)、肺野は明るく肺うっ血を欠く。 ・カテーテル検査:右心房圧、右心室拡張期圧、肺動脈楔入圧(左心房圧の代わり)がほぼ等しくなる(拡張期圧の均等化)。
治療
心膜穿刺(心エコーガイド下で心膜腔に針を刺し液を抜く)が第一選択である。心拍出量が前負荷に強く依存しているため、利尿薬や血管拡張薬は血圧をさらに下げるので禁忌に近い。心破裂や大動脈解離による場合は外科手術が必要となる。
収縮性心膜炎との違い
収縮性心膜炎は、心膜が線維化・石灰化して硬くなり拡張が障害される病態である。Kussmaul徴候、心膜ノック音(拡張早期の過剰心音)、心室圧曲線のdip and plateau(平方根記号型)が特徴である。奇脈は心タンポナーデでより典型的である。
POINT
・心タンポナーデ=心膜腔内圧上昇による拡張障害。右心不全様の所見(頸静脈怒張)+低拍出(血圧低下・脈圧低下・頻脈)+奇脈。 ・Beckの三徴:血圧低下、静脈圧上昇、心音減弱。 ・肺への血流が減るため、肺うっ血は起こらない(胸部エックス線で肺野は明るい)。 ・Kussmaul徴候は収縮性心膜炎に特徴的で、心タンポナーデでは通常みられない。 ・治療は心膜穿刺。利尿薬・血管拡張薬は血圧を下げるため避ける。
