側頭骨の中を走る2本の神経―頭部外傷の耳出血から「聞こえ」と「顔の動き」を守る
第102回医師国家試験 E問題 第46問
国試問題にチャレンジ
23歳の男性。バイクを運転中に転倒したため搬入された。意識は清明。右側頭部を強打しており右外耳からの出血がある。頭部CTで側頭骨を横断する骨折を認める。 予想される症状はどれか。2つ選べ。
- a.嗄声
- b.複視
- c.難聴
- d.眼球突出
- e.顔面神経麻痺
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
側頭骨の錐体部には中耳・内耳が収まり、内耳道から顔面神経管にかけて顔面神経と内耳神経が走行するため、側頭骨骨折では難聴と末梢性顔面神経麻痺が予想されます。難聴には鼓膜穿孔や血鼓室、耳小骨離断による伝音難聴と、内耳・内耳道損傷による感音難聴があり、めまいや髄液耳漏、Battle徴候を伴うこともあります。複視は眼球運動神経、嗄声は頸静脈孔を通る迷走神経、外傷後の眼球突出は眼窩内血腫や内頸動脈海綿静脈洞瘻を考える症状で、側頭骨骨折の典型ではありません。顔面神経麻痺は即発性なら神経断裂、遅発性なら浮腫を考え予後が異なるため、受傷早期の評価が重要です。「どの神経がどの骨・孔を通るか」という解剖の理解が、外傷部位から症状を予測する臨床推論の基盤になります。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・23歳男性、バイク転倒による頭部外傷 ・意識清明(重篤な脳実質損傷は目立たない) ・右側頭部の強打、右外耳からの出血 ・頭部CTで側頭骨に骨折線
診断
側頭部への直達外力、同側外耳からの出血、CTでの側頭骨骨折から、外傷性側頭骨骨折(錐体骨骨折)と診断できる。外耳からの出血は、骨折が外耳道や鼓膜に及んだこと、あるいは頭蓋底骨折に伴う出血が外耳道へ流出したことを示す。
設問の考え方
側頭骨の錐体部(岩様部)は頭蓋底の一部を形成し、その内部には中耳(鼓室・耳小骨)、内耳(蝸牛・前庭・半規管)が収まり、さらに内耳道から顔面神経管にかけて顔面神経(第VII脳神経)と内耳神経(第VIII脳神経、蝸牛神経と前庭神経からなる)が走行している。したがって、この部位の骨折で予想される症状は「側頭骨の中を通る構造の障害」、すなわち聴覚障害(難聴)、平衡障害(めまい)、顔面神経麻痺、耳出血・髄液耳漏である。一方、眼球運動や喉頭の神経、眼窩内の構造は側頭骨の中を通らないため、これらの症状は側頭骨骨折の直接の結果としては考えにくい。解剖学的に「どの神経がどの骨の中を通るか」を思い浮かべれば、正解は難聴と顔面神経麻痺に絞られる。
選択肢考察
- ×a. 嗄声
嗄声(かすれ声)は、声帯を動かす反回神経(迷走神経〔第X脳神経〕の枝)の障害や声帯自体の病変で生じる。迷走神経は頸静脈孔から頭蓋外へ出る下位脳神経(IX〜XII)の一つであり、側頭骨錐体の内部を走行しない。頸静脈孔まで及ぶ広範な頭蓋底骨折では下位脳神経障害が起こりうるが、側頭骨骨折で予想される代表的な症状ではない。
- ×b. 複視
複視は、眼球運動にかかわる動眼神経(III)、滑車神経(IV)、外転神経(VI)の障害や、眼窩壁骨折(眼窩吹き抜け骨折)による外眼筋の絞扼などで起こる。これらの神経は海綿静脈洞・上眼窩裂を経て眼窩に入り、側頭骨の中は通らない。外転神経は錐体尖の近くを走るため錐体尖部の骨折や炎症(グラデニーゴ症候群など)では障害されうるが、本例のような側頭骨骨折で一般に予想される症状ではない。
- ○c. 難聴
側頭骨骨折では難聴が高頻度に生じる。機序は二つに分けられる。一つは伝音難聴で、鼓膜穿孔、鼓室内の出血(血鼓室)、耳小骨連鎖の離断などにより音の伝わる経路が障害される。鼓室や乳突蜂巣に血液がたまるだけでも伝音難聴となる。もう一つは感音難聴で、骨折線が内耳(骨迷路)を横切ったり内耳道に及んだりして、蝸牛や蝸牛神経が損傷されることで生じる。本例は外耳からの出血を伴っており、鼓膜や外耳道の損傷が示唆されるため、難聴は十分に予想される。
- ×d. 眼球突出
外傷後に眼球突出をきたす病態としては、眼窩内血腫(球後出血)や、頭蓋底骨折などを契機とする内頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF:内頸動脈と海綿静脈洞の間に異常な短絡ができ、拍動性眼球突出・結膜充血・眼窩部の血管雑音を呈する)が挙げられる。これらは眼窩や海綿静脈洞の病変であり、側頭骨骨折そのものの症状ではない。
- ○e. 顔面神経麻痺
顔面神経は脳幹を出た後、内耳道に入り、側頭骨内の顔面神経管(ファロピウス管)を長い距離にわたって走行し、茎乳突孔から頭蓋外へ出る。途中でアブミ骨筋神経や鼓索神経を分枝する。骨の中を細長く通るため、側頭骨骨折で骨折線が神経管を横切ると神経が断裂・圧迫・浮腫を起こし、末梢性顔面神経麻痺(額のしわ寄せを含む患側顔面全体の麻痺)を生じる。受傷直後から完全麻痺が出る即発性麻痺は神経断裂の可能性が高く、数日後に出現する遅発性麻痺は浮腫によることが多く予後が比較的良い。
側頭骨骨折の古典的分類
錐体の長軸に対する骨折線の向きで縦骨折と横骨折に分けられる。 ・縦骨折:錐体の長軸に平行。側頭部への外力で生じやすく、側頭骨骨折の大部分(おおむね7〜9割)を占める。骨折線が外耳道・鼓室を通るため、鼓膜穿孔、外耳からの出血、伝音難聴が主体となる。顔面神経麻痺の頻度は比較的低い(約2割)。 ・横骨折:錐体の長軸に直交。後頭部や前頭部への強い外力で生じやすい。骨折線が内耳や内耳道を横切るため、感音難聴(しばしば高度)、めまい・眼振などの前庭症状が主体となる。顔面神経麻痺の頻度が高い(約半数)。鼓膜は保たれ、血鼓室(鼓膜の奥が青黒く見える)を呈することが多い。 本例はCTで「側頭骨を横断する」骨折とされるが、側頭部への打撃と外耳出血という臨床像は縦骨折でよくみられるものである。いずれの型であっても、難聴と顔面神経麻痺はともに起こりうる。近年は、骨折が内耳の骨包(耳包)に及ぶか否か(otic capsule violating / sparing)で分類する方法も用いられ、耳包に及ぶものは感音難聴や顔面神経麻痺、髄液漏の頻度が高いとされる。
頭蓋底骨折でみられる所見
・中頭蓋窩(側頭骨)骨折:耳出血、髄液耳漏、耳介後部(乳様突起部)の皮下出血斑(バトル徴候)、難聴、顔面神経麻痺 ・前頭蓋窩骨折:両側眼瞼周囲の皮下出血(パンダの目徴候)、髄液鼻漏、嗅覚障害
脳神経と頭蓋底の通り道
・内耳孔:顔面神経(VII)、内耳神経(VIII) ・頸静脈孔:舌咽神経(IX)、迷走神経(X)、副神経(XI) ・上眼窩裂:動眼神経(III)、滑車神経(IV)、眼神経(V1)、外転神経(VI)
POINT
・側頭骨(錐体)の中を通る神経は顔面神経(VII)と内耳神経(VIII)である。 ・側頭骨骨折では難聴(伝音性・感音性)、めまい、末梢性顔面神経麻痺、耳出血・髄液耳漏が生じうる。 ・縦骨折は頻度が高く伝音難聴・鼓膜穿孔が主体、横骨折は感音難聴・めまい・顔面神経麻痺が多い。 ・耳介後部の皮下出血(バトル徴候)は中頭蓋窩の頭蓋底骨折を示唆する。 ・嗄声は下位脳神経、複視は眼球運動神経、外傷後眼球突出は内頸動脈海綿静脈洞瘻や眼窩内血腫を考える。
