狭い出口は脈をゆっくり小さくする―大動脈弁狭窄症の身体所見を病態から読み解く
第102回医師国家試験 D問題 第24問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。胸部圧迫感を主訴に来院した。1か月前から駅の階段を上がるときに前胸部の圧迫感を自覚していた。数年前から心雑音を指摘されていたが,放置していた。心エコー図(A)(B)を別に示す。 この患者でみられないのはどれか。

- a.Ⅳ 音
- b.振戦〈thrill〉
- c.遅脈
- d.脈圧の増大
- e.頸部に放散する収縮期雑音
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者の長年の心雑音と労作時の胸部圧迫感に、心エコーでの大動脈弁の石灰化・開放制限と弁口部の乱流が加われば、大動脈弁狭窄症と診断できます。身体所見は病態から説明でき、狭い弁口からの噴出が頸部へ放散する駆出性収縮期雑音と振戦を、駆出の遅れが遅脈・小脈を、求心性肥大した硬い左室がIV音を生みます。1回拍出量が制限されるため脈圧はむしろ減少し、脈圧増大は大動脈弁閉鎖不全症の特徴です。狭心痛・失神・心不全が出現した高度狭窄は予後不良で、外科的弁置換や経カテーテル大動脈弁留置術を検討し、血管拡張薬は慎重に扱います。所見を暗記するのではなく血行動態から導く姿勢が、弁膜症全般の理解と聴診・触診の精度を高めます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・72歳の女性で、数年前から心雑音を指摘されていたが放置していた。高齢者で長年持続する心雑音は、加齢に伴う弁膜症を疑わせる。 ・1か月前から、駅の階段を上るなどの労作時に前胸部の圧迫感を自覚している。労作性の狭心痛の性状である。 ・心エコー図:大動脈弁の肥厚・石灰化による開放制限があり、カラードプラでは大動脈弁口を通過する加速した血流がモザイク状の乱流として描出されている。
診断への道筋
労作時の胸部圧迫感だけであれば冠動脈疾患による狭心症をまず考えるが、長年の心雑音と心エコーでの大動脈弁の石灰化・弁口部の乱流から、大動脈弁狭窄症(aortic stenosis:AS)と診断できる。高齢者のASの多くは加齢変性による石灰化が原因である。ASでは、肥大した左室心筋の酸素需要が増える一方、左室拡張期圧の上昇や大動脈拡張期圧の相対的な低下で冠血流が減るため、冠動脈に有意狭窄がなくても狭心痛が起こりうる(ただし高齢者では冠動脈疾患の合併も多い)。狭心痛・失神・心不全はASの三大症状で、症状が出現したASは予後が悪く、治療介入の対象となる。
設問の考え方
問われているのは「ASでみられない所見」である。ASの身体所見は、狭い弁口を通って血液が噴出すること(駆出性雑音・振戦・頸部への放散)、左室からの駆出が妨げられて脈がゆっくり小さく立ち上がること(遅脈・小脈)、肥大して硬くなった左室へ心房が血液を押し込むこと(IV音)に由来する。この病態から、脈圧はむしろ小さくなる。
選択肢考察
- ×a. Ⅳ 音
ASでみられる所見である。IV音は拡張末期に心房が収縮して、硬くなった心室へ血液を押し込むときに生じる低調な過剰心音である。ASでは圧負荷により左室が求心性に肥大し、拡張しにくくなる(コンプライアンスの低下)ため、心房収縮への依存が強まってIV音を聴取しやすい。心尖部でベル型聴診器を軽く当てて聴く。
- ×b. 振戦〈thrill〉
ASでみられる所見である。振戦(thrill)は強い心雑音の振動を手で触れるもので、Levine分類で4/6度以上の雑音に相当する。狭い大動脈弁口を高速で通過する乱流により、胸骨右縁第2肋間や胸骨上窩、頸動脈上で収縮期に触知され、比較的高度な狭窄を示唆する。
- ×c. 遅脈
ASでみられる所見である。弁口が狭いため左室からの駆出に時間がかかり、動脈の脈波の立ち上がりが緩やかで、ピークに達するのが遅れる。これを遅脈(pulsus tardus)といい、振幅が小さい小脈(pulsus parvus)と合わせて遅脈・小脈(pulsus parvus et tardus)と呼ぶ。頸動脈で触れるとわかりやすく、重症ASの特徴的所見である。
- ○d. 脈圧の増大
ASではみられない所見であり、これが正解である。ASでは狭窄により1回拍出量が制限され、大動脈への駆出も緩やかになるため収縮期血圧が上がりにくく、脈圧(収縮期血圧と拡張期血圧の差)はむしろ小さくなる(小脈)。脈圧が増大するのは、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流して拡張期血圧が下がり、かつ1回拍出量が増える大動脈弁閉鎖不全症(AR)が代表的で、ほかに甲状腺機能亢進症、貧血、動脈管開存症、動脈硬化による大動脈の硬化などでもみられる。
- ×e. 頸部に放散する収縮期雑音
ASでみられる所見である。胸骨右縁第2肋間を最強点とする、粗い漸増漸減型(ダイヤモンド型)の収縮期駆出性雑音が典型的で、血流の向きに沿って頸部(両側頸動脈)へ放散する。重症になるほど雑音のピークは収縮後期にずれる。高齢者では雑音が心尖部方向に強く聴こえることもある(Gallavardin現象)。
大動脈弁狭窄症(AS)の原因
・加齢に伴う変性・石灰化:高齢者で最も多い。動脈硬化と共通の危険因子をもつ。 ・先天性二尖弁:比較的若い年代(50〜60歳代)で狭窄が進行しやすい。 ・リウマチ性:交連部の癒合を特徴とし、僧帽弁病変を合併することが多い。近年は減少している。
病態と症状
・左室の圧負荷により求心性肥大が生じ、長期間無症状で経過する。 ・三大症状は狭心痛、失神(労作時に心拍出量を増やせず脳血流が低下)、心不全。症状出現後の平均余命は狭心痛で約5年、失神で約3年、心不全で約2年とされ、症状が出たら速やかな治療が必要である。 ・高度ASでは、消化管の血管異形成からの出血を合併することがある(Heyde症候群)。
身体所見のまとめ
・胸骨右縁第2肋間を最強点とする収縮期駆出性雑音(漸増漸減型)、頸部への放散 ・振戦の触知 ・遅脈・小脈、脈圧の減少 ・II音の大動脈成分(IIA)の減弱、高度例ではII音の奇異性分裂 ・IV音 ・心尖拍動は持続性で強い(抬起性)
検査
・心電図:左室肥大、ストレイン型ST-T変化。 ・心エコー:弁の石灰化・開放制限、求心性左室肥大。ドプラ法で重症度を評価する。高度ASの目安は、最大血流速度4.0m/s以上、平均圧較差40mmHg以上、弁口面積1.0cm²未満。
治療
・症状のある高度ASは弁置換の適応である。外科的大動脈弁置換術(SAVR)のほか、高齢者や手術リスクの高い患者では経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)が広く行われる。 ・薬物療法で予後は改善しない。硝酸薬や強い血管拡張薬は、前負荷・後負荷を急に下げて血圧低下や失神を招くおそれがあり、慎重に用いる。
ASとARの比較
・AS:収縮期駆出性雑音、遅脈・小脈、脈圧減少 ・AR:拡張期逆流性雑音(胸骨左縁第3肋間〈Erb領域〉)、速脈・大脈、脈圧増大、Austin Flint雑音
POINT
・高齢者の長年の心雑音+労作時胸痛+心エコーで大動脈弁の石灰化・弁口部の乱流 → 大動脈弁狭窄症 ・ASの身体所見:胸骨右縁第2肋間の収縮期駆出性雑音(頸部へ放散)、振戦、遅脈・小脈、IV音、IIAの減弱 ・ASでは脈圧は小さくなる。脈圧増大は大動脈弁閉鎖不全症の特徴 ・狭心痛・失神・心不全のいずれかが出現したASは予後不良であり、弁置換(SAVR/TAVI)を検討する
