StudyMed医師国家試験

「力を抜いても抜けない腹」―尤度比で読み解く腹膜炎の身体所見

第102回医師国家試験 G問題 第2問

国試問題にチャレンジ

第102回 G問題 第2問

腹膜炎を検出するのに陽性尤度比が最も高い徴候はどれか。

  1. a.Rovsing徴候
  2. b.Murphy徴候
  3. c.筋性防御
  4. d.反跳痛
  5. e.板状硬

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は腹膜炎の身体所見を「診断にどれだけ役立つか」で比べる問題だ。物差しは陽性尤度比。まずはこの言葉の意味を確認するところから始めよう。陽性尤度比はどうやって求めるか覚えているかな。
医学生医学生
臨床疫学の講義でやりました。感度を(1−特異度)で割る、でしたよね。
ドクタードクター
正解。言い換えると、病気のある人で陽性になる割合と、病気のない人で陽性になる割合の比だ。値が大きいほど、陽性のときに病気である見込みが大きく高まる。分母が(1−特異度)だから、何に注目すると大きくなりやすいと思う?
医学生医学生
特異度が高い、つまり病気のない人ではめったに陽性にならない所見ほど大きくなりそうです。
ドクタードクター
その通り。厳密には感度との兼ね合いで決まるけれど、特異度が高い所見ほど陽性尤度比は大きくなりやすい。では選択肢を見ていこう。まずRovsing徴候とMurphy徴候はどうだろう。
医学生医学生
Rovsing徴候は左下腹部を押すと右下腹部が痛む虫垂炎の所見、Murphy徴候は右季肋部を押さえて深呼吸させると吸気が止まる胆嚢炎の所見ですね。
ドクタードクター
よく覚えている。どちらも特定の臓器の炎症を示す所見で、腹膜炎そのものを検出するための所見ではない。だから今回の比較の土俵からは外れる。残るのは反跳痛、筋性防御、板状硬の3つの腹膜刺激徴候だ。
医学生医学生
OSCEの腹部診察で練習したのは反跳痛でした。押して急に離すと痛む所見なので、腹膜炎には一番大事かと思っていました。
ドクタードクター
有名な所見だから、そう考える人は多いよ。ただ反跳痛は「痛いかどうか」を患者さんの訴えで判定するから、主観的な要素が大きい。腹膜炎のない腹痛患者でも陽性と判断されることがあって、特異度はそれほど高くないんだ。
医学生医学生
筋性防御はどうですか。触ると腹壁が硬くなる所見でしたよね。
ドクタードクター
筋性防御は炎症部位の腹筋が反射的に緊張する所見で、とても重要だ。ただ、痛みを避けようとする随意的な力みとの区別が難しいことがある。しかも腹筋の薄い高齢者や小児、意識障害のある患者でははっきり出ないこともある。
医学生医学生
となると、板状硬が正解ですね。筋性防御の強い版というイメージでいいですか。
ドクタードクター
イメージとしてはそれでいい。板状硬は筋性防御が腹壁全体に及び、板のように硬くなった状態だ。ポイントは、炎症刺激が脊髄反射を介して腹筋を持続的に収縮させる不随意の所見だということ。患者さんが力を抜こうとしても抜けない。
医学生医学生
患者さんの訴えに頼らない客観的な所見で、腹膜炎以外ではまず起こらないから特異度が高い、ということですね。
ドクタードクター
そう。消化管穿孔などによる汎発性腹膜炎を強く示唆する所見で、選択肢の中で陽性尤度比が最も高い。陽性なら一気に腹膜炎の可能性が上がるんだ。
医学生医学生
外科実習で、消化管穿孔の患者さんのお腹を触らせてもらったとき、本当に板みたいでびっくりしました。
ドクタードクター
一度触ると忘れないよね。ここで発展的な話を。反跳痛は患者さんにかなりの苦痛を与えるから、臨床では腹壁を軽くたたく打診痛や、咳をさせて痛みが増すかを見る咳嗽試験、つま先立ちから踵を落とす踵落とし試験なども腹膜刺激の評価に使われる。
医学生医学生
逆に、所見が乏しければ腹膜炎は否定してよいのでしょうか。
ドクタードクター
そこは要注意だ。高齢者、ステロイド使用者、糖尿病患者、意識障害のある患者では、腹膜炎があっても腹膜刺激徴候が出にくいことがある。所見が軽いからといって安心せず、CTや血液検査を組み合わせて判断することが大切だ。陽性尤度比が高い所見は確定に強いけれど、陰性だから否定できるとは限らない、という尤度比の考え方そのものだね。

まとめ

陽性尤度比は感度÷(1−特異度)で表され、特異度が高い所見ほど大きくなりやすく、陽性のときに疾患の可能性を強く高めます。腹膜刺激徴候のうち板状硬は、脊髄反射による不随意の筋収縮で腹壁全体が板のように硬くなる客観的な所見で、腹膜炎以外ではまず生じないため、汎発性腹膜炎を最も強く示唆します。反跳痛は患者の訴えに依存して主観的であり、筋性防御は随意的な力みとの区別が難しく高齢者や小児で出にくいため、陽性尤度比は板状硬に及びません。Rovsing徴候は虫垂炎、Murphy徴候は胆嚢炎の所見で、腹膜炎そのものを検出する所見ではありません。高齢者やステロイド使用者では所見が乏しくなりうるため画像検査を併用するなど、尤度比の視点で身体所見の重みを理解することは、急性腹症の的確な診療につながります。

解答・解説

正解はeです

本問は、腹膜炎の身体所見を「診断にどれだけ役立つか」という観点で比べる問題である。その物差しとして用いられるのが陽性尤度比である。

陽性尤度比とは

陽性尤度比(positive likelihood ratio:LR+)は、ある所見が「病気のある人で陽性になる割合」と「病気のない人で陽性になる割合」の比であり、  陽性尤度比 = 感度 ÷(1 − 特異度)= 真陽性率 ÷ 偽陽性率 で求められる。値が大きいほど、その所見が陽性のときに病気である可能性(事後確率)が大きく高まる。目安として、LR+が10を超えれば診断を強く確定方向へ動かし、2〜5程度でも中等度の意味がある。分母が(1 − 特異度)なので、特異度が高い(病気がない人ではめったに陽性にならない)所見ほどLR+は大きくなりやすい。

腹膜炎の所見の考え方

腹膜炎では、炎症が壁側腹膜(腹壁の内側を覆う腹膜)に及ぶと、体性神経を介した鋭い痛みと、それに伴う腹膜刺激徴候(反跳痛、筋性防御、板状硬など)が出現する。これらの中で、患者の意思や訴えに左右されにくく、腹膜炎がない人ではほとんど生じない所見ほど特異度が高い。腹壁全体が板のように硬くなる板状硬は、脊髄反射による不随意の筋収縮であり、患者が力を抜こうとしても抜けない。腹膜炎以外ではまず生じないため特異度が高く、腹膜炎(特に汎発性腹膜炎)を最も強く示唆する所見となる。 一方、Rovsing徴候やMurphy徴候は特定の臓器の炎症(虫垂炎、胆嚢炎)を示す所見であり、腹膜炎そのものを検出する目的の所見ではない。

選択肢考察

  1. ×a.  Rovsing徴候

    Rovsing(ロブシング)徴候は、左下腹部(下行結腸付近)を圧迫すると、離れた右下腹部(回盲部)に痛みが生じる所見である。結腸内のガスが押されて回盲部へ移動し、炎症のある虫垂周囲を刺激するためと説明される。急性虫垂炎を示唆する所見であり、腹膜炎全般を検出するための所見ではない。したがって腹膜炎の診断における陽性尤度比が最も高いとはいえず誤り。

  2. ×b.  Murphy徴候

    Murphy(マーフィー)徴候は、右季肋部(右の肋骨弓の下)を手で圧迫したまま患者に深く息を吸わせると、下がってきた胆嚢が指に当たって痛みのため吸気が途中で止まる所見である。急性胆嚢炎を示唆する所見であり、腹膜炎そのものを検出する所見ではない。したがって誤り。

  3. ×c.  筋性防御

    筋性防御(guarding)は、腹部を触診したときに、炎症部位の腹壁の筋が反射的に緊張して硬く触れる所見で、腹膜刺激徴候の一つである。腹膜炎の存在を示す重要な所見だが、痛みを避けようとする随意的な力みとの区別が難しいことがある。また腹筋の薄い高齢者や小児、意識障害のある患者でははっきり現れないことがあり、その一方で腹膜炎のない腹痛患者でも陽性となることがある。このため特異度は板状硬ほど高くなく、陽性尤度比も板状硬より低い。したがって誤り。

  4. ×d.  反跳痛

    反跳痛(rebound tenderness、Blumberg徴候)は、腹壁をゆっくり圧迫した後に手を急に離すと、押したとき以上の痛みが響く所見で、腹膜刺激徴候の一つである。ただし判定は患者の痛みの訴えに依存するため主観的な要素が大きく、腹膜炎のない患者でも陽性と判断されることがある。そのため特異度は高くなく、陽性尤度比は板状硬より低い。したがって誤り。

  5. ○e.  板状硬

    板状硬(rigidity)は、筋性防御が最も強くなった状態で、腹壁全体が板のように硬く緊張して触れる所見である。炎症刺激が脊髄レベルの反射弓を介して腹筋を持続的に収縮させるため、患者が力を抜こうとしても抜けない不随意の所見である。患者の訴えに頼らない客観的な所見であり、腹膜炎、特に消化管穿孔などによる汎発性腹膜炎以外ではまず生じないため特異度が高い。その結果、陽性尤度比は選択肢の中で最も高く、この所見があれば腹膜炎の可能性が大きく高まる。したがって正解である。

感度・特異度・尤度比の整理

・感度:病気のある人のうち、検査(所見)が陽性となる割合。感度が高い所見が陰性なら、その病気を否定しやすい。 ・特異度:病気のない人のうち、検査が陰性となる割合。特異度が高い所見が陽性なら、その病気を確定しやすい。 ・陽性尤度比 = 感度 ÷(1 − 特異度)。大きいほど「陽性なら病気らしい」。 ・陰性尤度比 =(1 − 感度)÷ 特異度。小さいほど「陰性なら病気らしくない」。 ・尤度比は検査前の見込み(検査前オッズ)に掛けることで、検査後の見込み(検査後オッズ)を求めるのに用いる。

腹膜刺激徴候と関連所見

・反跳痛(Blumberg徴候):圧迫した手を急に離したときの痛み。 ・筋性防御:触診時に腹壁の筋が反射的に緊張する。 ・板状硬:筋性防御が腹壁全体に及び、板のように硬い状態。汎発性腹膜炎を強く示唆する。 ・打診痛(叩打痛):腹壁を軽くたたくと痛む。反跳痛より患者の負担が少なく、腹膜刺激の評価に用いられる。 ・咳嗽試験(咳をさせると腹痛が増強する)、踵落とし試験(つま先立ちから踵を落とすと腹部に響く)なども腹膜刺激の評価に使われる。

特定の臓器を示す徴候

・急性虫垂炎:McBurney点圧痛、Lanz点圧痛、Rovsing徴候、腸腰筋徴候(psoas sign)、閉鎖筋徴候(obturator sign)、Rosenstein徴候(左側臥位で圧痛が増強)など。 ・急性胆嚢炎:Murphy徴候。超音波プローブで胆嚢を圧迫して痛む場合はsonographic Murphy signと呼ぶ。

注意点

高齢者、ステロイド使用者、糖尿病患者、意識障害のある患者などでは、腹膜炎があっても腹膜刺激徴候が乏しいことがある。身体所見が軽いからといって腹膜炎を否定せず、画像検査(CTなど)や血液検査を組み合わせて判断する。

POINT

・陽性尤度比 = 感度 ÷(1 − 特異度)。特異度が高い所見ほど大きくなりやすい。 ・腹膜刺激徴候:反跳痛、筋性防御、板状硬など。 ・板状硬は脊髄反射による不随意の所見で客観性・特異度が高く、汎発性腹膜炎を最も強く示唆する。 ・反跳痛は患者の訴えに依存し主観的、筋性防御は高齢者・小児で出にくい。 ・Rovsing徴候は虫垂炎、Murphy徴候は胆嚢炎の所見であり、腹膜炎そのものの所見ではない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。